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第6話 彼女カラノ警告

 お互い無言のまま数分が経過した。健一は沙苗に先程の事を謝ろうと思ってはいるのだが、言葉が出てこない。沙苗は俯いたまま何も喋らなかった。うるさいと言われたのだから当然だろう。二人の間に気まずい空気が流れる。


「あのさ」


沈黙を破ったのは健一ではなく沙苗の方だった。


「もしかして、健ちゃんのお婆ちゃん亡くなったの?」


沙苗の言葉に健一の心臓が大きく鼓動した。「何で島に来たばかりなのに知ってるんだよ?」声にならない健一の一言はどうやら沙苗にも伝わったらしい。


「何でそう思ったかって?だって健ちゃんから何となく線香の臭いがするんだもの。間違ってたらごめんね、気を悪くしないで?」


「合ってるよ。昨日婆ちゃんが亡くなったんだ。」


ぴしゃりと、悩むことなくはっきりと健一は断言した。先程まで祖母の死を認めたくない気持ちはあったが、聞かれたからには自分の口から祖母の死について言わなければならない。それは沙苗に対する返事というよりは自分自身に言い聞かせる為であった。

それを聞いた沙苗は立ち止まると空を仰ぎ見た。


「そっか、亡くなっちゃったんだ。私、健ちゃんのお婆ちゃん好きだったのになぁ。誰にでも分け隔てなく接してくれて。もちろん私にも(・・・)。」


沙苗は田村家の正統な跡継ぎである。元、田護家である田村の跡継ぎは特別扱いをされてきた。常に住民からは畏敬の念をもって接してくるため、その態度はどこか余所余所しい。沙苗もまた、あの時の健一と同じように、島に来る度皆の中に居ながら疎外感を感じていた。それに沙苗は、それ以外のある特別な理由から親族からもそのような扱いを受けてきた。そんなこの島で唯一普通に接してくれたのが健一の祖母であった。早苗は健一の祖母の前ではどこにでも居る普通の女の子になることができた。そんなわけで沙苗は健一と祖母と一緒に過ごす時間を何よりも楽しみにしていたのだ。

もちろん健一も沙苗に普通に接していた。特別な理由も二人の間には関係ない。しかし、この島の子供達も沙苗を遠ざけていた。普通に接しているのは健一と、もう一人くらいだ。

そのもう一人というのは――


「沙苗ー!何だもう来てたのか。今年は船が来るのが早かったんだなぁ。」


向こうから悠樹が走ってきた。悠樹こそがそのもう一人である。

悠樹の両親や祖父母はもちろん沙苗を畏れ敬っている。しかし、悠樹はそんな人たちの中で育ちながらも、沙苗を‘田村家’として見るのではなく、個人として見ていた。


「おぅ、悠樹おはよう。」


「健一か。昨日はその…色々と大変だったみたいだな。いいのか?その、こんな所に居て。通夜の準備とか……色々あるんじゃないのか?」


悠樹は健一の祖母が亡くなったことを知っているようだ。小さな島だ、それくらいのことはすぐ島中に伝わってしまうのかもしれない。


「ああ、いいんだ。今日の祭りの関係で通夜は明日だから。それに‘沙苗を迎えに行け’って婆ちゃんの遺言だったし。」


健一はもう、祖母の死について言うことを躊躇わなくなった。いつまでも悲しんでいると、きっと祖母も浮かばれないだろう、それが健一の結論だった。


「沙苗、ありがとう。沙苗のおかげで遺言を叶えることが出来たよ。」


「そんな、私は何もしてないんだからお礼なんていいわよ。」


沙苗は目頭が熱くなるのが分かり、慌てて顔をハンカチで覆った。死ぬ間際まで沙苗の事を気遣ってくれたのが嬉しくて、しかしお礼を言いたくても言えないのが悲しくて――複雑な気持ちであった。


「悠樹ー!!家の手伝いもしないで朝から何やってるだーー!」


突然、遠くの方で悠樹を呼ぶ声がした。

声のした方を見ると、悠樹の祖父が軽トラックから身を乗り出し、こちらに向かって叫んでいた。


「やべ、皆祭りの準備で家に居ないから家事やっとけって言われてたんだっけ。んじゃ、後でな。健一、沙苗。」


そう言うと悠樹は祖父の元へと走っていった。軽トラに乗り込もうとしている悠樹に対し祖父は何か言っているようだ。声は聞こえずとも怒られているのは遠くから見ている健一と沙苗にも分かった。 やがて、こちらの視線に気付くと悠樹の祖父は、ばつが悪そうに外方(そっぽ)を向き、悠樹に早く乗るように指示し、急いでその場から立ち去った。


「そういやさ、私を迎えに行くのってお婆ちゃんの遺言だって言ったわよね?」


二人きりになったところで、沙苗は立ち止まり健一を見詰め、そう言った。


「あ、ああ。そうだけど……」


「他に何か遺言とかってあった?」


二人の間に重い空気が流れる。


「無いよ。でも何でそんなこと聞――」


「じゃあ、何か大切な話があるとかお父さんから言われてない?」


健一の質問には答えず、沙苗は質問を続けた。

その声からは普段の早苗とは違い、威厳があり、健一は蛇に睨まれた蛙のように立ちすくみ、沙苗の質問に答えざる終えなかった。


「言われたよ……」


「何て言われた?」


「内容はまだ…でも大切なことがあるからって」


「そう……」


沙苗は健一から目を逸らし、何かを考えるように下を向いた。健一は、沙苗が目を逸らしたことにより、見えない呪縛から解放された。

健一には分からなかった。何故沙苗がそんな事を聞くのか。


「何で、何でそんなこと聞くんだよ!!」


何も答えてはくれない沙苗への苛立ちが怒鳴り声となって現れる。

しかし沙苗はそれを聞いても冷徹なまでに冷静に、健一を見詰めた。その冷ややかな眼差しに健一の方が怯んでしまう。


「ごめんなさい、今は何も言えないの。何も無いまま時が流れてくれた方がいいから。でも、これから何か聞かされて、それが約束事であれば必ず守った方がいいわ。これは忠告じゃなくて警告よ。友達として、そして田護家…現田村家の跡取りとして貴方に警告します。」


あんなに嫌っていた自分の立場を強調して、彼女はそう言った。

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