神と怪獣としての世界 9
僕は羽前さんに手を引かれ、吹雪の中を歩いた。傘はほぼ意味がない。ロボットの羽前さんは力強く歩いてるけど、こんな天気でも道が分かるのか。
しばらく歩いて羽前さんは立ち止まった。
「だいぶ離れたので、ひとまず安心でしょう」
「安心って、何の事?」
怪獣警報はまだ鳴っている。外に出たのが安心とは思えない。
「祐一、ひとつ答えてください。あの女性とは知り合いですか?」
いつになく深刻な声で、訊かれた。
機械の顔が、もっと機械的に見えた。
「知り合いっていうか、最初に道を訊かれて、今は偶然会ったんだけど。羽前さんと同じだよ。お茶の匂いで教室に行ってみたんだ。そしたら引込さんがお茶を飲んでいて」
「怪獣に関係することなどを訊かれましたか?」
「……怪獣? いや、別に。教室の怪獣警報がスイッチで切れるって教わったくらいだよ」
それでハッとした。
もしかして羽前さんは、引込さんを「怪獣神」だと訝しんでいるのか?
「他には何か?」
「お茶は絶品と言える味だった」
「そうですか」
羽前さんは、ひとまず安心したように、ごりごりという音を出して首を回した。首が一回転して元に戻るのは、さすがロボットだ。
「でも、気をつけて。あの人は民衆とは違う感じがします」
民衆と違う……それは、お嬢様感というか、浮き世離れした感じのことじゃないかな。
「違うんです」
羽前さんは、また呟いた。何を違うと言ったのかは分からない。
「おそらく断言してもいいでしょう。あの女性はふつうの人間ではない存在です。もっと言ってしまうと、神である可能性が高いのです」
「え」
それはどうして。どのあたりが? 疑問が湧く。
羽前さんは、シャキンと首を回転し、僕を見て説明する。
「ふつうの人間には、神は分かりません。しかし逆は違います。神は神であることを隠すことができます。そして、神どうしは互いに共通の特定の知覚を持ちます。つまり神どうしには、同類の直感があるのです」
「ええと……。つまり……。羽前さんは引込さんを神だって感じたってこと?」
「そうまでは言い切れません。神は神に対しても自己の徴候を隠すこともできます。そういう技術に長けた神も多いです。向こうが神であれば、あたしが同類であることは見抜かれたかもしれません。不用意に教室に入ったあたしが誤りました」
羽前さんはブンブンとロボットのかぶりを振った。
「ともかく、あの女性には気を付けるようにして下さい」
「……うん」
釈然としないけれど、僕は一応、首肯した。神同士の共通理解のことなんて、ふつうの人間には知る由もなかった。だけど、引込さんが敵対神である可能性が1%でもあるなら、0になるまでは気をつけなければいけない。そういう事だろう。僕は、引込さんの入れてくれたお茶の味を、口の中で思い出してみた。……悪い人とは思えないけどな。
「……あ。そういえば、こういう物を貰ったんだけど」
僕は引込さんにもらったチケットをポケットから出す。
羽前さんは両手の機械の指でチケットを挟み、文字を判読する。
「――え、これは」
出た言葉は、羽前さんには珍しい感嘆詞だった。
「SNOWBLOOMのチケットではありませんか。あたしファンです」
「そうなの?」
当のバンドかは知らないが、PPMと思われるBGMは現在も辺りを包んでいる。警報以外の時間帯は、それ系のBGMが流れているのだ。気にならない音量ということもあるけど、僕もふつうに慣れた。たまに面白いフレーズがあって、電柱の下で立ち止まって聴いたこともある。
しかし、本来こういう音楽は、耳障りなくらいの音量で聴くものじゃないかと思う。
ギターやドラムの高速演奏・さまざまな歌い方をするボーカル・曲調の過激な変化や変拍子・さらには別バンドに思わせる作風自体の変幻・などがPPMの特徴だ。これは実地で聴いたのと、ネットで調べた知識もある。
僕の感触では、こういう音楽は、個々の楽器やパートを解析しながら傾聴するより、全体の音のまとまりを浴びるように聴くほうが適切だと思えた。だから大音量で聴くほうが心地良いはずだ。
羽前さんがSNOWBLOOMのファンだったのは意外だ。均一的で静かな羽前さんの雰囲気は、一見PPMを聴くようには見えない。自宅でCDを聴く時は、変拍子に合わせてヘッドバンギングしたり、デスボイスやグロウルやスキャットボイスで歌ったりするのだろうか。さすがにそれは、ないかな。
羽前さんはチケットを返してきた。
「訂正します。SNOWBLOOMのファンでしたら、おそらく悪い人ではありません」
え。
そんなに簡単に訂正していいの? 結論がトびすぎじゃないか?
