新しい物を作るということは
「エーリン!待っていましたよ!!」
領主であり公爵であるゼルド様自らが屋敷前に立ち諸手を挙げて待っていている姿は領主らしくもなく公爵らしくもなく貴族らしさの欠片もない。初めのうちはなんて事だとメイドや側仕え共々恐れ慄いたが今や慣れたものである。
「御機嫌よう、ゼルド様」
「ああ、エーリンも元気そうで良かった。さて、あのオルゴールの事も知っていたエーリンの頼みだ、彼らも今か今かと待ってますよ」
御歳三十手前だとは感じさせない風貌が、更に少年のようなキラキラした表情を見せる事で更に若々しく見えるのは彼の仕様らしく、年相応の色合いの服が似合わなくて困っているという彼の悩みも彼らしさというものだ。まあその悩みも幸か不幸か新しい物好きの傾奇者という評判に拍車をかけているというのも彼の周りの者では周知されている。
「有難うございます。皆にもお礼をしなければですね」
「彼らは、君の考えた新しい甘味が食べたいらしいですよ。勿論、僕も」
「まあ!ではまた料理場をお借りしますわ」
「ある程度の食材を買ってるので自由にお使い下さい」
以前、新しい物を作るためにこの地に来た時に彼の協力者に話し合いの途中でも摘めるようにバターをたっぷり使ったクラッカーとスコーン、ホエーチーズをお礼を兼ねて差し入れた。するとどうであろう、こんな味は初めて食べた!とゼルド様は作業そっちのけで走り寄ってきたのだ。その時に知ったのだ、貴族間ではまだバターが食用ではなく、乳脂というものはもう少し牛臭いものということを。だから食卓に並ぶパンはあんなにも無味なのかと納得もした。
そしてゼルド様はその知識とレシピは私だけの物とし、全てを秘匿とした。私の手料理を食べるのは自分だけがいいと付け加えて。けれどその願望虚しく、気づけばその日に集まっていた協力者の舌と胃袋を満足させ、これから何があろうとも協力を惜しまない、一番の協力者は彼らだけと契りを交わした。その見返りは私の作る甘味として。
そうして新しい物を作る時には彼らが呼ばれ新しい物作り、私が甘味を作る。新しい物は私とゼルド様を喜ばせ、作った甘味は彼らを喜ばせた。これが所謂、対等交換というものであった。