1-1 エルピス
「運命って変えられると思うかい?」
「人生なら変えられないと思うよ。」
「直ちに避難艇へ乗り込み旅客機から降りろッ!そうすれば命くらいは助かるかもしれんぞ。」
黒いHAF4機が旅客機を取り囲み外部スピーカーから呼びかける。おそらくこの4機の中でもリーダー格なのであろう。この場を指揮している。
「さあ、早くしろッ!ぐずぐずするなッ!」
最初に呼びかけた機体が声を荒げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!あともう少しで準備ができるので!」
機長から連絡が入る。子供の泣き声やらが聞こえるあたりどうやら手間取っているらしい。
「最初の呼びかけから何分立ってると思っていやがるッ!あと1分立っても出てこなきゃ細切れにしてから金目のモンを回収してやるッ!」
そう言ってカウントダウンを始めた。
しかし30を超えた辺りで我慢の限界が来たらしい。
「止めだ!俺たちゃ海賊だ!こんな義理はねぇッ!」
腰のあたりに装備されていたカットラスを右手で抜き機首めがけて振り下ろした。
バツン
耳をつんざくような音がしてー
カットラスを握りしめた腕が飛んだ
「なんだぁ!?」
慌てて振り返ると、自分の仲間のものとは明らかに違う黄色のHAFがダガーを振り抜いていた。
機体のチェックをすると右肩の関節部が綺麗に切られている。
「磁場帯で活動していたのが仇となったわねッ!」
ここ木星火星間の木星寄りの宙域では、3年前起こった戦争の残骸により視界が非常に悪い。その上強力な磁場帯もあるためレーダーの類も使えないのだ。しかし火星と木星を行き来するには最短ルートのため使用される頻度は低くない。普段はそれを利用して海賊行為をしているが、攻められる側となればたまったものじゃない。
「糞ッたれが!積荷さえ奪えればいいんだッ!お前ら早いところ旅客機を回収だッ!」
「了解ッス!」
指示すると同時に片腕のHAFが黄色の機体にマシンガンを向けるが、気付いた時にはもうそこにはいなかった。
このレーダーも使えず視界も悪い中で残骸の間を縫うように飛んでいる
「このッ!」
必死でマシンガンを乱射するが当たらない。
そして目で追いきれなくなった次の瞬間
左肩も無くなっていた
「ぐ・・・、お前ら何してやがるッ!」
旅客機回収を命じた3機の反応がなく、イラついて振り返るとー
3機とも腿から下がなくなっていた
「スナイパーがいるッス!」
1機から涙声で通信が入る
頭部のカメラで必死になって弾が飛んできたであろう方向を探すと豆粒のような青い点が宙域の残骸にくっついている。
「こいつらッ!」
「アニキッ!黄色の高速機と青のスナイパー機ってこいつらあれですよ!英雄の娘、リコリスがやってるっていうー」
「運び屋〈エルピス〉だッ!」
叫び声と共に黄色の機体が首部分を切り裂いた
映像が全く映らなくなる
「今帰れば命までは獲らない。去りなさい」
低くドスのきいた女の声が流れてくる。おそらくあのスナイパーであろう。
「糞ッ、木星の英雄の娘が運び屋なんて恥ずかしくないのかよッ!」
「あなた達こそ元々木星の軍人でしょ、こんなことやってて恥ずかしくないの?」
「他人にへーこらするよりよっぽどましだッ!」
そう言い放ち4機は去って行った。
「あ・・・ありがとうございます。おかげで助かりました。」
旅客機から通信が入る。
「いえいえ、私も間に合ってよかったです!依頼中偶然通りかかっただけなので!最低限目についた困っている人達くらい助けたいんです。」
元気のよさそうな声が旅客機に響く。
「私はどっちでもよかったけどね」
スナイパー機のパイロットである長い青髪の女性がコクピット内で呟く。
「流石、火星と木星の和平条約の礎となった英雄の娘さんです。本当にありがとうございました。また、どこかでお会いしましたらお礼させて頂きたいです。」
「気になさらないで下さい!それでは仕事に戻るのでこれで失礼しますッ!」
「英雄の娘さん・・・か。」
旅客機から離れ、母艦に戻る途中コクピット内に声が響く。どうやらチャンネルをオフにし忘れているようだ。
「あまり気にするな、リコ」
「ありがとう、ネメシアちゃん。あ、エルピス見えてきたね!」
指をさす方向に、輸送用シャトルが下部のハッチを開けて止まっている。
「さ、帰ろう。」
ネメシアはそう言って、格納部へと向かっていった。