第8話 理不尽ナ約束
祭りも終わり、健一が家に帰ると父が祖母の死体の前に座り手招きをしていた。この時、健一は忘れていた祖母の死をようやく思い出した。
大好きだった祖母の死を何故自分は今まで忘れていたのかと自分自身に怒りを感じたが、忘れてしまうほど楽しい時を過ごせ、祖母もいつまでも悲しんでいるよりは喜んでくれているだろうと自分に言い訳をした。
「ここに座りなさい。」
父に促され、父と同じように健一は祖母の死体の前に座った。
「父さん昨日大事な話しがあるって言ったのは憶えてるね?色々終わったあとでもいいと思ったんだが…万が一のこともあるかも知れないから、今のうちに話しておくよ。いいね?」
健一は頷いた。
「2つ約束して欲しい事があるんだ。一つ目は約束と言うより強制だな。健一、お前は高校は本土の私立校に行く事になってたと思う。でも、それをやめてこの島の高校に行ってくれないか?」
「な、何でだよ!!」
父の言葉に健一は動揺せざるおえなかった。本土の学校へ行く事は前から決まっていたことである。それを此処へ来て覆されるなど予想だにしなかったのだから動揺するのも当然であろう。
「そんなのって……理由は、理由は何なんだよ!!」
「ごめんな健一、理由は言えない。言ってはいけない決まりなんだ。」
「何だよ決まりって!!」
健一がいくら強い口調で問い詰めようと、父は何も答えなかった。決まったことだけで、何故そうなるのか納得のいく理由を教えてくれない父に対し、健一の苛立ちは募る一方だった。
「嫌だ。」
いつまで経っても自分の疑問に答えてくれない父に健一は冷たく言い放った。
「嫌だね。理由も教えてくれないのに行くななんて。俺は行く。金のことならバイトとかするし。理由も知らず諦める奴なんていねえよ。」
そう言うと部屋から出て行こうとした。を慌てて父がその腕掴む。
「まだ話は終わってない。2つ目の約束があるんだ。」
「もうしらねぇよ!どうせ理不尽な事理由も言わずに突きつけるんだろ!聞く価値もないね!!」
父の手を振り払い、足早に立ち去ろうとする健一に、父が後ろから声をかけた。
「父さんが居ない時は、絶対に島から出るなよ!!」
健一はその言葉に何の反応も示すことなく部屋へと戻った。
本土の高校へ行くのを諦めろということは夢を諦めろと言われたようなものである。
健一には夢があった。私立校で大学を目指して勉強し、医者になろうと思っていたのだ。そして、いずれ稲櫛島に戻ってきて、この島の病院をもっと立派なものにしたいと思っていた。父のようにお世話になった島民の為に何かしたい、と。
しかしその夢を絶たれてしまったのだ。この島の小さな高校では将来の夢に近づけるかどうかと聞かれれば絶望的だと答えるしかない。
「あーあ、何なんだよ。胸糞悪いぜ。」
今まで父は健一の言う事に反対した事はなかった。甘やかされていたというわけでもないが、反対しなければいけない理由が何かあるときはちゃんと説明をし、健一を納得させてくれた。
したがって健一は理不尽な事になれていなかった。味方だと思っていた人に裏切られたようなショックと、怒りを覚えていた。
「もう暫く言う事なんか聞くものか。」
健一はポツリと呟いた。
*
その後、通夜も葬式も何事もなく無事に終わった。神葬祭なので沙苗とその祖母が拝みに来た。島中の人達が手を合わせに来てくれたため、健一の父は忙しそうに動いていた。
そんな中健一は祖母の死体の前に座ったまま動かず、死体が火葬されてしまうと霊璽の前から動かなかった。
埋葬祭も清祓の儀もその日のうちに済ませてしまい、祖母がそこに居た事を示すものは棚の上に置かれた写真しかなくなった。
父の話によると100日祭も1年祭もやらないという。健一はこの話を父から聞いたわけではなかった。何故なら健一はあの日から父とは一言も口を利いていない。このことは悠樹がそれとなく健一に教えてくれた事である。
健一はこれを聞いてさらに激怒した。自分達を支えてくれた祖母をどうして丁寧に弔ってやらないのかと。父に詰め寄ってみたが、やはり何も答えてはくれず、健一の父への怒りは溜まってゆく一方だった。
祖母が亡くなってから健一の家はがらりとその雰囲気を変えてしまった。以前のような和気藹々とした和やかなものは何処にもなく、同じ家に暮らしながらも別々の方向を向いている父と息子がいるだけである。
葬式から3日が経った。
未だに親子間の溝は埋まっておらず平行を保ったままのような状態であった。健一は部屋に引きこもり、父が仕事へ行くと部屋から出てくる。唯一顔を合わせる場となってしまった夕食でも、お互いに口を利くことが無かった。
この日も父が仕事へと出掛けて行ったのを確認すると、健一は部屋から出てきて朝食を求め台所へ行った。
――と、その時居間に置いてある電話が鳴った。健一が面倒臭いと思いながら渋々受話器を取ると、その相手は悠樹であった。
「よ、健一。おはよーさん。」
「どうしたよ、まだ7時半だと言うのに。」
「いや実はさ、これから受験勉強の息抜きに一緒に冒険へ行かないかと思ってねぇ。」
「別にいいけど…どこへ行くんだ?」
「さぁ、まだ教えないね。話は港に来てからだ。じゃあな。」
そう言うと電話は一方的に切れた。
健一は思った。港へ来いと言う事は島から出るということなのでは無いか、と。
父は今島に居ない。ふと、父との約束が頭を過ぎったが、それは一瞬のことであった。
―何が約束だよ、あんな一方的なの―
健一はちょっとした反抗心から約束をやぶってやろうと思った。
父が不在の間に島の外へ出てやろうと。