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07 エヴリバディ・ニード・サムバディ・トゥ・ラヴ!

 ザ・ヘビセンターさんたちのステージは、曲を重ねるごとに盛り上がってゆくばかりだった。僕の周囲(主にオバサマたち)の黄色い…いや少々茶色味…年季を重ねただけの重みを帯びたとでも言うのか…そんな声援も凄まじい物だった。

…それにしても、何とも凄い光景だ。オバサマたちは、自分の息子さんたちくらいのロックンローラーたちに熱狂しているのだ。ご自身の青春時代を思い出した、とか懐かしむとかそういった雰囲気ではない。彼女たちは純粋に、彼ら三人のステージに酔いしれているのだ。

…さすがは第一声が『イクぜマダム!』と豪語したバンドだけの事はある。

おざなりでいただいた声援の自分の出番とは雲泥の差だ。それは認めざるを得ない。

かと言って、敗北感みたいな物はなかった。そこには僕ごときとは較べるのも烏滸(おこ)がましいレベルの違いが明確だったし、そもそも音楽とは勝ち負けじゃないと思う。

ただ、ひとつだけ。

ひとつだけ悔しかったのは、僕の横で一緒にステージを観ている麗しのまいはにーさんまでが、オバサマたちに交じって盛り上がっている事だった。

文ちゃん先輩は上気した表情で、曲のリズムに合わせて拳を天に突き上げている。

「いぇい!いぇい!いぇいいぇいいぇい!!」

…ノリノリじゃないか。僕の時はこんなにも盛り上がってくれなかったのに。

その文ちゃん先輩は、不満そうな僕の顔に気づいたのか、

「楽しいですね!私、ろっくんろーるってこんなに楽しい物だとは知りませんでした」

なんて笑顔で言ってきた。…あーそうですか。

でもまあ、その気持もは分かる。彼らのステージはまさにエンターテインメント。観客を楽しませようという彼らの意識が伝わってくるものな。

その意識は、ステージのパフォーマンスにも感じ取る事ができた。

ギターの水嶋君(?)は凄い。

グレッチを背中で弾く。右肩にショルダーバッグの様に下げて横に弾く。

かと思えば床に立てて、何とキックでカッティング。こんな技(?)は見た事がない。

さらには…あ、ギターのシールドを抜いて、マイクスタンドに掛けてしまった?あれじゃあ、ギターの音が出なくなってしまうじゃないか…え?

水嶋君(?)は、背負ったギターをそのまま、腰をくねらせながらフラフープの様に、彼の身体を軸にぐるんぐるんと回しはじめてしまったではないか!?

おいおいおいおい!?そんな乱暴な事をしたら、いくら何でもストラップが抜けてギターが外れてしまうんじゃ…あ、そうか。グレッチってストラップを止める所はたたのピンじゃなくて、ストラップを取り付けた後で、ネジで固定できる様になっているんだった。

なるほど、これならストラップもまず外れる事がない。グレッチならではの構造を活かした、これはこれでなかなかに計算されたパフォーマンスではないか。

見かけによらず、水嶋君(?)は、かなりの「策士」だとお見受けした。

終いには、彼はギターを股に挟んで、前に出したネックを豪快に(しご)きはじめた。

うーむ。そうきましたか。

うん。これはいわゆる「ナニ」だ。「ナニ」に相違ない。

…これ、男ならば、「ナニ」をしている仕草なのか分かっちゃうよな。

このパフォーマンスは、人生の酸いも甘いも噛み締めてきたオバサマたちには一番受けていたみたいだ。

気になって、もう一度文ちゃん先輩の顔色をうかがってみると…あらま。真っ赤になっているではありませんか。…それでも目を逸らしたりはしないけど。

先日の一件で、「そっち方面」の知識も身についてしまったとは言っていたけれど、分かっちゃったんだろうなぁ…「コレ」の意味。

曲が終わった。

『オーイェー!』

おーいぇー!!

『オーイェー!』

いぇー!!

