第4話 不幸ノ知ラセ
健一が苗の家に付くと、土間にドラム缶バックが置いてあった。
苗はにっこりと微笑む。
「ほら、何するかわかってるでしょ?」
健一は苗と荷物を交互に見遣り、苦笑いした。
「はいはい、わかってますよっと。」
適当に返事をして、荷物を持つ。そう、用とはこの事なのだ。
毎年この時季恒例となった健一の荷物持ち。というのも、苗は終業式の日の午後、船に乗って本土へ向かう。苗の話によると、この島の「祭り」に関係しているらしい。そんな事より苗は本土に住んでいる両親に会えることを楽しみにしていた。苗の両親は仕事で忙しく、中々会えないが夏休み中は一緒に過ごせるらしい。
「ふふ、健一君。毎年、毎年有難うね。ご苦労様。」
苗の家から徒歩30分。港へ着くと、苗は健一から荷物を受け取りそう言った。
健一は首を傾げる。
「何だよ苗。お礼なんて、お前らしくも無い。」
苗はいつも、礼を口にしなかった。ここまで荷物を運んでもらっても、近所だから当たり前だとか、力があるんだから当然だとか、男の子なんだからこうやって筋力つけなきゃ、などと言って一度も健一にお礼を言ったことがないのだ。
にも関わらず、今回に限って礼を言われると誰だって疑問を持ちたくなるだろう。
「ん、いつもお世話になってるし。今日くらいはお礼言ってもいいかなって。」
「そっか。じゃ、元気でやれよ?」
「うん、健一君もね?あ、そうそう――」
船の出向直前、立ち去ろうとする健一に向かって苗は叫んだ。
「お姉ちゃんによろしくねー!!」
苗を見送り、家に帰った健一は教科書と漫画を同時に広げボーっと過ごしていた。
明け広げた窓から生温い風が部屋へと入ってくる。苗の荷物を港まで運んだ疲れと、暑さとで健一の思考は完全に停止していた。
と、その時――
ドスン!ガラガラガッシャーン!!
一階で物凄い音がした。その音で健一の思考は引き戻され、何事かと慌てて一階へ向かう。
その内、呻き声も聞こえてきた。そして、呻き声の主は台所に倒れていた。
「婆ちゃん!」
健一は声の主である祖母に駆け寄り、その身体を支えた。どうやら転んだ拍子に首と腰を強打してしまったらしい。苦しそうに呻き声を上げ、何か言いたげだが言葉にならない。
「待ってろ、婆ちゃん。」
祖母を横目に、急いで島で唯一の診療所に電話をかける。その足で苗の家へ向かった。
診療所は健一の家からだと反対側に位置する。診療所の迎えが来るのを待つより、苗の家の人に頼み、祖母を診療所まで運んだ方が早いと考えたからだ。
苗の祖父に頼み車を出してもらう。苦しむ祖母を健一と苗の祖父、2人がかりで抱えて車に乗せ、診療所へ向かった。
――診療所――
「それで、婆ちゃんの具合はどうなんですか?」
健一の問いかけに医師…乾田は首を横に振った。
「腰を圧迫骨折しています。首を打ったと同時に頭も打ってしまったみたいです。ほら、このレントゲンを見てください。頭の部分に内出血が見られます。もちろん首も。歳も歳ですし、余計に酷いのでしょう。手当てをしたいのは私とて山々なのですが、ご覧の通りこの診療所の設備では十分じゃありませんから。本土に行けば設備の整った病院もあるでしょう。しかしながら船は出たばっかりですし、本土までもつかどうか……」
そこまで言うと、乾田は健一に背を向けベッドに寝ている健一の祖母を見た。
「すみません、田宮さん……私に出来る事は何も無いんです。」
控えめに、しかしはっきりと乾田は健一に告げた。
‘本土までもつかどうか’と言う事は祖母の余命が僅かだということを表している。突然の出来事に頭が混乱している健一にもそれくらいのことは分かった。
健一の脳裏に元気な祖母の姿が浮かぶ。ついさっきまであんなに元気だった祖母が突然こんな風になってしまうとは誰が思うだろうか。
「…ち……け…ぃ…ち…」
途切れ途切れに祖母が掠れる声で健一を呼んだ。
健一は祖母の傍に寄り、力無く垂れている祖母の手を両手で握った。
「婆ちゃん!俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ!だから頑張って、頑張って――」
健一は次の言葉を言う事が出来なかった。「頑張って、生きて」などと苦しんでいる祖母に言う事は出来るわけがない。まして余命が僅かだと本人も分かっているだろうに、「生きろ」なんて言うのは残酷である。
そんな健一の心中を悟ったのか、祖母は苦しいながらも微笑み、健一の手を弱々しく握り返した。
「ありがと……こんな良い孫…を…もって幸せ…だ……。一つ…だけ、お願い……」
「何だってするから何でも言ってくれ!!」
「さな…え……ちゃん…を迎え…に…」
それを最後に祖母は何も言わなくなった。健一が握っている手が次第に冷たくなってゆく。
「婆ちゃん!婆ちゃん!!」
健一がいくら祖母を呼ぼうともその声は二度と届くことはないだろう。
「ご臨終です……」
それを裏付けるかのように乾田が祖母の死を告げた。