表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2016年/短編まとめ

秋の野球少年

作者: 文崎 美生

「やっと涼しくなりましたね」


十秒でエネルギーが補充されると言われているゼリーのパックを片手に、窓からグラウンドを覗く。

二階の中央部に位置する図書室の中、その奥にある司書室からは、グラウンドがよく見える。

放課後の運動部が出す掛け声が、秋の風と共に入り込んで来るのを聞きながら、司書さんを見た。


蛍光灯の光すら取り込み、キラキラと光を反射させる金髪が目に優しくない。

日焼けをしにくいのか、男にしては色白で、汚れ一つない白いシャツと薄いベージュのカーディガンのせいで、どことなく脆く儚い雰囲気を醸し出している。


「直ぐに冬になるよ」


にっこりと人好きのする笑みを浮かべた司書さんは、読んでいた本を静かに閉じる。

司書らしい仕事をしているところなんて見たこともないが、司書さんに限らず、この学校の図書室は図書委員がまともに機能していない。

利用者も少ないので、司書さん一人で問題ないと言えばないのかも知れないが。


「ウチの野球部はそれなりに強いけれど、公立高校だからね。室内練習場があるわけじゃないし、大変な時期だろうね」


「……あぁ、そう言えばそうですね」


残り僅かになっていたゼリーを啜りながら答えれば、くすくすと小さな笑い声が狭い司書室を満たす。

公立高校の割に強い野球部は、今年も今年でそれ相応の結果を残して夏を終えたらしい。

部活に所属していない身分の私からすると、その結果がどんなものなのかは分からないが、上機嫌の司書さんを見るに、悪くは無い、本当に良い結果だったのだろう。


司書の仕事をしていない時、夏場は良く、換気として開けていた窓から身を乗り出し、グラウンドの様子を眺めていた。

青い絵の具を塗ったくったような空と、それを切り裂くような白球を見ては、眩しそうに目を細めていたことを思い出す。


「それにしても彼、不調みたいだね」


デスクから離れて、窓際まで寄ってきた司書さんは、グラウンドを見て、目を細める。

彼、と言うのは今現在、秋空に白球を吹き飛ばされている相手のことだろう。

グラウンドの野球部が使う練習場で、最も目立つであろうマウンドの上に立ち、飛んでいった白球を目だけで追う彼。


先程からゼリー片手に眺めているが、司書さんの言う通り不調のようだ。

投げては打たれ投げては打たれを繰り返している。


「マウンド、下ろされちゃったね」


やはり、にっこりと人好きのする笑顔を私に向ける司書さんに、私は首を竦める。

空っぽになったゼリーの容器を握り潰し、部屋の隅に置いてあるゴミ箱に放り投げれば、ガコガコとゴミ箱を左右に揺らし、収まった。


ピッチャーというポジションが、どれほどの競争率なのか、またどれほどのプレッシャーなのか。

私にはさっぱり分からないが、マウンドを下ろされた彼は酷く動揺し落ち込んでいるのは分かる。

司書室に置かれている小さな冷蔵庫から、突っ込んで置いたコンビニの袋を取り出す。


「今日はもう帰るの?」


「その読み掛けの本、後書きだけですよね」


窓脇に背中を預けながら首を傾げた司書さんに、閉じられた本を指さしながら問い掛ける。

図書室に来てから、ずっと読み耽っていた本は、図書室のものではないらしい。

カバーも掛けられておらず、管理シールも貼られていないのを確認すれば、うーん、と酷く曖昧な答えが返って来る。


パラパラと音を立てて捲れば、栞の挟まっていたページは予想通り後書き間近だ。

どんな内容なのかは不明だが、特別話題になったような作品でもなく、奥付に書かれている出版日は数年前になっている。


「これ読み終わったら図書室閉めるつもりだったんでしょうし。今日はお先に失礼しますね」


よいしょ、という掛け声と共に、デスク脇に置いておいた鞄を持ち上げる。

私の言葉に対して、バレてたんだ、とでも言うように笑った司書さんは、窓を閉めた。

運動部の掛け声が遠くなる。


「気を付けて」


目を細めて笑う司書さんは、相変わらず蛍光灯の光をキラキラと反射させていた。

手を振られながら、頭を一度下げて司書室及びに図書室を出る。




***




ガサガサとコンビニの袋を揺らし、ほんのりと赤く染まりつつある廊下を歩く。

図書室は二階中央部で、図書室を出て右へ進む。

右奥にある階段を下りて行き、真っ直ぐに生徒玄関へと向かう。


すると、案の定と言うか、見覚えのある姿を見つけた。

真っ白なユニホームは、泥や砂で汚れて茶色に染まっており、その中の濃い色のアンダーウェアが覗いている。

野球部のユニホームだ。


「……生きてる?」


靴箱の側面に背中を預け、座り込むその姿に声を掛ければ、目深に被っている帽子の奥から色素の薄い瞳が現れる。

どんよりと濁っているような瞳を真っ直ぐに見つめ、生きてるね、と頷けば、直ぐに目を逸らされた。


先程二階の司書室から見ていたグラウンドにいた、マウンドを下ろされた彼だ。

マウンドを下ろされた後に、真っ直ぐに生徒玄関へやって来たらしい。

ぐったりと体の力を抜いている。


仕方ないね、と言うように芝居じみた動きで肩を竦めれば、彼が僅かに身じろいだ。

ガサリ、音を立ててコンビニの袋を突き出す。

白い袋では、中身が何かは直ぐに分からない。

彼が袋と私を見比べるので、焦れったくなって落としてやる。


流石の反射神経で袋を手にした彼は、こわごわとその中身を覗くが、別段危ないものは入っていない。

と言うか、中身は食べ物である。

彼がその中身を取り出し、食べ物の正体を顕にした。

ピンクの目立つパッケージに、プラスチックスプーンがセロハンテープでくっつけられている。


「何かに頑張る人も、一生懸命になれる人も好きだよ」


丸ごと桃の実が入っている桃ゼリーはとても美味しく、私のお気に入りである。

先程チャージ系のゼリー飲料を啜っていたが、あれよりも美味しいと思う。

彼は静かにゼリーのパッケージを撫でた。

その指先、爪の先は何か塗っているのか、マットに光っている。


「直ぐに冬が来て春が来て、また夏になるよ」


私の言葉に色素の薄い瞳が、これでもかと言わんばかりに見開かれた。

今にもこぼれ落ちそうな瞳を見ながら、被っている帽子を引っさげてやる。

うおっ、と驚いた声を背中に聞き、自分の外靴を入れている靴箱へ向かう。


ひんやりとした秋風が頬を撫でる。

ペリペリとプラスチックの蓋を開ける音が、生徒玄関に響いた。

きっと明日は、空飛ぶ白球を見ることはなさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