水嶋君(?)のシャウトに、観客(オーディエンス)(主にオバサマたち)も楽しそうに応える。

見事なコール&レスポンス。ライヴとはかくもあれかし。

無我夢中で独りよがりな僕のステージとは大違いの「エンターテインメント」の姿がそこにあったのだった。

『オーケイオーケイ!じゃあ楽しかったギグも、次の曲でフィナーレだぜィ!イクぜマダム?”エヴリバディ・ニード・サムバディ・トゥ・ラァーヴ”!ディス・ワン!!』

水嶋君(?)のカウントに続いて、軽快なアップデンポのフォー・ビートが刻まれる。

ソロモン=バークが歌った、古いリズム&ブルースの名曲だ。つい最近、「ザ・ブルース・ブラザーズ」って映画でもカヴァーされてたっけ。あの映画は僕も映画館で観た。

『エヴリィバディ・ニード・サムバディ、エヴリバディ・ウォント・サムバディ・トゥ・ラーヴ!』

会場は曲の初めから大盛り上がり。僕の横では文ちゃん先輩までもがリズムに合わせて小さな体を揺らしていた。

…むむ、何だこの寝取られた様な感覚。何だか無性に悔しくなってきたぞ?

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪』

「ユー!ユー!ユー!」

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪』

「ユー!ユー!ユー!」

サビの部分では、水嶋君(?)のヴォーカルに合わせて、観客(オバサマ)たちも合唱している。

悔しいけれど完敗だ。音楽は勝ち負けじゃないとは思うけれど…さっきは敗北感なんてないと思ったけど…それは嘘だ。僕は敗北を痛感した。

軽快なビートが流れる大盛況の会場の中で、僕だけが打ちのめされていたのだ。

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪』

水嶋君(?)は歌詞に合わせて、会場の右側・中央・左側と順に指差してゆく。

指を差された場所からは、オバサマたちの少々茶色味を帯びた歓声が沸き上がる。

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪』

水嶋君(?)は途中から、指差す方向を固定しだした。何だか僕の近くっぽいけど…

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪』

…誰か特定の人を指名しているのかな?誰だろう。

「…志賀君志賀君」

文ちゃん先輩の小さな指先が、僕を突っついてきた。

「はい?」

「あの…気のせいかもしれないのですが」

「何でしょう?」

「あのヘビセンターの歌手さんが指差しているのは、志賀君みたいなのですが…」

「…へ?僕?」

な…何でだろう。僕は何か恨まれる様な事でもしてしまったのだろうか。

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪』

言われてみれば、あの指先の延長線上にいるのは、この僕みたいだけれど…

『アイ・ニード・ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪ユー!ユー!ユー♪』

水嶋君(?)は数回、僕を指差してきたけれど、呆気に取られた僕は何もできなかった。

すると彼は舌打ちして、何事もなかった様に曲の続きに戻っていったのだった。

 曲が終わった。

『センキュー・フォー・オール!グッバイ!!』

「アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!」

会場からは当然の様にアンコールを求める声。でも、彼は、

『今日はそういう気分じゃねェ!!』

と、マイクを握りしめて吐き捨てる様に叫ぶと、さっさとバックステージに戻ってしまった。

それでも観客席からは黄色…いや少々茶色味を帯びた歓声が舞い上がる。凄い。

…うーむ。何をやってもサマになるなぁヘビセンター。

『…あ…ど、どうもありがとうございました。ザ・スネイク・センターのみなさんでした』

司会のお姉さんも少々戸惑い気味だったみたいだけど、会場からは割れんばかりの拍手。

『これで午前の部のプログラムは終了となりまーす。午後は1時半からスペシャル・ゲストさんたちも登場しますので、みなさん、ぜひご覧くださーい』

へえ。自分の出番ばかり気になってたけど、午後はゲストさんとやらも出演するのか。

僕はポケットに突っ込んであったプログラムを引っ張り出してみた。

「13:30~ 利根川ジャズ・オーケストラ、14:30~ ザ・ブラッディオーガ…えっと最後は…本郷信太郎…?」

どうやら午後の部は、それなりにキャリアのあるプロみたいな方々も出演するみたいだな。

もっとも、これらの名前は、どれも僕の知らない名前ばかりだったけど。もしかしたら、あまり売れていないバンドやミュージシャンさんたちが、プロモ―ションも兼ねて出演するのだろうか?

