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神と怪獣としての世界  27

 

 *

 

 通路には職員の姿は見当たらなかったが、基地の道なんか分からないし、そもそも何処に行くかも決めていなかった。

 何か僕ができることはないのだろうか? とにかく外界の情報を知りたかった。『SZ-ⅩⅠ』と怪獣の戦闘はどうなっているのか。もう決着してしまったのか。何となく歩いていると、突き当たりを職員が横切って行ってドキッとする。物陰に身を隠す。僕は羽前さんと違って侵入者の身分だろう。見付かったら連れ戻されないとも限らない。

 その時、過去に羽前さんに聞いた話が、はっと浮かび上がった。

 

 ――あたしの基地には、じつは、最終兵器があります。

 ――それを起動すれば、演算の上では、怪獣をほぼ確実に倒せるはずなのです。基地の粋を結集して作られた兵器です。コードネームは『SMG』と言います。

 ――起動できるなら、やっていただいて構いません。

 

 それを使えばいいんじゃなかろうかと、完全な解決案のように閃いたが、僕は悪い意味で興奮しすぎてるんだろう。たしか羽前さんはその兵器を起動しようと試みたけれど、通電するぐらいしかできなかったと言っていた。

 僕に『SMG』が起動できるはずもない。ないが……。ロボットの操縦で手伝うことができない今、思いつく有力な手段はそれしかない。とりあえず試してみて、万一起動できたら儲け物だ。ロボットの操作については、僕は致命的なヘマをしたことはない。筋がいいと過信してもいいんじゃないだろうか。今ぐらいは。

 機械との相性だってある。なぜか僕が起動できる可能性もある。確率は0ではない。生身で出て行って、怪獣に体当たりしたり、雪玉を投げたりしても、何の成果もない。羽前さんに対等に協力するためなら、『SMG』を使うのがいいと思えた。

『SMG』のある場所に行こうと思ったが、……どこにあるのだろうか? 基地は広いが職員に訊くわけにはいかないだろう。迷っていると、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。僕は咄嗟に通路を右に曲がった。

 同じ造りの通路が続いていて、何度も曲がり角があったから、しばらく進むと戻れなくなった。

 仕方ないので道なりに歩いていると、ふと曲がった所で、ばったりと職員に会ってしまった。

 しかし、その人は少し様子が違ってた。

 今まで見た職員たちは、地味な作業着か背広のどちらかを着ていたが、この子はどちらでもなかった。ユーカラ織のような、鮮やかな幾何学模様の縫込みが印象的な、民族衣装っぽい服を着ていた。土俗的とでもいう雰囲気だ。……なにより、まだ小さい女の子だった。ともかく、僕は少し安堵した。

 少女は顔を傾け、敵意のない目で僕を見る。

「こんばんは、お兄ちゃん。わたしが少女型暗殺者(ヒットマン)だったら、あなたの眼球には既にわたしの姿は映っていないわよね?」

 油断した。その通りだ――少女が懐に隠し持ったナイフか何かで僕を刺すつもりなら、あっさりできただろう。

「でも、そんなことはしないわ。わたしは今、職員の身分だけど、あなたが(あるじ)を示すカードを持っているのは内蔵のスキャナーで認証できてるから。銀のカードをお友達から貰っているでしょ? それが主のカードよ」

 少女は遠くで鈴が鳴るような声で言った。声量はないけど、しっかり通る声。僕がカードを取り出そうとすると、ありかが判っているように、コートのポケットを指差す。羽前さんからもらったカードのおかげで、僕は侵入者というより、強制的に歓迎される側であるらしい。どうやら助かった。

「訪問先の室内ではオーバーは脱ぐものよ。でも許してあげる。わたしもインパクト重視でこんな衣装を羽織って来たし、それに基地は暖房が効いてるとこばかりじゃないしね」

 きびきびと言う少女。口調は偉そうだったが、不思議なことに、顔や仕草はとても優しかった。まるで小学校からの仲のように錯覚するほどだった。きっとこの子は、基地のロボットの中でも、特殊な技能(スキル)を持ったロボットであるのかもしれない。

「それで、何処へ行くの? この先は『SMG』が留置してあるだけよ。巨大な置物があるだけ。立入禁止で立入無用の、死にスペースだけど」

「え、本当? ちょうど『SMG』を探してたんだけど」

「何をするつもりかしら? まさか動かすの? ウゼン・アンナは動かせなかったのよ。ふふ!!」

 少女は驚きと呆れと笑いをまとめて表現した。言動が凝縮され、密度が高い。

 少女はまじまじと僕を見て、

「スキャニングしても火気や爆弾は所持していないようね。あの粗大ゴミに火をつけて燃やすわけじゃなさそうだわ。いいわよ、ついてきて。案内してあげる」

 少女は僕の手を引くと、弾むように歩きだした。たわわな銀髪がつられて揺れる。光の具合によって白色や金色にも見える。透明感と硬質さを湛えた、気品ある髪色だ。

 少女はふと、気付いたように立ち止まった。

「あ、スキャニングした時にハダカは見てないから安心してよね。そういうふうに映らないように設定しているから」

 いや、そんな事、どうでもいいけど。ていうか、設定次第では見えるということか。神の基地、恐るべしだな。

 落ちたら死ぬような金網の空中回廊を通り、厚い壁の扉をくぐる。

 倉庫のような空間に通された。

「着いたわ。ここよ」

 