いつもの論理的な話の運びは無かった。僕は訳も分からず羽前さんを見るばかりだった。でも、引込さんへの疑いが晴れるのは嬉しかったけど。音楽の力は偉大とでも言う場面だろうか。
「SNOWBLOMのアルバムは、全曲名曲。駄曲すら名駄曲です。それを解する人には悪い人は居ません。あの女性は心配ありません」
羽前さんはしきりに頷く。さっきから両目は光りっ放しだった。静かな興奮が感じられた。
羽前さんがそう判断したなら、反対する理由はない。僕は神のことにはずっと疎いのだし。
「よかったら、このチケットあげるから、一緒にライブ行かない? もちろん、正義業務が無かったらだけど」
僕は提案した。引込さんから感謝の気持ちとして頂いたチケットだ。あまり音楽は聴かないけれど、SNOWBLOOMのライブには行ってみようと思ってる。ファンの羽前さんと一緒に行けば、解説してくれたりして、一人より楽しめそうだ。
「残念です。行きたいのですが正義任務が優先です。怪獣が出現していない時間も、やることはたくさんあります。基地や設備の日々のメンテナンス。怪獣の出現の仕方による戦術シミュレーション。人的物的被害を最小に抑える攻撃パターンの網羅。被損壊物や通行経路等の分析による怪獣統計の稠密化。等々です」
羽前さんは断った。
音楽が羽前さんの趣味とまで言えるかどうか知らないけど、やはり自分のことよりも正義のことが優先だった。
それは、予想できてた。怪獣と戦うためにこの町に住むような人だ。正義任務を中心に生活が回っている。
そういえば、どうしてそこまで正義任務に注力するんだろう?
この地方で育ったから思い入れがあるとは言ってた。
でも、思い入れだけで、毎日続けられるだろうか?
僕は、ライブには行けないかもしれないと思った。それでも仕方ないと思った。羽前さんが仕事をしてるのに、僕だけライブには行けない。
「ライブには、別の御友人と行かれるとよいでしょう」
羽前さんは言う。
「あたしのことは気にせず。せっかくあの方からもらったチケットなのでしょう? 好意を無下にすべきではありません。SNOWBLOOMのライブは突発的なので有名で、チケットも数が出ないので大変貴重です。日時的にシートの演習と被りますが、ライブの時間は数時間程度です。あなたの課題に影響するとは考えていません。あたしの分も楽しんで来て下さい」
僕の心を知っているように羽前さんは勧めてきた。シートへの見通しも、僕と同じだった。少し急いでシートを覚える作業を進めれば帳尻は合うと思っていた。
「ありがとう。じゃあ、行って来ようかな」
僕はチケットを自分のポケットに入れた。緊急事態が入らなければ、行こう。二枚あるけど、一枚余ってしまうな。
「ところで、あの女性ですが、あたしは何か忘れている気がします。どこかで見たような――」
ロボットは顎に指を当て、思案した。口の長いロボットだから、その格好には違和感がある。
結局、しばらく考えたけど、何も出て来なかった。
「ついでなので祐一を駅まで送りましょう。安全をできる限り確保すると言いました。基地に来るまでは、完全な安全とは言えませんから」
ロボットは僕の前に立ち、雪避け代わりになって歩いてくれた。
70分ほど歩いたが駅に着く様子はない。
どんなに遅くても、いつもは40分かければ着く。
これといった特徴の無い町だ。明かりが比較的多い駅前の通りや、ホテルや旅館がある温泉街のあたりの他は、どこも同じに見えてしまう。
どうやら僕達は迷ったらしい。
「迷いましたね。送りましょうと言いながら送れないとは失態です」
羽前さんは認めた。
送ってもらった方としては、責める気にはなれない。
「町の図面は脳には完璧にインプットされているのですが、実践で歩くのは難しいです」
羽前さんは釈明する。
それはつまり、地理オンチということじゃ……。いや、無為なことを考えるのはよそう。
「ロボットの自動案内にするべきでしたね」
そんなのあるんだ。なぜ使わなかったんだろう。自身の地理感覚を試したかったのか。
ただ、深刻な迷子というわけではなかった。二人でしばらく歩いていると、大きな建物や高いビルが並び立つ地域になった。
