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神と怪獣としての世界  4

 

 *

 

 心地良い音が聞こえる。

 喩えるなら、雪が一面に降る音。耳を澄ますとやっと聞こえるような、軽い音がした。

「『おきて』」

 続いて、泉さんの声。僕は心地良い眠りから醒めた。泉さんがベッドの横に居て、僕を覗き込むようにしていた。僕はちょっと驚き、体がまだ溶けているような気分で、何度かまばたきをした。慌てて体を起こすと、かすかな芳香が鼻に入った。鼻に抜ける甘さと、古びた紙の匂いが合わさったような香り。

「『あなたのアラームが鳴った。起きなかったから、起こした』」

 泉さんは僕が握っている携帯電話めざましを示した。また、無意識にアラームを消したらしい。

 朝なのに窓は暗い。カーテンを開けると昨日と同じ。向かいの家が霞むくらいに雪が降っていて、青と白に閉ざされた天気だ。僕は伸びをして、あくびをした。

「ふぁ……。起こしてくれたんだ。ありがとう」

「『雑音は苦手』」

 泉さんは立ち上がり、真ん中の座卓に移動した。座ぶとんに正座し、卓上に本を置いた。ゴーグルは外してはいるけど後頭部にある。髪飾りの感覚なんだろうか。

 部屋がぬくぬくと温かい。石油ストーブの球形の網が、かんかんと赤く光っていた。

「ストーブもつけた?」

「『寒かったから』」

 泉さんは本を見ながら言った。今日も白いトレーナーだけど、模様が一切無い白になっていた。サイズは昨日よりも大きいようで、ますますぶかぶかだった。着替えはしたらしい。

「泉さん、朝ごはん食べる?」

「『いらない』」

「そうか。じゃ、食べる時は言ってね。食料品は買ってきたし、簡単なものは作ってもいいし」

 読書に熱中してるようだったから、言い置いてダイニングに下りた。朝食は、きのう買ったカップうどんにした。

 お湯を沸かしながら、何となく変な感じがした。いつものようで、いつもと違う空気。その発生源は、ふとつけたテレビだった。

 ――オハヨウゴザイマス。4月8日ノオ天気デス。西部雪。中央雪。東部雪、……

 という音声が聞こえたんだ。――四月? 僕は昨日、合格発表に行ったよな。昨日は3月18日だったよな……。テレビの画面を、見る。予報は「4月8日」から一週間の天気を、表にして伝えている。

 妙だ。僕は眉をひそめる。二階に戻り、自分の汎用機械ポータルを見る。……やはり「4月8日」となってる。これが本当なら、二十日間が何処かへ吹き飛んだか、二十日間の僕の記憶が飛んでいるか、どちらかになる。僕は凝然としたけれど、根元のところでは原因が予想できていた。これも新しい異変なんだろう、と。

 だったら別に、取り乱すこともない。僕は高校から届いていたスケジュール表を見て、今日が入学式であることを確認する。今から家を出れば、式には遅れることはない。

 一階でヤカンの笛がけたたましく鳴った。

 

 

 ヤカンを持って来て、部屋のストーブに載せた。カップうどんと割箸も持って来てしまったけど、今から食べる時間はない。

 服を着替えようとして――気付く。本を読んでいるとはいえ、女の子の居る部屋でふつうに着替えをしていいものか。僕が一人で気にしてるのかもしれない。普通に着替えても間違ってはいない。でもやはり、女の子の前でズボンを脱いでふつうに構えていられる心は僕には無い。着替えを持って行って、隣の部屋で着替えた。

 着替えの後、自分の部屋に戻り、部屋の隅にある納戸を開けた。冬物はここに仕舞ったはずだ。

 ……あれ?