 眼前に広がる景観。

 その異様さに、目を奪われた。

 

 巨大なロボットの、巨大な顔が、すぐそこにあったのだ。

 

「これが『SMG』。通称『40メートルロボット』」

 少女が教えてくれる。

 ロボットの構造は、4メートルロボットと、そっくりそのままだった。自分が縮んだ錯覚にとらわれた。メンテナンス用だろうか、何本ものアームが機体を囲んでいた。

 顔の前にあるアームの上に、僕達は立っていた。

『40メートルロボット』の迫力は、凄まじい限りだ。新怪獣にも勝てるに違いないと思えた。

 問題は、起動できるかだ。アームを歩きながら、ロボットの内部に入れる経路を探す。

「ねえ、乗込口は――」

 何気なく訊いた時、少女の姿は無かった。そういえば、手を繋いでいたはずだけど、さっきから感触が消えていた気もする。不思議な雰囲気の子だった。何者だったんだろう。

 僕はアームからドックの周縁部の通路を回り、ロボットの背中に伸びるタラップを渡って行った。

 ハッチは開いていた。造りも4Rと同じだ。三重構造。一つの隔壁の厚さは1メートル近かった。手動で開閉するのは不可能だ。起動すれば自動でロックが掛かるのだろう。無用心だとも思うけど、少女が言うには置物とかゴミとか散々だった。職員からは重視されていない設備なのが分かる。ドック自体にも職員は居なかった。

 直線の機内通路を抜けると、コックピットに通じた。

 コックピット内は広いけれど暗い。何色ものランプが遠くの夜景のように光っている。何の機械類かは分からない。

 操縦席には大きなシートが一つあった。三枚のタッチパネルによる操縦方式。これなら起動できれば操縦もできるのではと、ちょっと楽観的に思った。

 シートに腰掛けると、パネルに発光文字が流れた。――[コックピットの機能を使用するには認証キーが必要です]――

 ――認証キーって、ひょっとしてカードのことか? 見ると、椅子の右側にカードスロットが付いている。今度は迷わずカードを差し込んだ。

[認証完了]

[通電持続]

 ふたたびパネルに文字が表示され、消えた。

 直後、正面の暗がりが眩く発光し、くっきりとした人物像が浮かび上がった。

「あ、あれ……!?」

 モニターに現れたのは、さっきの少女だった。

 少女は、真っ白な空間に立ち、こちらを見ていた。平面の映像なのに、質感と量感が生々しい。さっきまで一緒に居たせいか。いや、少女は画面の中から、ちゃんと僕を見ているようだ。

[やあ少年。よくきたわね。ゆっくりしていってね――と言いたいけれど急を要するようね。自己紹介させていただくわ。わたしの名称は『LaBrie』。40メートルロボットのメインコンピューターよ。羽前杏奈の師匠でもあるわ。と言っても、ここにいるわたしは本体ではないわ。あくまでも本体の一部を擬似構成した機械よ。だからあまり融通は利かないわ。そのつもりでね]

「じゃあ、さっきまでの君は、一体……?」

[コンピューターによるホログラム。君が椅子の拘束を解いて脱け出したから、職員のふりをして誘導してあげたわ。ロボットの起動を試みるつもりでしょう?]

 話が早い。早すぎる。僕の考えを先取りして結論を出してくれるふしさえある。凄いコンピューターだ。「本体」はもっと凄いんだろう。

 羽前さんに師匠が居たとは初耳だった。神の師匠だから、この少女もつまり、神なのだろう。あるいは神以上の存在なのかもしれない。

[キミに脱出されるなんて、杏奈も詰めが甘いわ。弟子の不始末は不肖の責任。キミの願いを汲んで、ここに導いたのよ。でもまさかメインコンピューター(わたし)まで立ち上げるとは思っていなかったわよ。キミは意外なモノを持っているようね]

「……どういうこと?」

[認証に使うカードキーがあるでしょう? それは神の簡易なプログラムを封じた量子カードよ。いわば、カードを持っているキミは、基地では杏奈の複製という位置づけになるの。ところが、量子カードは、収められたプログラム以上のエネルギーが掛かると書き換えが起こるのよ。あの椅子は杏奈自身も脱け出せないレベルに調整されていた。だからカードを差し込んでも拘束が外れるはずはなかったのよ。この意味は分かるかしら?]