 僕はバック・ステージに自分のギターを取りに戻った。

文ちゃん先輩や鮎子先生、アユミ姐も一緒についてきた。

「…元気ないね?」

鮎子先生は、何だか楽しそうに僕の顔を見つめながら言った。

「…そうでもないですよ」

「そう?くすくすくす」

「おねえちゃん!志賀君は初めてのステージで疲れてるんですよ…ね?」

「…そうかもしれません」

「井の中の蛙が大海を知った、って顔してるのは気のせいかな?くすくす」

なおも楽しそうな鮎子先生の言葉に、僕は何も答えなかった。

「あっはは!ハル坊もこれで一皮ムケたねぇ。上々、上々!」

人の気も知らないで、アユミ姐は僕の背中をばんばん叩いてきた。…こういう所は昔から変わってないな。

「…お腹が減ったので、僕ぁこれから、そこの『トンキー』に行ってきます」

「あ、じゃあ私もご一緒しますね。おねえちゃんたちはどうします?」

「あ、実はこれから、昔なじみのお蕎麦屋さんに行く事になってるんだ。そっちにしない?」

む…お蕎麦か。実を言うと、僕はギターの次に好きなのがお蕎麦だったりする。子供の頃から、やはり蕎麦好きな親父に連れられて、市内中の有名なお蕎麦屋さんに通ったせいなのか、はたまた親父譲りの遺伝子レベルでの話なのか、父に負けず劣らず僕も蕎麦好きだった。

でも今は、少なくともこのおねーさんたちについてゆく気にはなれなかった。ついて行った所で、どうせ話のネタにされてイジられるのがオチだろうし。

…舌なめずりしているヘビの前に、のこのこ出てゆく蛙なんていないだろう。

そんな僕たちの所に、ステージの片づけを終えたザ・ヘビセンターのメンバーさんたちが戻ってきた。

水嶋君(?)の後ろにはオバサマや若い女の子たちグルーピー(?)さんたちも引き連れて。

「シンゴー、お疲れ様―」

「シンゴ、今日もカッコよかったわよ~」

あ、やっぱこのヴォーカルさんが「水嶋真悟」さんなんだな。

これでやっと(?)を取り外せる。

グルーピーさんズの熱い声にもかかわらず、当の水嶋君は不機嫌そうな表情のままだった。

彼は無表情…いや、少々険しい顔で、真っ直ぐに僕の所にやってきた。

「お、何だ何だ?ヤるか?」

文ちゃん先輩は、なぜかボクシングのファイティング・スタイルを構えだした。

あ、やっぱロックンロールに感化されて、ちょっと好戦的になってるみたい。

あれは、例えるならヤクザ映画見て映画館から出てきた人が、肩で風切って歩く様な気分って奴なのだろうか?

彼女にとっての生のロックンロール初体験は、そんな影響を与えてしまった様だ。

…感化されやすい人だよなあ。

「しゅっ、しゅっ、しゅっ」

文ちゃん先輩はシャドー・ボクシングまではじめてしまった。

…それにしても軽快なフットワークだな。それだけは感心するけれど。

しかしそんな文ちゃん先輩を無視して、水嶋君は僕の前に立ちふさがった。

さっきは寝ころんでいたのでよく分からなかったけれど…デカい。僕だって身長180センチ近くあるけれど、彼は僕よりも頭半分くらいは抜きん出ていた。もしかしたら190センチくらいはあるかもしれない。

こんなデカくてリーゼントの怖そうな人が、僕にいったい何の用なのだろう?

