2-Ⅰ 搬入
「最近思うよ、立場のある人間って大変だよね。」
「立場のない人間が言っても僻みにしか聞こえないよ。」
「遠いところご苦労様です。お久しぶりです、ベルジュさん。」
銀縁メガネにオールバックにした白髪、軍人というには線が細い男が笑顔を向ける。外の明るさとは裏腹に薄暗いドックなのだが、どこか輝いている。オーラがある、という奴だろう。結局何事もなく二日で辿り着く事が出来た。
「こちらこそ久しぶりです、グリゴリ隊長殿。2か月振りですかね。」
俺はグリゴリ火木星連合軍弐番隊隊長に業務用の返答をする。
「最近はどうですか?」
「まあ、ぼちぼちですよ。軍が統合されて3年。流石にぽつぽつは仕事も減ってきましたがね。それだけ現状が安定しているということなので悪いことではないですよ。いつも贔屓にして下さってありがたいですよ。」
軍関係者がうちの身内関連を知らないわけがない。特に火星側ともなればよく思ってない人間も多そうなものだが、グリゴリなど一部の人間は贔屓にしてくれている。
「私はあなた達を気に入っていますからね。もちろん、木星の英雄の娘に士官学校教官、士官候補生で構成されていると知っている上です。」
グリゴリはまるでそんなのは知らない人間はいないと言わんばかりに話す。実際これを知らないで依頼をくれているともなれば、一部隊の隊長を務めるものとして大問題ではあるが。
「私は、いや、私だけではないですが、火星の者にとっても十分木星の英雄は英雄ですからね。今の安定をもたらしたのは間違いなく彼だ。本当だったらほとんど負け戦、占領という最悪の形になるところをここまでイーブンの形に取り持ってくれたわけですから。…処刑されたと聞いた時には耳を疑いましたよ。」
本当だったら負け戦、か。アイツが和平を独断で結びに行かなければおそらく2か月もすれば占領していただろう。ただ、アイツが現れなければ火星側はこれほど窮地に立たされはしなかったのも事実だ。
「勿論、彼を良く思っていない人間が多いのも否めませんけどね。ただ、私が思うにはあの磁場帯が発生した段階で勝負はついていたと思いました。最初は木星側の新兵器かと思いましたよ。」
しかし、
「違った。あれは自然発生だった。不思議なことがあるもんですな、では済まされないレベルの不可解です。そして、それは未だに消えていない。」
発生から3年たつが未だに原因が解明されていない。結果的に助けられる形とはなったが不気味には変わりない。不可解な現象は決して味方ではないからだ。
「おーい、そろそろ搬入したいんだけど。」
パスクから連絡が入る。たしかずっとドック内のエルピス後部で待機していたはずだ。
「長話をして済みませんね。それでは早速搬入作業をお願いします。」
「了解です。」
今度はこっちからパスクに連絡を入れる。
「指示がでたぞ。ハッチを開けて降ろしてくれ。」
「あいあい。」
ごうん
とエルピス下部のハッチが開く。積荷は重力で落ちてこないようにアームで固定されていた。
「それじゃあ降ろすよ。」
「頼む。」
連絡と共に今度はアームに支えられた大きなコンテナが降りてくる。
そして重く鈍い音がドックに響いた。
アームがコンテナから離れエルピス内部に戻っていく。
「ハッチ閉じるよ。」
「了解。」
「これで受領完了ですかな?」
「いえ、後は中身の確認してからです。中身はご覧になりましたか?」
「流石に覗きはしませんよ。新型機であるということは聞いていますがね。」
「ええ。性能は折り紙付きのものですよ。確認ついでです。少し見ていきますか?」
「いいんですかね?厄介事は極力避けたいのですが。」
「かまいませんよ。見せたところで『敵』はもういないのですから。」
そういうとグリゴリは積荷の方へ向かっていった。
「そういえばいつもより随分静かですね。」
グリゴリが思い出したように言う。
「ええ、新しいおもちゃを見つけましてね………」
まったく、あの子が不憫でならない。まるで着せ替え人形だ。
「おもちゃ?」
「女の子がね、眠ってたんですよ。」