表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話

こんなに集中しているのは、高校受験以来だろうと、琴美は思う。

今まで、色々なゲームをプレイしてきたけれど、その世界に入り込んだり、キャラクターの一言に心を動かされたり、そんなことは一切なかった。

だけど『君だけの執事』は違う。

スマートフォン越しの、簡単な操作をしているだけなのに、本当に、自分はこの世界の主人公で、彼らと恋愛しているのだという感覚に陥ってしまうのだ。

恋愛ゲームというのは、どれもこんな感じなのだろうか。

それとも、こんなにも心を奪われてしまうくらい、琴美は人生に疲れているのだろうか。


「母親の再婚相手が資産家だったため、主人公は、急遽、豪邸に住むことになり、そこに従事する執事との恋愛を楽しむ」という設定の『君だけの執事』には、全部で30人の執事が登場する。

その30人の中から、お気に入りの執事を1人選び、そのキャラクターとの恋愛をメインに、ストーリーを進めていくのだが、琴美が選択したのは、「タクト」という、見た目が美少年系の、誰に対しても気さくな執事だった。

執事たちの自己紹介画面を見たとき、恋愛ゲームは初めてだし、どのキャラクターのイラストも綺麗なので、誰を選べばいいのかと悩んだのだが、スマートフォンから流れてきた、タクトの声を聞いた瞬間、うろうろと迷っていた指が止まった。

「初めまして。タクトです。気軽に何でも言ってね」

(可愛いのに、なんて色気がある声なんだろう。聞いているだけでドキドキする)

一目惚れならぬ、一声惚れというやつなのかもしれない。

まだ、執事の自己紹介が、3分の1ほど残っていたが、琴美は、タクトが表示されている画面で、この執事で決定というボタンを押したのだった。


それにしても、ゲームを始めた時は、30人なんて、多すぎると思っていたのだが、世の中には、100人以上のお相手が登場する恋愛ゲームもあるらしい。全部クリア出来る日は来るのか、それ。


「もおーっ!タクト、かっこよすぎだよっ!」

毎度のことながら、スタッフルームいっぱいに響く独り言。

他人が、今の琴美を見たら、相当、痛い女性だと思うだろう。

でもいいのだ。

「MUSIC CASTLE」は、アルバイトスタッフの人数が少ないため、必ず1人ずつ休憩に入るので、他のスタッフとかぶることもないし、就職活動に苛まれている今、多少の痛い独り言くらいは許されるだろう。……恐らく。

「やば!もうすぐ休憩終わりだ!」

このゲームをプレイしていると、30分間の休憩が、30秒くらいに感じる。

オーバーな表現だと思われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。

琴美は、洗面台で口をすすぐと、鏡で服装の乱れをチェックして、スタッフルームを出た。


フロントに着くと、近くのカラオケルームのドアが開き、店長が出て来た。

「MUSIC CASTLE」の店長、神谷(かみや) 武彦(たけひこ)

明らかに、元ヤンキーであろう、イカつい見た目なのだが、それに反して、性格は温厚。語尾を伸ばしたゆるい話し方で、いつもスタッフたちを癒している。

「天宮さーん。今日から新人くんが入るから、教育よろしくねー」

「え?新人くん?」

そういえば、よく見ると、ニコニコ笑う店長の少し後ろに、うつむき気味の男性が一人立っている。

狩野(かりの) 佑理(ゆうり)くん。いずれはキッチンをお願いしようと思っているんだけどー、とりあえずホールから教えてあげてー」

店長は顔の前で両手を合わせ、お願いのポーズをした。

18歳の時から「MUSIC CASTLE」で働いている琴美は、今、働いているスタッフの中では、一番の古株だ。

そのため、バイトリーダーのような役目を任されていて、新人教育も、仕事の内だった。


店長が、琴美への挨拶を促すように、佑理の背中をぽんっと叩く。

「……狩野です。よろしくお願いします」

全く目を合わせず、あからさまに不機嫌そうな態度で、佑理は軽く頭を下げる。

「天宮琴美です」と返しながら、教えるのに、苦労しそうなタイプだなと、琴美は、苦笑した。


(あれ?でも、なんだろうこの違和感。私、この人と前にどこかで会ったことがあるような気が……)

琴美は、もう一度佑理の顔を見る。

いや、初めて見る顔だ。全く覚えがない。

凝視し続ける琴美に、佑理は、眉を寄せて「あの……何をすればいいですか」と呟いた。

その声で琴美は我に返り、

「あっ、ええっと。じゃあ、まずは、こっちに来てもらえるかな?」

佑理を連れて、裏口近くのパントリーまで歩き出す。

「僕は、今日、用事で深夜まで帰らないからー。後のことはよろしくねー」

後ろから、店長の声が響いてきたので、琴美は、振り向くと、両手でOKのサインを作った。


パントリーに入ると、他の従業員が、モップを片手に話し込んでいた。

それはそうだろう。今日は火曜日。そして今は14:00。

ド平日のこの時間は、ほとんどお客さんが入らない。

こんな日に、はしゃぎ盛りの若者が集まれば、しゃべり場状態になってしまうのも無理はない。

「みんな、今日から働いてくれる、狩野佑理くんです」

「どうも、狩野です」

琴美が、他のスタッフに向かって佑理を紹介すると、佑理は、琴美にしたように、うつむいたまま軽く頭を下げた。

「なんか、クール系だね!よろしく!狩野くん」

佑理が発する、寄るなオーラにも動じずに、握手を求めたのは、八雲(やくも) 芽依(めい)

「MUSIC CASTLE」のムードメーカーであり、琴美の大切な趣味仲間、そして、時には相談相手である。

さすがに、拒否をするのは失礼だと思ったのか、佑理は、うつむいたまま、芽依の手を握った。

「男性スタッフが増えて良かったー!よろしくな!」

芽依と佑理の握手シーンを見て、近づいても大丈夫なんだと安心したのか、伏見(ふしみ) 光彩(こうさい)が、店長同様、佑理の肩をぽんっと叩いた。

光彩は、体育大学に推薦で入学したスポーツ少年で、力仕事ではいつも頼りになる存在だ。


「あ、でもこれで、男女半々くらいになったんじゃない?」

「ん?そうだっけ?まだ、男子のが少なくなかったか?」

芽衣と光彩が、アルバイトスタッフの男女比を確認し合う。

「狩野くん入れると、ちょうど、5人ずつだよ」

琴美は、2人の話に入りつつ、ちらっと佑理の顔を見たが、相変わらず、その表情に変化はなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