第3話 島ニ来タ日ハ
翌朝、健一が学校へ着き、玄関で下履きから上履きに履き替えていると、後ろから肩を叩かれた。突然のことなので、健一の肩がビクッと縦に動く。
「おはよーさん。」
「おはよう。クスクス、やっぱり怖がりなんだから。」
健一が振り向くと、そこには苗と田代悠樹が立っていた。悠樹は健一の親友である。健一がこの島に引っ越してきて、一番初めに仲良くなったのが悠樹なのだ。あの頃は健一と悠樹と苗も含め、この悪友トリオで小さな島の中を色々と探検してまわったものだ。
健一は転校生である。いや、「転校生」と言う言い方は語弊があるかもしれない。この島に来たのは、学校にあがる前である。
この島に来たきっかけは、父と母の離婚、そして健一の祖父の葬式のためである。
健一の父と母は上手くいっておらず、喧嘩が絶えなかった。そんな中、一番傷ついていたのは健一である。両親が醜く言い争うさまなぞ誰だって見たくはない。それを父も母も理解していた。言い争いながら家族3人で暮らすのと、家族がバラバラになっても言い争いの無い平穏な日々を送るのと、どちらが良いのか。両親はよく考え、その結果離婚した。
離婚した後、健一は父に引き取られ父と暮らすことになった。そこへ舞い込んだ祖父の訃報。
父と健一は慌てて島に戻った。‘戻った’というのは父にだけ当てはまる表現であり、健一にとっては父の実家のある稲櫛島に来るのは初めてであった。よって、棺桶に収まり、冷たくなった祖父とも、皮肉な事にこの時が初対面であったのだ。
その後、父の祖母一人では心配だからと言う理由で、健一は父の実家に住む事になった。
祖父の葬式後も、線香をあげに近所の人たちがちょくちょく家へ来た。大人が集まれば、大人たちだけの話が始まり、子供は除け者にされる。健一は何となく疎外感を感じていた。ただでさえ、知らない島で、知らない人たちに囲まれていると言うのに頼れる父は客人の相手で健一を構ってはくれない。
そんな中、出会ったのが悠樹である。彼は祖父母に連れられ、健一の家に線香を上げにやってきた。大人が集まれば大人の話。彼もまた健一と同じような状況にいた。そんな二人が知り合い、仲良くなるまでに時間は掛からなかった。
それから二人はよく遊ぶようになった。いつの間にかそこへ苗が加わり、更に島の男の子達も加わるようになった。
苗は紅一点だったにも関わらず、男の子と同じように遊んでいた。男勝りで、姉御肌。それがあの頃の苗の印象だった。それがいつの間にか、女の子らしくなってしまったのだ。それは健一も、悠樹も疑問に思っていた。
しかし2人とも口には出さない。何か変化のきっかけがあったにせよ、ただ猫を被っているだけにせよ、年頃の女の子にそれを直接聞くのは失礼と言うものだ。
「なぁ、悠樹。」
「何だ?」
健一は苗と出会う前から悠樹と一緒に居る。ということは、苗に覚えが無くとも、悠樹にあの夢に出てきた祠の事を聞けば何か分かるかもしれない。
そう思い、健一は聞いてみたのだが、苗にはまた笑われ、悠樹にも笑われた。
「健一、お前気にしすぎだよ。第一、知ってると思うけど苗の家は先祖代々あの山の神社を管理してるんだぜ?だったら祠の事も知ってる筈だよ。それが知らないって言うのなら知らないんだよ。」
苗の家である田村家は先祖代々、この島で唯一の神社、稲櫛神社を管理している。
昔は姓が田村ではなく、田護だったらしい。僅かな田を守るため、豊作祈願をしたり、生贄を捧げたりしていた。しかし、時代は流れ、本土から米を仕入れられるようになると田護家は次第にその役目を失っていった。
遂には神社の管理と、年に一度の祭りを開く事以外の役目は無くなり、姓も田村と改めた。
「だよな…、俺気にしすぎなのかな?」
「だーかーらー、そういってるでしょ!」
健一は、ぼーっと過ごし今日の授業の終わりを迎えた。
いや、今日は授業らしい事はしていない。明日から夏休み。今日は夏休み中の諸注意や、終業式、それと大掃除――嫌でもボーっとしたくなる日である。
何はともあれ半日で学校は終わり、窮屈な世界から学生達は解放された。
いつもの帰り道を健一は苗と一緒に歩く。二人とも無言だ。
いつも夏休みと言えば、何をして遊ぼうかとかそんな話題で盛り上がっていた。
しかし、中学3年生の夏休みはそんなわけにはいかない。受験勉強に追われ、友達とも満足に遊べない。更に、この島の中学3年生達は、殆んどの生徒が高校は本土の学校へ行ってしまうため、この島でこの島の友達と過ごす最後の夏休みとなるのだ。
「あのさ、ちょっと家に寄ってかない?用事があるからさ、ね?」
沈黙をやぶり、苗が切り出した提案に健一は無言のまま頷いた。
1学期の終業式の日になると苗は必ず家へ寄れと言う。それはある特別な用があるから。
健一も嫌とは言わない。今日から夏休みの間、苗に会えなくなるのだから。
だから今日くらいは苗に付き合ってやろうと毎年のように思う健一であった。