暑さ対策というものは
婚約者の従者に水の都で使えそうな知識を二つ預けてから幾日。兄上が納める領地と婚約者の納める領地の境界線近くに居住を構えている私は、夏の盆地の暑さにしてやられていた。
「こうも暑いと、扇風機やエアコンが欲しくなるわね」
「せんぷうきとえあこん、ですか?」
「ああ、気にしないで。独り言よ」
かつての世は快適であった。風を自動で送る扇風機と夏で暑ければ室内に冷気を冬で寒ければ暖気を取り込めるエアコンという素晴らしい物があった。そして夏は腕や足を晒していても咎められることは少なかった。今はどんなに暑くとも腕は隠し踝が隠れるまで長いドレスを着なければならなかった。唯一曝け出すことを許されるのはデコルテと肩甲骨までの背中のみ。服の素材も空気を通し辛くそして重い。
そしてこの世での唯一の涼といえば、大きな羽扇子が送るそよ風のみ。しかも重さもあり長いこと扇いでいられないのが難点。昔、父に風の魔法を使って風を送ってはいけないのかと聞いた時、盲点だったという顔したが風を送る相手と送られる相手とその周囲の関係によって、その魔法が攻撃とみなされる可能性があると苦い顔で言っていた。例え父から娘であってもクーデターとして捉える人がいるとそう言ったのだ。
そして私たちが茶話会や夜会などで使う小さな羽扇子はただの身嗜みかつお洒落道具の一つであり、涼をとるには優れていないのだ。
かつての世にあった扇子や団扇が恋しい、そう思ってふと閃いた。―そう、作れば良いのだと。
それからの行動は早かった。婚約者の領地に入る許可と婚約者に会いに行く許可を頂きに早馬を出し、新しい物を作りたいのだと婚約者に伝える手紙を書き、図案を描いて届けてもらう。そして更に閃く。地紙部分を氷の魔法で作ってみるのはどうだろうか、と。
きっとゼルド様はキラキラとした顔をするのだろう。そして彼の領地一番の技術者や彼を慕う傾奇者と呼ばれ出している商人と一緒にあーでもないこーでもないと額を突き合わせ、暑い暑いと汗を拭うことになるのだろう。
暑さ対策を講じるために熱くなるなんて、と最後はきっと笑う羽目になる。けれどそれはそれで楽しいものである。