僕と目が合うと、水嶋君はその重そうな口を開いた。

「…何でっスか?」

「…は?」

「…何であの時、ステージに上がってきてくれなかったんスか?」

「ど…どういう事…ですか?」

「…自分、あんたのギターに感激したっス。凄ェって思ったんス。一緒にギグしたかったのに、何でステージに上がってきてくれなかったんスか」

「へ?あの『ゆー!ゆー!ゆー!』の時?」

「そうっス。自分、楽しみだったんスから」

あ、そういう事だったのか、あれは。

「あ…すみません。意味、分かりませんでした。なにぶん不慣れなもので」

「えー、こんなダッサイ奴とシンゴがぁ?マジでぇ~?」

「そうそう、シンゴちゃんはそういう気遣いしなくていいんだから」

グルーピーさんズは、彼の意向には不満だったみたいだ。まあ、そりゃあ仕方ないよな。今日が初ステージの僕なんかが、あんな凄いステージに上がった所で何もできはしないだろうし。

「あんたらウルサイっス!自分は、アコギであんな凄ェプレイカマす人は見た事がねェ!この人を馬鹿にする奴ぁ、自分のファンなんて言ってほしくねェっス!」

水嶋君の一喝に、グルーピーさんたちはみな一様に黙ってしまった。迫力だなあ。

え…そんなに僕の事を評価してくれるんだ、この人は。

「あ…ありがとう。そんなに言ってくれると嬉しいです」

僕は、自然に握手の手を差し出してしまった。

水嶋君も、僕の手を両手で力強く握り返してきてくれた。彼の手は汗ばんでいたが、不快感は無かった。その左手の指先は、僕と同じく「ギターダコ」で固くなっていた。

「業盛北高校1年、志賀義治です。今後ともよろしく」

「前橋の徳英高校1年、水嶋真悟っス。こいつらも同じ徳英っス」

「ドラムの仁平です」

「ベースの新貝です。よろしく」

僕はバンドのメンバーさんたちとも固い握手を交わした。

「よ…よろしくお願いします。それにしても、みなさん、意外に礼儀正しいんですね」

「…志賀君。初対面の方々に失礼ですよ」

文ちゃん先輩に(たしな)められてしまった。

…しまった。親しくなった気の緩みで、考えてみれば失礼な言葉を、つい口にしてしまった。

「ははは。自分ら、みんな体育会系っスから。サッカー部員っス」

あ、なるほど。言われてみれば、そんな雰囲気もあるなあ。

「志賀さん、今日はもうお帰りっスか?」

「あ…うん。これから昼食を取りに『トンキー』にゆこうと思ってるんだけど…みなさんは?」

「今日は、自分のねーちゃんがお手製の弁当持ってきてくれるって言うんで、ここで待ってるつもりっス」

「あ、そうですか。残念」

「それと志賀さん?」

「何ですか?」

「どうせなら、午後のステージも観た方がいいっスよ?」

「そうですか?」

「午後に出るのは、プロの方々ばっかっスから。勉強になるスよ。…特にヘッドライナーの本郷さんって人は」

「そんなに凄い人なんだ?」

「本郷さんのギターって、志賀さんと同じ様なスタイルなんスよ」

何と!それは驚いた。この群馬にも、僕の様な、「ド」が接頭語に付くくらいマイナーなスタイルを追求するプロのギター弾きさんがいたのか。これはいい事を聞いた。

「有名なミュージシャンなんですか?その人」

「ええっと…昔は、東京でもっと活躍していたらしいんスけど…」

うーむ…人気が落ちて地元に戻ってきた人とか…なのかなあ。

それはそれとして、僕はその「本郷信太郎さん」というギター弾きさんに興味がわいた。

これはぜひとも観ておきたい。

…文ちゃん先輩の午後の予定はどうなのかなあ。帰りは二人でバスで帰る予定だったから、時間の自由はあると思うけど…

文ちゃん先輩を見たら、彼女はなぜか不思議そうな顔をして、水嶋君を見つめていた。

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