温泉街だ。
ということは、ここを正しく抜ければ駅に着くはずだった。
温泉街には泉さんと来ようとしたことがあった。駅から比較的に近いことは、そのとき把握していた。
僕は初めて温泉街に足を踏み入れた。立派な宿がけっこうあった。豪壮な洋風のホテルや、森閑な和風の旅館も多い。敷地もとても広いものが目立つ。こういう所に泊まるのは縁がないものだと個人的には思う。
雪の中でも、色々な音がする。道に面したレストランからは、ドアベルの音、ナイフとフォークの音。向こうのホテルでは、車のドアがばた、と閉まる音。ホテルの送迎の黒塗りの車だった。軒先ではスーツを着た男性たちが歓談している。集まる所には、人は集まっているらしい。温泉街は静かに繁盛していた。
ただ僕らはどうやら方向を間違ったようだ。
場末感のある所に来てしまった。
おそらく、温泉街の外れなのだろう。高級感のある宿は消え、真っ暗な小さい宿とか、オバケ屋敷みたいな廃墟ばかりがあった。道は迷路のように狭くて、息苦しさがあった。なぜか雪の一部がオシッコのような色になっていたり……。
冷えた黴臭い空気が全体を占領していた。
羽前さんは、一軒の宿の看板を見て、ふと言った。
「お姉さんとは、ホテルには行きましたか?」
「ホテル? ……あ、ええと、」
前回の泉さんの言葉を思い出したらしい。もちろん行ってないし、まず泉さんは姉ですらない。誤解が生じている。けれど質問の鋭利さに、僕は言葉が出なかった。そのまましばらく歩いてみたけど、考えがまとまらない。
羽前さんは無言で返答を待っている。気まずい。とりあえず答えてみる。
「あのね、隠す必要もないから言うんだけど、あの子はお姉さんとかじゃないんだ。たぶん冗談を言ったんだと思うんだけど」
「では、お姉さんではないけれども、あなたと昵懇にお付き合いしてる方なのですね」
余計にややこしくなった。
「あの子はね、ちょっと用事があって、うちに来てる子で」
「異性の他人が祐一の家に泊まっているのですね?」
僕は事実を答えてる。泉さんは探し物という用事で家に滞在している。だけど事実を伝えると混乱が増すのはなぜだろう。
「そうなんだけど、何も変なところはないんだよ。それに、あの子は――」
言い掛けて、思いとどまった。
あの子は異変なんだ。
だからそのうち居なくなると思う。
気にする必要は、あんまり無いんだよ。
――僕は、そう言うつもりだった。事実、そうだった。怪獣を倒したら、さまざまな異変の大元が消えるわけで、泉さんもたぶん消える。
しかし、それを改めて確認したら、僕は少し寂しかった。
ある日、部屋から泉さんの痕跡が完全に消えていたら、予定通り異変が消えたんだ、と思うだけでは居られないだろう。僕は泉さんを単なる異変以上に思っていた。そのことに気付いた。
「『男女の仲におかしいところは一つも無い。性愛自体が精神病だから』という格言を、何処かで読みました」
羽前さんは立ち止まり、珍しくそんな事を言った。
泉さんの『名言集』に載っていそうな言葉だ。
「基地に来たら、そのような生活とは離れることになります」
ロボットは僕をじっと見上げた。ロボットの目はいつも真面目だ。基本的に表情というものは無い。
「準備はしっかりと、済ませてきてください」
言い置いて、ロボットは頷いた。
一瞬、羽前さんの顔が重なった。
論理的な透明さで奥底まで澄んでいる目が、想像できた。
僕は、そのとき思った。羽前さんは、誤解なんか、最初からしてなかったんじゃないかと。
羽前さんは、やっかみや勘繰りで僕に話しているんじゃない。僕がきちんと「準備」を済ませられるように願っている。それだけだったんじゃないか。僕はやっと気が付いた。僕の日常生活のことなんか、羽前さんは見てはいなかったんだ。
羽前さんは歩くのを再開したが、少し行って、また立ち止まった。
ふと、顔を横に向けた。
ロボットの視線の10メートルほど先には、妙な場所があった。
建物の谷間に、こんもりと盛り上がった、円墳のような場所。