 僕は、ふと気付いた。

「そういえば、泉さんは、学校はどうするの?」

 中学か高校か裏をかいて小学校かは知らないけど、学校に行かない齢ではないと思う。

 泉さんは、本をぺらぺら(めく)り、ある頁に視線を落とした後、おもむろに顔を上げた。

「『わたしは高校は行かない。なぜなら、わたしの存在が高校そのものだからだ』」

 泉さんは厳粛な口調で宣言した。誰かの名言なんだろうか。正直意味は分からなかったが、真剣かつ陶然とした泉さんに何か言える雰囲気ではなかった。

 泉さんは、鳩時計が時間を知らせ終わったように、読書に復帰した。

 つまり学校には行かないらしい。考えてみたら、突然現れた「異変」の泉さんに、通う学校が整備されているほうが妙なのかもしれない。僕は白いダッフルコートと、黒のマフラーを取り……。

 おかしいな。コートの色は黒だった気がするんだけど。見返してみると、僕のコートには違いなかった。色だけが漂白したように真っ白になっていた。女物みたいで恥ずかしかったが、他には無いから着るしかなかった。雪まみれになるよりいい。

「泉さん、僕、入学式に行くから。よかったら、これでも食べて」

 カップうどんと割箸を座卓の上に置いた。ヤカンのお湯を入れればいい。泉さんは、猫がボールを観察するような目で一瞥し、また本へと戻った。

 僕はショルダーバッグを引っ掛け、きのう卸しておいた長靴を履き、学校に向かった。

 

 *

 

 入学式は、濃い緑色の床の、殺風景な体育館で行われた。ぎっしり詰まった生徒は静かだった。ごぉぉぉぉぉ、と、後ろに置かれた巨大なジェットヒーターの音が鳴っていた。

 中学校の制服を着てるのは僕だけで、ちょっと恥ずかしい。異変の影響で、制服の注文が間に合わなかった。ブレザーの中での詰め襟は目立ってしまう。早く制服を買えよと、名前も知らない担任の先生に言われた。

 式が終わって、この後はオリエンテーションがある。それだけの一日だ。今日は形式的な雑事だけだ。まあ、高校生活全般も「長い形式的雑事」なのかもしれない。

 教室に移動し、自分の席に座ったら、前の席の人が、(たてがみ)のような金髪をワックスで総立ちにしていたのは、少しびっくりした。体格も異常にいい。肩幅が僕の一・五倍はありそうだ。後頭部をぼんやり見ていると、デフォルメ化した太陽の3D模型みたいだ。

 その人は、どこかのブランドらしい鉤状記号が立体刺繍されたバッグをまさぐり、中から電話帳のような雑誌を取り出した。僕と目が合った。オーバーに予想してみた顔の線とピッタリ重なったぐらいの強面だったことに、逆に安堵に似た気持ちを感じた。

 怖そうな人だったが、あまり恐怖はなかった。

 僕は昔から鈍いところがある。

 この人は「DQN」だろうな、と思った。DQNという語の由来は随分昔に遡るらしく、現在は不明だけれど、いわゆる素行不良な人を指すとされてる。

「おい」

 と言って彼は顎をしゃくる。思ったような野太い声。声だけで漬け物を漬けられそうな重低音だった。

「おまえの名は?」

 名前を訊くには重厚すぎる表情は、彼のもともとの造作のせいだ。あまりに男らしい顎の線や鼻筋。際立って威風堂々とした面影だった。

「伊福部、祐一……、いや、ごめん、祐二だった。君は?」

「名を騙るか……おもしろい」

 彼が体をねじるだけで、太い腕が僕の傍まではみ出す。彼は白と黒の二色の学生服を着ていた。二色と言っても、ツートンカラーじゃなく、市松模様だった。しかも、錯視って言うんだろうか、空間が歪曲しているような市松模様だ。その模様は制服の上下を合わせて完成され、前衛的なデザイン性を感じさせた。じいっと見ていると、目が回るトンボの気分になる。一、二、三……よく目を凝らすと、ズボンにはタックが6つも入っていた。彼の学ランが指定の制服じゃないのは明らかだ。それでもぴちぴちな足の太さも驚愕だ。

