鋼の剣王
前作、『戦乙女』のレオンハルト様sideです。
1年ぶりの執筆です。
あいもかわらず読みづらい点や、意に沿わぬと感じる点もあるかと思いますが、あたたかく見守っていただけるとうれしいです。
遠くで紅が舞い上がるのを見た。
間違いなく、愛しい彼女がそこにいた。
王太子の婚約者という鳥籠のなかではなく、この戦場にーー。
………………
宰相ハロルドが血相を変えてやって来たのは全ての儀式を終えた後だった。
今まで14日にもわたる儀式の過程を踏み、やっとイザベラに会えると思っていた。
「ラインハルト様、イザベラ様が婚約者の立場を辞し、国境前線部隊として戦場へ出陣されましたっ」
「どういうことだ。イザベラは既に退役しているんだぞ。そもそも婚約破棄を許した覚えはない」
ハロルドを睨みつけると、ハロルドもまた険しい表情で答えた。
「イザベラ様が神殿に婚約破棄の書状を提出し、神官長がそれを認め、受理したとのことです。現在、神官長を拘束し、事情を聴いておりますが、神殿の決定に口をはさまれる謂れはない、と繰り返すばかりで」
神官長の狡猾な顔が思い出された。
政になにかと口を出したがる。大方、イザベラを廃して、神子を妃にあてがい、神殿の権力を高める狙いなのだろう。
私が政教分離を推し進めることを危惧していたことは知っている。
退役したとはいえ、元軍人のイザベラを婚約者にしたことで、より一層その危機感を高めていたことも。
「国境は今、どんな状況だ?」
「一触即発の状態が続いています。しかし、神子降臨の話を受け、隣国が攻め入るとの情報もはいっております」
「とにかくイザベラを連れ戻す。すぐに父上に面会の許可をとってくれ。私も国境に出陣する」
………………
退役後も彼女が国境周辺を気にしていたことには気づいていた。
だからこそ、その直後に降り立った神子に私は歓喜した。
これで彼女を戦場に立たせずにすむ、と。
一体いつ彼女が彼の地への出陣を願い出るか気が気ではなかった。
副団長を勤め上げたイザベラだ。そう簡単に傷つきはしないと、頭では理解している。
だが感情は別だ。彼女の実力を信頼していても、どうしようもない状況に陥れば簡単に人は死ぬのだ。個の力も多勢には太刀打ちできぬときはある。
そう思ってしまってからの私は早かった。
彼女に求婚し、できるだけの最短で彼女の退役をもぎとった。
戦場に彼女がいないことに不安を覚える兵士は多いだろう。
風に舞う赤髪とその美しき顔。
それを際立たせるには女性には似つかわしくない、鎧とそれを彩る鮮血。
戦場で、『紅き祝福』と呼ばれた彼女が馬を駆けるだけでその士気は上がった。
この目でそれを幾度も見てきた。
しかし、私はもうそれを許すつもりはなかった。
戦場での戦いぶりと判断力から『鋼の剣王』と呼ばれた私にはあるまじきことだろう。
本来であれば、彼の地の戦況が落ち着いてから退役を許すべきだったとことは理解している。
だが、彼女が戦うたび、あの赤髪が戦場でたなびくたび、私は彼女に目を奪われ、その身を案じてしまう。指揮官がこのようであってはならない。
なにより、彼女が傷つくことに耐えられない。
神子が我が国に降り立ったならば、我が国にいる限り滅ぶことはない。
私との婚姻でより強固にこの国に根付いてもらおうと思う者もいたようだが、その相手は無理に私ではなくてもよい。
現に神子は次期神官長候補の司祭に惹かれており、彼もまたそんな彼女を憎からず思っているようだった。
儀式後は神子の生活拠点は神殿にうつる。これからゆっくり仲を深めていくことだろう。
神子を王妃にすることで他国への牽制にもなるとの声もあったが、結ばれるべきは想い合う者たち。私は大いに後者を支持しよう。
ーーだというのに。
彼女が戦場を駆けている。
それと同時に士気が高まっていくのを感じる。
その赤髪をゆらし、目をぎらつかせ、敵を睨みつける。
あぁ、美しい。
やはり彼女は私の腕の中よりもこの戦場を選んだのだろうか。
城のなかでイザベラを守りきれなかった己の未熟さが歯がゆい。
馬を駆け、敵を屠りながらイザベラへと近づいていく。
半ば強引に戦場から彼女を引き離した私では、やはり彼女を繋ぎ止めることはできないのだろうか。
しかし、敵をみるイザベラの瞳の中にかつての生命力とは異なる、諦観を見つけた時、私の中に黒い喜びが湧きあがった。
もう彼女の居場所は戦場ではないーーと。
レオンハルト様の独白でした。
なんだか黒い方になってしまいました。
王太子とはいえ、まだまだ若造なので、老獪やたぬき爺とやり合うには経験不足な面もあります。
これを糧にさらなる飛躍を遂げると信じています、笑
しかし、独白はしてくれるのに台詞は全く喋らないですね。無口なんですかね。