大きさは五、六メートルというところだろうか。雪が積もり、ブッセ状のお菓子の形にも似ている。
頂上に至る一本の道は除雪され、階段のような輪郭が何となく確認できる。モニュメントの頂上には、雪に覆われた石柱があり、頭のところだけをかろうじて覗かせていた。石柱があることから、雪を掻き集めただけの場所ではなく、もともと丘のようなモニュメントだと分かる。一目見ると、全体が大きな祭壇のようにも思えた。
そのてっぺんに、誰かが居た。
目の醒めるような青色の影。
影は、もぞもぞと立ち上がって、すらりと高い人影となった。
その人は振り返り、階段を降りようとして――
「危ない!」
羽前さんが叫んだ時には、滑ってた。つるつるの雪に足を取られたんだ。階段とも斜面ともつかない所を滑り落ちていた。雪が舞い上がり、その人に降り掛かった。
「あ」
驚き、羽前さんと顔を見合わせる。
関山さんだった。
どうしてに僕達が居るのか、という目で見ていた。僕達が居るのは、道に迷ったからだ。逆に、関山さんはどうしてここに居るんだろう。帰ったと思っていた。いや、時間的には、帰りにここに立ち寄ったんだろう。
関山さんは顔から驚きを消した。尻餅をついたまま、呟いた。
「……ああ、あんた達。やっぱり付き合ってるのね」
「そう見えますか」
羽前さんが素で訊き返した。
「めでたいわね。それに、くだらないわ」
関山さんは顔を赤くして、吐き捨てるように言った。立ち上がり、まっ青なノーカラーコートの雪を払った。顔を伏せ、軽蔑するように鼻を鳴らして、足早に立ち去った。関山さんの影はまもなく雪に掻き消された。
僕は再び羽前さんと顔を見合わせた。
「――行ってみましょうか? あそこ」
羽前さんは円墳状のモニュメントを指差した。
やはり頂上は祭壇のようになっていた。
石柱の傍には小さな祠が建てられ、お供え物があった。缶入りのココアとバナナとショートケーキ。香炉の中では、お線香がまだ煙を立てている。時間からすると関山さんがあげたものと見て良さそうだ。けれど、なぜ、なんのためだろう? それは分からない。
というか、この場所は何なのだろう。雰囲気からは、この全体が一つの墓のようにも感じる。
「道に迷わなければ来るつもりはなかったのですが――」
羽前さんは腰を折り、かしゃりと両手を合わせた。骨格的に、しゃがむという動作は無いらしかった。下付きの機械の瞼を閉じ、拝む動作を思わせる。
「ここは、慰霊のモニュメントです」
「慰霊……って?」
僕は質問しながらも、予想はできていた。
慰霊とこの町で言ったら、まず思うのは怪獣の被害だった。僕は今まで怪獣に殺された人を見たことはない。怪獣を見たことすらない。けれど、怪獣が存在しているなら、襲われた人は勿論いるだろう。
それなら殺された人も居ると考えるのが自然だった。僕は今までそのことを考えなかった。見えなかったからだ。けれど、目に見える慰霊碑が、ひっそりと存在していた。
「二年前の2月21日。怪獣は町に最初に出現したとされます。怪獣は雪の中を破壊を行いながら縦断し、甚大な被害を与えたとのことです。一回の襲撃では最多となる八人が、犠牲となりました。以降、怪獣は出現を繰り返し、今までの犠牲者は二十三人を数えます」
羽前さんはエピソードを語った。
「このモニュメントは犠牲者の慰霊碑です。あたしが町に来た頃に設けられたようです」
石柱に刻まれた文字は雪に埋まり、途中までしか読めない。怪獣の襲撃日と、二十三人の犠牲が出たことが書かれているようだった。
一回の襲撃で八人。今まで合計で二十三人。
それが多いかどうかは分からなかった。多すぎると言う人も居るだろう。怪獣にしては少ないと言う人も居るだろう。しかし、どちらにしても言えることは、怪獣の襲撃で人が死んでいるということだ。八人が死んだ襲撃を記念する慰霊碑が建つほどに、怪獣の存在は、町に編み込まれていた。未来に『明神町史』という史料が編纂されるなら、怪獣が襲撃した出来事は、何ページかを割いて書かれることになる。この町には当たり前に怪獣が居る。それは、人々にとって、どうやっても排除できない重石であることを意味していた。