「おまえは俺と重なっているな」

 彼はまた、顎をしゃくった。僕の服のことだ。白いコートと黒いマフラーは、たしかに、ツートンではある。まだ脱いでいなかった。

「まあいい。ユージと言ったな。俺は北東(ホクト)魁汪(カイオウ)。よく覚えておけ」

 彼はふつうに自己紹介してくれた。僕が平然としてるように見えたのかもしれない。実際は、グルグルする市松模様に酔ってた。

 北東君はバッグに手を入れ、「くれてやろう」とマンガ雑誌を渡してきた。ふつうの大きさの雑誌だった。けれど、北東君が鉄板の束みたいな雑誌を読んでるせいで、ミニサイズに感じた。

「ありがとう」

 僕はマンガ雑誌をもらった。DQNの一部は気前がいいという噂を聞いたことがある。本当かもしれない。初日から知り合いができて良かった。

 もう一つ、良かったことは、雑誌のグラビアページの女の子がとてもきれいだった。

 ふつうにかわいいのはもちろんだったけど、他のところで目を引く「何か」があった。南国っぽい浜辺をバックにして、青いビキニを着て、にっこり笑っている。湿ったロングの黒髪や、うるんだ瞳がとてもいい。成長したカラダを持ちながら、一抹のあどけない雰囲気を残している点が、非常に魅惑的だった。僕は「何か」を感じて、写真を見続けてしまう。女の子は『赤川レナ』という名前だった。僕はこの子を……どこかで見た気がする。

 そうだ。

 この子って、合格発表で見たあの美人じゃないかな? 

 僕は、記憶の中のイメージと、グラビアページの写真を照らし合わせた。勘違いかもしれないけど、一致した。僕が感じた「何か」は既視感だったんだ。僕は、グラビアの中からランプの妖精のようにこの子が出てきて、学校のどこかの教室に座った感じがした。赤川レナさんのことが急に身近に感じられた。この学校の中で、いつか会うかもしれない。そう思うと楽しみになった。

 僕は雑誌を机に仕舞った。

 帰りに市内の洋服店で第五高校の制服を買った。今から採寸すると納入が遅れると言われ、在庫の物を買った。サイズも着心地も問題なかった。

 

 

 二、三日たってから、僕は北東君の過去を知った。

 北東君は「キング」と呼ばれる伝説的人物だったらしい。キングという呼び名は名前の「汪」からという説と、金色の逆立った髪が王冠のようだという説があるとか。市内一円を支配したとか、市内最大のギャング・グループを鉄パイプ一本で滅ぼしたとか(しかも早朝の散歩がてらに片手間に滅ぼしたそうだ)、いろいろな噂が聞こえてきた。

「伝説は、終わらない」。噂は、そう締め括られていた。

 僕は、早朝の荒涼とした繁華街に鉄パイプを持って立つ北東君を想像した。周りを囲むのは、いかにも悪役っぽい男達。改造したバイクや車に乗ったり、背が二メートル以上ある巨体やモヒカンだったり。けれど、そこから北東君が一人でギャング全員を滅ぼすシーンは、どうも想像できなかった。

 時代劇の殺陣に置き換えて想像してみたら、うまく補完できた。一匹狼の浪人が悪役の屋敷に乗り込み、用心棒たちを次々に切り捨てる図。

 真偽はともかく、北東君がそういう噂を呼ぶ雰囲気を持っているのは確かだ。素人の僕にも気合が伝わるというか、DQNを真面目にやっているなあと思った。新聞屋に住み込んでお金を稼いでいるそうだ。ワックス代、洋服代、用具代(武器の購入費と維持費らしい)、車馬賃(趣味で馬を飼ってるそうだ)、等々のためだ。「酷王(コクオウ)」という名の馬は新聞屋の裏庭に繋いであるらしい。このレベルまでくるとDQNと言っていいのか分からない。言ってみれば、北東君は、DQNのプロだった。

