2-Ⅲ 独奏
1
「よーし、皆そろったな。」
エルピスの搭乗口に戻ってきた私達をベルジュがぐるりと見回す。
「新型を見せて頂いた上に機体の補給までさせて頂きありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ面白いものが見れて光栄ですよ。」
銀縁メガネがにっこりと私達に笑顔を向ける。確かに基地内の格納庫でゴスロリファッションを纏っている少女がいるのは面白いどころではないかもしれない。
「それでは私達はこれで失礼します。」
ベルジュが敬礼しながら私達を船に乗るように促す。
「また何かあれば依頼させて頂きます。私はあなた達を気に入ってますからね。」
乗り込む直前にそんなやり取りが聞こえた。
「いやーいいもん見させて貰ったよ!」
食堂でパスクが興奮気味に語っている。
「なんたってったって新型だからね、新型。そりゃあもう素晴らしい出来だったッ!まさかあんな技術が確立しているとはねぇ。科学の進歩ってのは中々どうして速いもんじゃないか。」
「なんか言ってる事がよく分からないけど大丈夫?よっぽどすごい物でもみたの?」
私とネメシアが首をかしげた。まだ完全に宇宙に出ていないためヘラとベルジュは操縦席で安全管理をしている。ルゥは先程買ったアルミ製の缶に入ってるお菓子の蓋を開けようと引っ張っていた。
「そりゃあもうすごいなんてもんじゃあないぞ!ES粒子ってのは分かるよね?」
「流石にそれくらいなら。簡単に言ってしまえば永久燃料よね。」
「そう!宇宙の暗黒物質の一つであり、火星、木星の空気に含まれるES粒子は永久燃料として使われている!最初にカービンを回す電力さえあれば後は永久的にカービンを高速で回し電力を供給してくれる。さらにブースターからもこいつを勢い良く噴出して推進力としてるね。ブースターの噴射と供に反対側に開いている孔からES粒子を回収する。どこにでも存在するというのが大きな利点だね。」
昔習った内容によると、220年前に地球から火星に移り、その後生活が可能となったのはこれが発見されたためである。燃料問題の早急な解決が可能であったからこその発展である。
「でもそれって今じゃ普通じゃない?」
「ES粒子は普通だ。だけどES粒子を圧縮炉のレベルがダンチだ。これまでは最大出力で離陸出来るほどのレベルが精々だ。だがアレはその圧縮レベルを遥かに超えている。」
メガネを掛けなおし真面目な顔になる。
「今までは大型のものでやっと軍事転用できるレベルだった。具体的に言えば10Mサイズの圧縮炉を使いようやくHAFに傷をつけられる程度だ。」
HAFの頭頂高が約15Mであることを考えると実にしょっぱい。これでは軍事転用なんて夢のまた夢だ。
「しかし、あれは違った。2M弱で3倍は出力が出ている。」
「え…?いくらなんでも…」
「実際に見たのさ。手首の部分に砲塔があり両肩に圧縮炉があるらしいんだけどね。そこから放たれたES粒子は15M先のジュピテルを軽く貫いていった。」
カツン
とアルミ製の蓋が地面に落ちる音がする。振り返るとルゥが散らばったお菓子を拾い集めていた。ようやく開いたが勢いあまって飛んでしまったらしい。
警報が鳴る。
『今火星宙域に出た所だが高速で接近する物体あり!リコとネメシアは直ちに出撃してくれ!』
2
外に出ると白銀の機体が船の前で佇んでいる。
「あれはーカデンツァかッ!?」
ベルジュから連絡が入る。…と、同時に右腕をネメシアの乗るハンターに向けた。
閃光
カデンツァの右腕から放たれた青い光がハンターの頭部を軽々と貫いていった。スナイパー機体で頭部を失うのは最早負けに等しい。
「ネメシアちゃんは下がってッ!私が引き付ける!」
「待て!リコッ!!」
エルピスから距離を取るとカデンツァも後を追って来た。狙いは私なのだろうか?それにしても理解が出来ない。不意打ちで発砲してきた辺りおそらく敵対勢力と見て良いだろう。となると、基地から奪われたのだろうか。あの基地は動員数もかなり少ないため考えられない線ではない。
まじまじと機体を観察する。HAFとは思えないスリムな体型をしている。正しく人型だ。両腕・両肩には流線型のアーマー、バックパックは角度が悪く良く見えないがそこまで大きくはない。
カシュン
と、左腕のアーマーからブレードが伸びてきた。接近戦で戦うのか…?ES粒子砲があるのに…?
突然視界から消える、否飛び込んできた。
「うっ…」
強い衝撃と供にアラート。左肩がやられたらしい。恐らくスティングの左側で切り返し通り抜け様に持っていかれたのだろう。
「出力がダンチだ…!」
背後を確認しながら必死で軌道を追う。圧縮炉が違うだけで随分違うものだ。少なくとも2倍は速さの違いを感じる。
正面に捕らえたと思った途端、上・下・右と3回切り替えしてから右足を飛ばされた。
達磨にするつもりだろうか…?しかしこの軌道、見覚えがある。
今度は左・下ー
「上だッ!」
左手のダガーを動きに合わせる。しかし、ドンピシャだと思ったが勢い良く後ろに下がる事でかわされてしまった。そして去り際に左足を飛ばされる。
「この動きは…間違いない。」
お父さんが良く使っていた軌道だ。昔、候補生になった後散々教えてくれた動き。…しかし、何故?
「考えるな…、集中しろ…、おそらく次は右腕だ…。知ってる軌道なら読めるんだ…。」
カデンツァがこっちに真っ直ぐ突っ込んでくる。だけどー
「ここで一回下に下がるッ!」
右手のダガーを思い切り投げつけた。しかしそれも急上昇でかわされてしまう。
「わかってたさ!」
その上がり際にカデンツァの頭部を思い切り殴りつけた。…が、それと同時に右腕も切断されてしまった。
カデンツァが胸部だけになったスティングを抱える。
「諸君。」
カデンツァから私達に通信が入る。この声はー
「私は火木星連合軍弐番隊隊長ーグリゴリだ。用件だけを言ってしまえば、少女の引渡しだ。」
少女…ルゥ?何故ここでルゥ?分からない。
「返事はすぐにとは言わない。2週間に基地に来てくれたまえ。彼女はそれまで預からせて頂こう。」
「少女…このロリコンめ。」
精一杯の悪態をつきながら、宇宙空間活動用スーツに身を包みハッチから脱出する。人質なんてたまったものか。しかしあっさり捕らえられカデンツァのコクピットに放り込まれる。
「失敬な。私は、紳士だ。」
銀縁メガネがヘルメットの奥で怪しく輝いていた。