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第1話 夢ノ切レ端

田宮健一。中学3年生。今は受験勉強の真っ只中で皆カリカリと苛立っているというのに、この少年だけは5時間目から放課後まで約一時間半もの間爆睡していたのであった。


「もう、しっかりしてよね。起こしても健一君たら起きてくれないんだもの。」


帰り道を一緒に歩いている少女の名は田村苗。健一の家の隣に住んでいて、学校でも席が隣である。


「だって眠かったんだぜ?俺、勉強のしすぎで疲れちゃってさー。」


「嘘言うんじゃありません!勉強なんて殆んどしないくせに。それでいて学年トップなんだから嫌んなっちゃうわ。私なんか真面目に勉強してるのが馬鹿馬鹿しくなってくるもの。」


苗は頬をぷくっと膨らませた。

健一は学年で1位の成績で、苗は2位である。いくら勉強しても健一に追いつけない苗は、受験より健一を抜かす事を目標としていた。

しかし、この島の学校で学年トップというのは都会の学校から見たら大したことではないのかもしれない。何故なら、一学年は女子6人、男子12人の計18人しかいないからである。

因みに、学校の生徒数は3学年合わせて34名しか居ない。


「あら、どこかで蝉が鳴いてるわ。」


さっきまで頬を膨らませていた苗は、遠くから聞こえる蝉の声を聞き、嬉しそうに耳を澄ました。


「え?蝉?全然聞こえないぞ?」


「しーっ。ほら、聞こえるよ。山のほうから。」


苗にならい健一も耳を澄ませると山の方から微かに蝉の声が聞こえた。


「ね、聞こえたでしょ?私ね、蝉の声を聞かないとどんなに若葉が生い茂っても夏って感じがしなくてさ。」


えへへ、と笑う苗につられて健一も笑顔になる。

辺りには緑が生い茂り、初夏の香りが立ち込めている。夕暮れの空を横切り、烏が寝床である山へと帰ってゆく。

学校で「受験、受験」と捲し立てる先生の騒々しさも、生徒達の焦りと苛立ちも、この風景を見れば全部夢だったかのように思えてしまうくらい、長閑な風景である。

そんな中にいても、健一は先程見た夢を忘れる事が出来なかった。


「ところでさ、俺さっき不思議な夢を見たんだけど……」


「はいはい、さっき寝てたもんねー。で、どんな夢?」


興味深そうに苗が健一の顔を覗き込む。健一はすぐ目の前に来た苗の顔にドキッとしながらも、それを隠すように夢の事について話し始めた。

新緑の中に木霊する声、かくれんぼで鬼になった自分、誰も見つけられず、焦りのあまり駆け出して、その先で見つけた小さな祠と禍々しいくらい赤い鳥居。


「俺さ、どうも夢と思えないんだよねー。何か昔の記憶っていうか……あの神社はこの山の中腹くらいにあるやつだろ?ってことは、あの祠も――って、苗?」


健一の話を黙って聞いていた苗は、下を向いたまま何も言ってくれない。健一が何度か名前を呼んでみたが俯いたまま何も言わない。


「苗?おい、苗!!」


「くすくすくす……」


苗の口から不気味な笑が漏れる。何かを勘繰られ、それを認めて開き直るような、ひどく耳障りな笑い方。健一は直感で身の危険を感じ、後ろへ後ずさりした。

苗はまだくすくすと笑う。下を向いたまま、健一にはその表情を見せないで。


「な…苗?」


「くすくす…あはははは!!健一君っておっかしーい!!」


本気で怯えている健一を見て、苗は急に腹を抱えて笑いだした。健一は呆気にとられ、何が何だか分からないという表情をしている。


「可笑しすぎるよ、夢の出来事は信じちゃうしさ、私が悪ふざけであんなことしただけでビビッてるし、あははは、可笑しすぎ!」


畜生、と健一は思った。要するに自分は、からかわれていただけなのだと今頃になって気付く。恥ずかしさで、自分でも顔が赤くなってゆくのが分かる。その様子を見て、また苗が大笑いを始めた。


「あーあ、顔真っ赤にしちゃって。結構健一君って怖がりなんだね?あ、ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」


「うるせー。それよりお前の家ここだろ?ほら、帰った帰った。」


気が付くと、もう苗の家の前だった。健一が煩そうに手の甲を向けてヒラヒラと振ると、苗はにっこりと笑って小走りに玄関に向かって駆け出した。


「ふふ、じゃあね、怖がりの健一君。」


途中でくるっと健一の方を振り向き、良いものが見れたと、苗は満足そうに家の中へ入って行った。


「ちぇ、なんだよ。」


そう独り言ちて、健一は数十メートル離れた自分の家に向かった。

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