第7話 祭ノ晩ニ
「ほら、健一。祭りが始まる時間だぞ?今日くらいは色々忘れて友達と遊んで来い。」
健一は父の言葉に従い、祭りが行われている広場に行くと其処には島中の人達が殆んど集まっていた。その中に悠樹の姿を見つけ、背後からそっと近づく。
あと三歩、あと二歩、一歩……のところで悠樹はくるりと振り返った。
「おいおい、足音でバレバレだぜ?」
悠樹は人を小馬鹿にするような嫌な笑いを浮かべた。健一は昨日の仕返しが出来ずに不満そうな表情を浮かべる。二人はそのまま見詰めあい、そして声を上げて笑った。
ドン!!
その時、広場の中心から太鼓の音が聞こえた。「ドン!ドン!」と次第に大きく、力強く太鼓の音が響き渡る。
「あ、始まったぜ、沙苗の演舞!ほら、行こうぜ健一。」
健一は一瞬だけ躊躇した。冷たい眼差しで警告を言い渡した沙苗の顔が頭に浮かぶと、健一はそれだけでその場から動けなくなった。あの沙苗の姿をこれから見に行くのだと考えると、金縛りにあったように体が硬くなり、呼吸も苦しくなってくる。
「いや、俺は…」
「ほら、行くぞ!」
健一の声は太鼓の音と歓声とに掻き消され、悠樹には届かなかった。悠樹は健一の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張りながら、人込みを掻き分け人だかりの中心へと向かってゆく。
「おい、悠樹!俺は――」
その声は中心に進めば進むほど他の声に掻き消され、悠樹の耳には全く届かなくなっていた。悠樹は見えない糸で引っ張られるかのように沙苗の所を目指す。そんな悠樹の横顔にも健一は恐怖を覚えた。
やがて景色が開け、沙苗が巫女装束に身を包み、神楽を舞っていた。やがて沙苗はその動きを止め、懐から短刀を取り出しそれを天に向かい、両手で掲げた。
『高天原に御座しまする神々よ!実らぬ願いを聞き入れ、我々をお救いになると言うのなら、私はこの命も惜しまずに捧げまする!!』
沙苗は掲げた短刀を両手で握り、自分の胸へと突き刺す…ふりをした。そしてその場に倒れこむ。倒れこんだ沙苗を神官の格好をした大人達数名が舞台裏へと運んだ。
神官たちはその後、沙苗が倒れていた場所に花と、そして穀物を添えた。
皆はそれに向かい手を合わせ、毎年恒例の行事は終わった。
「なぁ、悠樹。あれってどんな意味があるんだ?」
舞に見とれ、様々な恐怖から一時的に解放された健一は素朴な疑問を口にした。
「ん?ああ、俺も詳しい事は良く分かんないんだよ。でも生贄とか――」
「そうそう、生贄ってのは正解ね?」
舞を終えた沙苗が巫女姿のまま突然話しに加わってきた。その姿に健一は背筋が寒くなるのを感じたが、そこにいる沙苗がいつもの、健一が知っている沙苗だと分かるとホッと胸を撫で下ろし、いつも通りに接した。
「なぁ、沙苗。お前なら詳しい事知ってるだろ?田護家の人間なんだしさ。」
「もう、健ちゃんてば。‘田護’って苗字嫌いなの知ってるくせにー。」
冗談ぽく、無邪気な笑顔で沙苗はそう言った。
「でも、せっかくだから教えてあげるわ。」
彼女の話によると、これは悠樹が言っていたとおり元は生贄を捧げるための儀式だったという。
生贄を捧げ、作物があまり育たぬこの島の五穀豊穣を願う――その大元は日本神話から来ていたらしく、巫女が死んだ場所から作物を供えるという行為は死体から作物が生えてくるということに繋がり、それは須佐之男が大気都比売を殺すと稲や粟、麦などが生えてきた事に由来する。
元来、生贄も自ら進んで贄となるのではなくランダムに選ばれ、強制的に殺されてきた。しかも、穢れを知らぬ少女ばかりがだ。その少女達がいつしか巫女に繋がり、人が殺すより自害の方が良いとされ、このような形に落ち着いた。戦後間もない頃までは本当に生贄が捧げられていたらしいが、現代ではそんなことは許されないので、祭りという形で形式だけ残っているというわけだ。
「どう、分かった?」
「うん、悠樹なんかより全然当てになるつーか、流石だぜ。」
「おい、何か言ったか?」
3人は意味もなく顔を見合わせて笑ったが、沙苗の笑顔はどこか寂しそうだった。
「さ、沙苗も用が済んだようだしさ出店行って何か喰おうぜ!」
悠樹がそう声をかけ走り出すと、続けて健一も走り出した。
一人その場に残された沙苗は二人の背中を、またあの寂しそうな笑顔で見ていた。
「もし……もし、本当のことを知ってしまったのなら、祭りなんてやっていけないわね…・・・」
彼女の独り言が彼らに聞こえるはずもなく、彼らは無邪気に彼女を「早く来い」と呼ぶのだった。
彼女は駆け出した。全てを振り払うかのように。
健一はこの時忘れていた。祖母の死なんて頭の片隅にもなくなっていた。
忘れていなければ、いつも通りにはしゃげるはずがない。
しかし、健一は最初からもっと重要な何かを忘れているのだ。それは夢の中に鍵が隠され、健一は未だに勘違いをしたまま今を過ごしている。
それに気付くのは、もう少しあとの話である。