僕は体がこわばるのを感じた。心が深く沈み、凍っていく気分だった。形式的に手を合わせてみたけど、上の空だった。自分の唾を飲む音が、いやに頭蓋の中に響いた。
「ただ、あたしは、二年前という出現時期を疑っています。以前述べたように、怪獣の出現は、その主体の神に依存します。したがって、主体の神が能力を発現させた時点が、怪獣の正確な出現時点です」
「……それは、どういうこと?」
「『二十三人が死んだ』のは眉唾かもしれない、と言っています。あたしが怪獣の話を聞き、明神町に移住したのは、五ヶ月と少し前です。それ以降は迎撃の成果もあり死者は出ていません。また、それ以前の出来事について、あたし自身の目で見たわけではありません」
「でも」
それが何故、「二十三人が死んでいない」ことに繋がるんだろう? 石碑には「二年前の2月21日に八人、今まで二十三人」と書いてある。この史料が語っている。
「祐一は忘れたのですか? あたしの『MECCS』のように、神は、ふつうの世界や人間を簡単に『催眠』させられることを。もし怪獣神の能力が地方全体に及ぶものの場合、ふつうの住民は全員、怪獣神の影響を受けてしまいます。神の能力では、町の歴史や、人々の記憶を改竄することは可能です。いえ、それは能力発動の前提とさえ言えるほどなのです。結論を言います。怪獣神は町の歴史を改変している可能性があります。つまり本当は二年前でもないし、一人も死んでいないかもしれないのです」
なるほど。怪獣神が町の「正史」を創作しているってことか。
一理あると思う。
羽前さんが学校で展開している催眠を見れば、神がふつうの人間を知らず知らずに操ることは可能だと分かる。しかも、操られているふつうの人間の側は、何も認知できない構造になっている。
「極端な話、あたしが町に来る前日に怪獣神が能力発動させた可能性も否定できないのです。その場合、怪獣が出現した事で、この地方の歴史と常識が改変されたわけです。逆に言えば、怪獣の存在を担保するには、相応の舞台を整える必要があるわけです。『道成寺』の演目で奈落と鐘が必要のようにです」
「だとしたら、いいね。そっちを信じたいよ。本当は人が死んでない、死んでても二十三人も死んでないってほうがいいと思う」
「あたしも、同感です」
ただ、改竄の度合いがどうでも、この町には怪獣の影響力が計り知れないほどに食い込んでいるのは確かだ。
怪獣の存在は、町の歴史にも、人々の生活にも、重大な影響を及ぼしていた。怪獣の襲撃があり、慰霊碑が建ったことは「事実」であって、それは町の「正史」だ。町の人々はそれ以外を考えられない。
「現に怪獣が存在している以上、異変は進行こそしても、好転はしません。怪獣という現象に引きずられて、ふつうの世界の異変は悪化します。それは巨大な潮流です。あたしたちはその流れに杭を打ち、止めます。止めましょう」
羽前さんはいつになく確かな口調で言い、しっかり頷いてみせた。
「すべては、怪獣を出現させた神を討滅すれば済みます」
「……うん」
僕は、同意した。
けれど、一抹の引っ掛かりが残った……。
モニュメントから降り、駅への道を進んでいた。
ロボットの背中を黙ってついていく。今は羽前さんが自動操縦モードに切り換えていた。今度は正しく駅に着けるだろう。
僕はふと、心にあった引っ掛かりの正体に気付いた。
それは、怪獣が引き起こす異変と、羽前さんが学校で見せた「催眠」とが酷似していたことだ。
怪獣は色々な異変を引き連れている。雪が止まなかったり、警報網や町軍が整備されたり、PPMが流行していたり、そして泉さんがフラッと家に訪れたり。町のふつうの人々は、誰も異変を不思議には思っていない。
ロボットを本人と思わせる羽前さんの催眠も同じだ。学校の誰一人、ロボットと気付いていない。
それが何で、引っ掛かったんだろうか?
考えてみれば、怪獣神も羽前さんも、同じ「神」である。能力の効果が酷似するのは当然だった。
何もおかしいことではない。
それにしても、怪獣を操っている神って、どんな奴だろう。
きっと不気味でおどろおどろしい奴だろうな。何となくそんな予想をした。