 新聞配達をしているついでに登校するから、授業は朝から受ける。なんでDQNなのに授業を受けるのか訊くと、「全てを学ばねばならぬ。不要なものであろうとな」と倒置法で言われた。意味が分からなかったが、分かる気もした。授業中に寝ることもなかった。「俺は眠らん。たとえ眠ろうと」と言っていた。鉛筆はあまり持たず、丸太のような腕を組んで前方を凝視している時間が多かった。もちろん先生も「キング」の噂を聞いていたのか、「ノートとれ」などと注意はしなかった。

 

 

 頭を木槌で叩かれたような衝撃に、僕は目を覚ました。

 じつは北東君に軽く小突かれただけだった。力が規格外なんだ。

 居眠りしてしまった。午後の教室は窓際のオイルヒーターが効いて暖かかった。窓の外で展開する雪の下降運動も催眠術になったらしい。

「時間が来たようだな。掃除の」

 北東君は立ち上がり、椅子をガラリと回して机に上げた。机を運ぶのは体幹トレーニングになるし、襲撃の時は武器にもなるという。何に襲撃されるのかな。

 僕達の班が、今週の教室掃除の当番だった。そういえば、ふと、僕は黒板のわきに貼られたカレンダーを見る。今日は何日だったかな。

 まわりの生徒も机を運び始めたので、僕も急いで机を運んだ。机を持ち上げた時、勢い余ってバランスを崩し、机の中から北東君にもらった雑誌がこぼれた。

 赤川レナさんの写真が表紙に載った雑誌。

 僕は拾い上げた。何となく、グラビアページを見る。

「ねえ、あんた、ボーッと立ってないで?」

 尖った声がした。同じ班の女子に注意された。僕の斜め後ろの席の人で、黒髪を飾り気のないツーサイドアップにまとめ、黒いハーフリムの眼鏡をかけている。気が強そうな、怒ったようにも見える目をしている。名前は、たしか、関山夏実せきやまなつみさん。まだ班の全員の名前も覚えてないけど、この人は初回のホームルームでいろいろ発言したり、何かの委員長に選ばれていたと思う。

「こういう物は学校には持ち込み禁止なのよ? しばらく没収」

 関山さんは、言うと同時に、雑誌を取り上げた。たぶん、委員長権限、だろう。僕が反射的にアッと言ったら、彼女はキッと睨んだ。

「文句あるわけ?!」

 ハリのある声。腰に手を当て、何を言っても撃墜するという姿勢。こころもち顔が赤かった。

 マンガや汎用機械ポータルは、規則では禁止だけど、事実上は黙認されているし、誰も規則は守っていない。でも今は僕が色々と悪かった。女子の前でグラビアを見たのは配慮に欠ける。掃除中だったのもまずかった。

「ごめん。文句ないよ」

「こんなもの見てニヤニヤしちゃって。まったく男って浅ましいわね」

 ニヤニヤって……笑ってたかな。

 関山さんは、ずいと僕に近付き、机の中をじろりと覗いた。

 僕の机には、教科書やノート類、手をつけなかった個包装のパン、それに割箸、替えの消しゴムなど、学校生活用品が一通り入っている。運搬する労力を省くためだった。

「このだらしない机じゃ、勉強もしてないんでしょうね? やっぱり、授業中に居眠りしたり、昼前にパンを食ったりする男は、中身も相応ね。親の顔が見たいわね」

 そう怒鳴って、机の天板をばしっと叩いた。

「さっさと掃除を始めなさい。ホウキの次は雑巾がけだから」

 フン、と軽蔑したように息を吐き、関山さんは他の生徒に注意しながら、教室を出て行った。雑誌を何処かに持って行くんだろう。委員会の部屋かな。てか、何の委員長なんだっけ。

 僕は、委員長が怒る理由が、あまり分からなかった。

 僕は、生活のしかたが、よくわからないのだ。

 どういうふうな生活をしたらいいかという事に、関心が湧かなかった。だから、自分から積極的に、生活について考えたことは無かった。

 僕は生活を、この世界を、流れるままに任せた。

 いつからか分からないけど、気付いたら、そういう生活を送っていた。そして、そういう生活でいいと思っていた。

「それがある」ということも気付かず、意識もせず、最初から最後まで、流れていく。

 それが、「生活」の理想的な形と思っていた。

 そういう、ふつうの生活は、いけないことだろうか?

