序 テリング・マイ・トラブルズ・トゥ・マイ・オールド・ギター
どうも、瑚乃場茅郎です。
「異形セカイのカポタスト」第3弾、「残叫遅延の惨撃連鎖」。
「惨撃」の幕開けです。
今、僕の手元にある1本のギター。
所々傷だらけで、バック(裏面)なんて一部塗装が剥がれ始めている年季物だ。
ペグ(糸巻き)やピックアップ(マイク部分)のホルダーといったプラスチック製の部品だって経年劣化して変色している。
かなり使い込まれた「歴戦の勇士」。
ギブソン・レスポールモデル……のレプリカの、国産のギターだ。
何だレプリカかよ、なんて思うなかれ。
これは何年も前に、国内の某メーカーが本家のギターをコピーして販売した物だけれど、日本の職人さんたちの拘りのあまり、その精度と完成度が高過ぎて、本家のモデルよりも評判が良くなってしまったため、本家メーカーから訴訟を起こされた…などという逸話を持ったモデルだ。
色はチェリー・サンバースト。ボディ端は目の醒める様な赤い色で、中心付近は赤から黄色のグラテーションになっている。ボディ全体に施されたシースルー塗装のお蔭で、「トラ目」と呼ばれるメイプル材の美しい縞模様の杢目がよく分かる。
そのボディはバックがマホガニー、トップ(表)にメイプルという二種類の異なった木材を張り合わせて作られているため、けっこう重い。測った事はないけれど、たぶん5kg近くあるんじゃないかな?
「レスポール」って一体何の事だろうと思ったら、それは人…というかギター弾きさんの名前だった。ウィリアム=レスター=ポルプス。通称「レス=ポール」さんのために作られたのがこのギター。だからこのギターはレスポール「モデル」。
最初はあくまでも「レス=ポールさん使用モデル」だったのだけど、メーカーとレス=ポールさんの契約期間が切れて忘れ去られていたこのギターを、英国のロック・スターで僕たちセカイ中のギター弾きから「カミサマ」と尊敬されているエリック=クラプトンって凄腕さんが使い出した事で一躍有名になってしまった。
しかも一番出来がいいとされる1958年製造(こう書くと、何だかワインの話みたいだね)のモデルなんて、年間1,500本くらいしか作られなかったそうだから、瞬く間にそれはそれはとてつもないプレミアが付いちゃったんだそうだ。
聞けば、日本国内でこの58年製モデルを買おうと思ったら、最低でも200万円はくだらないという話だから恐れ入る。
…とても僕みたいな田舎の高校生が手を出せる様なギターじゃない。
まあ、僕が持っているのはそのレプリカだけど、これだって本来はけっこう高額だったりする。ずいぶん後になって、これと同じ型番のギターが、都内の楽器屋さんで20数万円で売られているのを見て驚かされた。
…さすがは師匠、やっぱ選ぶ物が違ったんだなぁ…と、感激したのを覚えている。
そう。このギターは、元々は僕の物じゃなかった。
僕の「師匠」が愛用していた物だ。
僕、志賀義治の「師匠」。
会ったのはほんの数回、たった数日だけだったけれど、彼は間違いなく僕の「師匠」だった。
あまりにも純粋で、あまりにも不器用で。
そしてあまりにも壮絶な最期を迎えた彼の――遺品。
…かなり長くなってしまうだろうし、あんまり明るい話でもない――いや、それどころか悲惨で無残で残酷で無慈悲で救いのない話だけれど、できれば耳を傾けていただきたいんだ。
…いや、違うな。誰かに聞いてほしいんじゃない。
僕が勝手に語りたいだけなんだ。
――僕の「師匠」。今は亡き本郷信太郎さんの物語を。