第9話 禁ヲ犯ス
健一が港へ行くと、其処にはもう悠樹が退屈そうに待っていた。
「遅いよー、まったく。」
「ごめんごめん、まだ電話に出たとき寝巻きでさ、朝食も食べてなくて。で、どこへ行くんだ?」
悠樹は答える代わりに健一の腕を引っ張り無言のまま海岸沿いを歩き出した。腕を引っ張られているので健一も歩かざるおえない。悠樹の足はどんどん速くなり、小走りになった。健一も転びそうになりながら付いてゆく。
それから数分後、悠樹が急に立ち止まった。健一があたりを見渡すと、そこは何の変哲も無い岩場であった。
「悠樹、何のつもりだよ。よりにもよって何にも無いところなんて。」
悠樹は無言のまますぐ傍の一際大きな岩を指差した。一見何の変哲も無い岩だが、良く見るとその陰に波に揺られちらちらと見える物体があった。近づいてみるとそれは一隻のボートだった。
悠樹は健一の驚く顔を見てにやりと笑った。
「驚いたか?祖父ちゃんのボートなんだぜ?これであの‘例の島’に行ってみようぜ!」
例の島とは、この島から出て船で15分ほど本土とは反対方向へ向かうと、ぼんやりと見えてくる島の事である。
島民はこの島のことを知ってか知らずか誰も口にしない。無人の島だという事だけは分かっているが、何時だったか健一と悠樹が前にもボートをくすねて島の周りを一周してみたことがあった。
その時、無人のはずの島に何か建物のようなものが見えたのだ。この頃の悠樹と健一に島に降りてまで探索する勇気は無かった。しかし二人はそれを見た頃からその建物が何なのか気になって気になって仕方なかった。
その謎の建物の正体を今日突き止めに行こうというわけだ。
悠樹は足早にボートに乗り込んだ。健一もその後に続く。健一の脳裏には父との約束の事などもう微塵も無かった。
「健一、あの日のこと憶えてるか?」
「ん、あの日って例の島に前行った日の事か?」
海風に吹かれながら島へ着くまでの間、二人は前に例の島へ来た時の事を思い出していた。
「あの日はさ、帰ったら散々怒られたよな。」
「ああ、苗の婆ちゃんが特に御冠でさ。俺の親父とお前の両親が苗の婆ちゃんに何回も頭下げてさ。その後俺も親父からこってり絞られて。思えばあの日帰った途端に見つかっちまったのがまずかったよなぁ。」
もう遠い昔の事のように話す健一に、悠樹はうんうんと頷いた。
「でもさ、苗の婆ちゃんか怒ったからこそ俺は確信しちゃったんだよね。あの島、絶対なんかあるって。」
あれこれと話している間に、無事に例の島に着いた。
ボートを海岸にあげ、念のために木にボートをつないでおくことにした。その作業中、ふと健一が顔をあげると木々の中に人影のようなものが動いた。
「悠樹、あれ!」
健一の声に悠樹が顔をあげ健一が指差す方を見たが、そこには誰も居らず、草木が風に吹かれ揺れているだけであった。
「どうしたんだよ?」
「いや、さっき其処に人影が見えた気がしたんだけど…気のせいだったかな?」
「お前、何だもうビビってるのか?まぁ、念のため人影が見えたところを通ってくか。」
二人は健一が人影が見えたと言った場所から島の中心に向かうことにした。草を掻き分け、道なき道を、ひたすら島の中央を目指して歩いてゆく。
中央に行けば何かがあると、そう信じて二人はひたすら歩いた。
此処は大きな島ではない。目当ての建物はすぐに見つかった。
その建物はボートを止めた反対側の海岸からの方が近かったが、二人はそんなことなどまったく気にしていない。何故ならずっと頭の片隅に引っ掛かっていた謎の建物が間近で見られただけで二人は満足していた。
建物は中途半端に半分だけ壊れていた。残っている部分には蔦が絡まっおり、窓らしき部分には何故か鉄格子がある。半壊したところから内部を覗くと建物の内部もやはり鉄格子によって区切られていた。
「そうか、そういうことだったのか。」
悠樹がポツリと呟き、内部を更に詳しく調べ始めた。瓦礫をどかしたり、壁を隅々まで見たりと、忙しなく動き回る。一方、健一は悠樹が何を調べているのか分からず、悠樹の真似をして辺りを散策していた。
ふと――瓦礫の隙間にある黒いものが目に止まった。健一は隙間に手を突っ込みそれを取り出した。‘それ’は一冊の手帳であった。雨風に晒され、かなり風化している。捲る傍からページもとれてしまい、インクも薄れていて何がかいてあるのか分からない状態であった。しかし、それでもめげずにページを捲っていると、ちょうど真ん中の1ページに書かれている文字が辛うじて読めた。
「ん?『今日、皆処分ス』…?」
そこにはこう書かれていた。
『今日、皆処分ス。此処ニ収容サレシ者、此処デ息絶エ、ソシテ私モマタ。一人ガ絶命シ、ソシテマタ一人ト減ツテユク。ソレモ今日デ終ワリニシヨウ。同ジ収容サレテイル身デアリナガラ後始末ヲ任サレルトハ残酷ナ運命トシカ言エナイ。』
「えっと…『監視役、タゴ』…タゴ?タゴってまさか田護!?」
その名を口にした途端、風が吹き、そのページは千切れ、風にさらわれた。