「……つまり、バグみたいな現象ってこと?」

[違うわよ。キミの中に神と同等以・・・・・・・・・・上の力があるのよ・・・・・・・・。今、ロボットの通電を維持できているのもそうよ。杏奈はコンピューター(わたし)と話すことも叶わなかったんだから]

「ちょっと待って。じゃあ僕は……」

 僕は憶測を述べる。考えられる仮説は、ひとつしかない。

「……神、みたいなものなの?」

[みたいじゃなくて、神。ほぼ確実ね]

 少女の答えとは裏腹に、実感が全く無かった。

 神といわれても、気分は人間のままだ。こんな神があるのだろうか? 神失格じゃないのだろうか? いつのまに神になったんだ。

[出力が不安定のようだから、萎んで消えるかもしれないけどね。逆に暴発する危険性もあるわよ。とにかく、潜在的なエネルギーはあるわ。神であるわたしの見立ては明確よ。今のキミなら、自分の可能性を賭けてロボットの起動に挑めるわ。外界では怪獣が暴れ回っている。杏奈を加勢するのがキミの望みではなかったの?]

 確かに少女の言う通りだった。神と言われてもわけがわからないけど、だいたい巨大ロボットに乗って出撃するという状況自体、ちょっと突き放して見れば、絵空事そのものの世界だ。

 自分が神かどうかの判定は、今はどうでもいい。もし僕の中にロボットを起動できる力があるなら、力を使わない手はない。それだけの単純な話だ。

 神になったとしても、やることは変わらないし、気構えも変える必要はない。

「……そうだったね。ありがとう。どうやればロボットが起動するか教えてくれる? パネルを押しても動く様子は無いけど」

[簡単よ。起動にチャレンジする意志をわたしに示しなさいな。そうしたら、わたしが機体とキミを接続して、資質に足りるかどうかを見てあげる。機体がキミを認めれば操縦可能になるわよ。どうする?]

「やるよ。今すぐやらせて」

[――いいわ。じゃあ、いくわね。ボディアーマー、接続]

 少女の映像は言い、軽やかに指を鳴らした。すると、上から何かが降って来て、映像は見えなくなった。手で撫でてみると、長方形のアイマスク型のカバーだった。いかつい金属製で、視界は暗黒になった。耳も覆われて、音も聴こえない。

 やがて、首や胸や手足にも金属の物体が嵌まり、体が固定された。バンドというより、たしかに(アーマー)みたいなパーツだ。直線的で、ひんやりとして、重量のある金属。

[聴こえる? いま、適合性をチェックしているわ。数十秒ほど待っていてね]

 少女の声がした。アーマーの中なのに、ちゃんと聴こえた。声というより、波や風のような自然の音にも似ている。音波が直接に脳に浸透するような不思議な感覚。

[そのとおりよ。音波よりも高位の帯域を利用して通信しているのよ。コンピューター(わたし)との融合を密にするためにね。ここでの通信は意志だけで充分よ。肉体を介する必要なんて無い。キミの思考は言語化以前にわたしに共有されるわ]

 なるほど。じゃあ僕は思うだけでいいのか。ロボットの操縦を速やかにする装置なんだろうか。

[そういうこと。キミとわたしは、ここでは一体よ。この席に座るのが杏奈じゃなかったのは、師匠としては少々複雑だけどね。あの子には増々の精進を期待よね]

 ふああんと音が鳴り、シャッターが開くように視界が開けた。カバーは顔に嵌まったまま、パーツ自体が透過した。

 ただの石材のようだったタッチパネルの表面には、無数の馴染み深いキーが浮き出した。

[適合性チェック完了。ボディアーマーと機体の共振を確認。起動チャレンジは成功したわ。おめでとう]

 少女のホログラムが、ふたたび現れた。

 アーマーを介している効果だろうか。まぶしい光をまとっていて、さっきよりも存在感があった。

 少女のホログラムは、漫画家が一生かけて描くよりも多い表情やポーズを一カットで取ることができて、しかもどれも奇麗だった。言っている自分でも奇妙だけど、そういうホログラムなのだ。

 少女は僕の視界に重なって浮いていたが、視界の邪魔にはなっていなかった。僕はもう一つの視界を手に入れ、そっちではホログラムを見ている感じだった。二つの視界は自由に切り換えたり、重ね合わせたりできた。少女が言う一体というのは、こういう現象なのか。

[ここは科学館ではないわよ。じっくり見学するのは後でいいわ。さっそく出撃しましょうか]

「あ、はいっ」

 僕はパネル操作し、メインエンジンを起動させた。同時に少女は号令をかけた。

[出撃準備っ!!]

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