 関山さんは委員長だから、学校生活を監督する役割にある。僕の生活態度の何かが、あるいは色々な所が、気に入らないんだと思う。

 委員長の言っている事は、たぶん正しい。正論なんだと思う。たぶん僕は、委員長が望むような生活はしていないんだろう。

 だから学校に来るな、とか、だから死ね、とか言われると、僕は返す言葉が一音も無くなる。

 僕は今まで、世界を何となく流す生活しかしてこなかった。

 それしか、知らなかった。

「こういう生活」を、「がんばって、やろう」という気には、なったことがなかった。

 だから僕は、何となく惰性で学校に行くのを、やめることはないんだろう。

 それは、分かってた。

 と、僕の髪が風で揺らされた。

 見ると、北東君が、時代の趨勢を見極めるような遠大なまなざしで、立派な鼻梁から豪壮な息を吹いていた。いつもの彼の仕草だった。

 

 

 教室のカレンダーを見て、僕は思い出した。そうだ。きょうは……11日。

 4・11・16:00。

 駅前のハンバーガー店。

 今日は羽前さんと会うことになっている日だった。時間は三時半を回っている。既にぎりぎりだ。間に合わないかもしれない。

「女か」

 北東君が言った。

 僕は、北東君の洞察力に驚いた。出まかせで言ったにしても、北東君の声色で言われると説得力が出る。

「ていうか……今から用事だった」

「そうか」

 北東君は僕のショルダーバッグをいとも軽く摘まんでよこした。

「行くがいい。事情は俺が話しておいてやろう」

「ありがとう、北東君」

 北東君は両手に机を持ちながら、目で頷いた。

 僕は教室を出た。もし途中で関山さんに会ったら、どう説明しようか……。そんなことを考えながら歩く。結局下駄箱まで関山さんには会わなかった。

 

 

 傘を開いて外へ出ると、しん、と張り詰めた音が広がった。雪の上に雪が落ちる、独特な周波数の音がしている。

 あいもかわらず、昼も夜もない空の色……それは言いすぎか。北欧の白夜の国って、こんな明るさかな?

 と、青く、暗い景色の奥に、だれかの影が見えた。

 影は、近付いて来た。

 金色――だった。

 透けるような見事な金髪をした女子だった。ガスのかかったような雪の中でも、均整の取れた体つきが分かった。女の子は、ビニール傘をさし、漂うように歩いて来た。目は閉じ気味で、仏像のような微笑が漂っていた。雪のように幽かな白い顔は、綺麗を超えて妖艶で、人間離れすらしていた。

 女の子は、僕の正面に来た。制服の上は、何も羽織っていなかった。しかも、夏服らしい白いブラウスを着ていた。丈の短めの藍色のゴム長を履いているけど、雪が中に入ってしまっている。際立って長い足は、寒さで薄ピンクになっていた。

「五高、ここでしょうか?」

 と女の子は言った。ふわふわの金髪は、殺風景な雪の中で、異常な実在感があった。花のようなほんわりとした匂いが鼻腔をくすぐった。

 一瞬、質問の意味が分からなかった。けれど、この人は五高の制服を着てるし、五高の場所を訊かれてるんだと解った。

 でも、場所を教えると言っても、ここがその五高だ。それも敷地内だ。

 僕は考えあぐねたけど、結局ふつうに答えた。

「はい。ここですけど」

「そうですか。ありがとうございます。……ひさしぶりに、学校に来たもので」

 その人は、和やかな微笑のまま会釈をした。傘をわきに引き、僕の横を通って行った。顔が近付き、また離れた。その時、すこしだけ見えた瞳の色は、はっとする灰色だった。

 美人だったなあ。

 今から学校に来て、なにするんだろ? 下校時間だけど。

 不思議な人だな。

 ……そうだ、僕も急がないと。羽前さんとの会合に間に合わない。

 僕は雪面を弾くように足を運んだ。

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