第11話 約束破リノ罪
「約束って……約束って何だよ!それってそんな重要だったのかよ!!」
「私は約束を守れって‘警告’した筈よ。」
健一は何が何だか分からなかった。どうして沙苗がこんなに怒っているのかも、何故父がこんな状態なのかも理解する事が出来ない。
こうしている間にも父の顔色はどんどん悪くなってゆく。
「どうして、どうして多寡が約束くらいでこんな事に!!」
「……」
沙苗は黙り込んだ。そして健一をまじまじと見詰める。
「もしかして…何も知らないの?」
――その時、居間の方から窓ガラスが割れる音がした。
健一は何事かと様子を見に行こうとする。その手を掴み、沙苗が止めた。
「此処に居ては危険だわ。家から出て裏山へ行くわよ!」
「んなこと言ったって、父さんはどうするんだよ!!」
「……その人のせいで貴方がこんな思いをしてるのに?」
その瞬間健一は頭が真っ白になった。
―父のせいで自分がこんな思いをしている?―
沙苗が何を言っているか分からない。全身から力が抜け、思考も止まる。それを好機と見たのか沙苗は健一に「走れ」と命令した。
頭が真っ白になっている健一は沙苗の思惑通りその命令を丸呑みし、言葉どおり走り出した。脇目も振らず、何が一体危険なのか考えず、その場所に父親を残したまま、ただひたすら裏山へ向かい走った。
健一が我に返ると、そこは裏山にある神社の御堂の中であった。息は上がり、此処まで走った事と訳も分からぬ恐怖で健一は汗だくになっていた。
一切明かりが無い暗闇の中、かろうじて気配だけで隣に誰か居るのが分かった。恐らく隣に居るのは沙苗であろうと健一は思っていたが、それは違っていた。
健一の意に反して沙苗の声はすぐ前から聞こえた。
「二人とも無事?」
「ああ…」
健一の隣からした声は悠樹のものであった。一番親しい友人がすぐ隣に居るということで、健一は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「悠ちゃん、何故貴方が追われてるか分かってる?」
「あぁ、あの島のことだよな…」
悠樹は力なく答えた。
「じゃあ次は健ちゃんね。何で狙われてるか分かる?」
「島に入ったことと、約束を守らなかったこと…なぁ、じゃあ何で父さんまであんな目に!!」
沙苗は何も言わない。そのまま数秒後、部屋に灯りが点った。それは沙苗がもってきた蝋燭の火であった。
「流石に此処まで追っては来ないわね。まぁ‘祟り’ならここで健ちゃんが倒れてもおかしくないんだけどね。私、人為的なもの以外に干渉できないし。」
「祟りって何だよ!多寡が約束破ったくらいで!何でだよ!!」
蝋燭の灯りに照らされた沙苗の顔は冷たい表情で健一を見ていた。
「ねぇ、健ちゃん。此処が何処だか分かるよね?」
「山の中腹の神社の御堂の中だろ…それが何――」
「じゃあ、もっと上に小さな鳥居と祠があるのは知ってる?」
その言葉を聞いた途端、健一の心臓がドクリと大きく鼓動した。つい最近、何日か前に見た夢に出てきた真っ赤な鳥居と小さな祠。健一にはあれがただの夢だとは思えなかった。しかし、実在しているとはっきり肯定されると、怖くなった。何故自分はその場所を知っているのか、そして何故父があの場所にいたのか――先刻よりもっと大きな不安に襲われる。
悠樹は健一が聞いたとき、知らないと言った。健一が悠樹の方を振り向くと、彼は青ざめた顔をしていた。健一と目が合うと膝を抱え震え出す。
「ごめん。俺知ってたんだ。お前が聞いてきた祠の事。でもあの祠の事を話すのはタブーなんだよ、だから俺…嘘を……ごめん。」
悠樹は顔を膝にうずめ、声を上げずに泣きだした。肩が小刻みに震えているので、彼が泣いているということに二人はすぐに気付いた。
「そうよ、悠ちゃんの言うとおり。あの鳥居と祠についてはこの島のタブーなの。あれは特別な願い事をする為にあるのよ。そしてそれは‘絶対’に叶うの。でも、特別な願いには特別な対価が必要なの。それを守らなければ祟られてしまう。そう、願い事をした本人だけでは事が済まないの。それはその人の親族まで及ぶわ。」
健一はその祠に願い事をした記憶など無い。ということは、父か祖母がした事になる。いや、きっと願い事をしたのは父である。祖母はそれらしいことを言っていなかった。父が言った‘約束’とは、祠に掛けた願い事と何か関係しているのではないか?
――と、ここで一つ疑問が浮かんだ。
「どうして祠に願い事をするくらいで呪われなきゃなんだよ。そんなの誰だってすることじゃないか。仮に‘絶対’に願いが叶ったとしても、その対価を守らなければ祟られるなんておかしいじゃないか!」
「いいえ、おかしくなんかないわ。」
ぴしゃりと、沙苗が言う。
「対価を必要としてまで叶えたい願い……それはね、賽銭箱に五円や十円納めて叶えるような願いとはわけが違うのよ。絶対に、どうしても、どんな手段を使おうとも叶えたい願い――それって限られてるじゃない?叶っても公にしたくない、自分の手柄にもしたくない。人に見つかりたくない。そんな願いって言うのはね……」
沙苗は目を閉じた。
そしてゆっくりと目を開く。
「殺人だけよ。」