神と怪獣としての世界 26
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[町軍は新怪獣に壊滅させられた模様です。新怪獣は麻形市へと移動し、滞在しています]
「知っています。見えてますから」
あたしは、通信を切りました。
『SZ-ⅩⅠ』で飛び立つと間もなく怪獣に遭遇しました。
麻形市の駅前は破壊され、できたての廃墟となっていました。瓦礫の上にも雪が積もり始めていました。
ガスのかかる雪の視界。窓からは40メートルに及ぶ怪獣の影が見えます。舞いのように静かな動きに潜む、圧倒的な力の源泉。
喉が生唾を飲みました。距離を保って旋回し、敵の出方をみます。あたしは、うたた寝するような心地良さを、澄み切った頭のナカで感じました。強くなって甦った怪獣と闘えることは、正義冥利に尽きます。どうして甦ったのか知りませんが、どうでもよく思えてきます。
新しい怪獣と対峙すると、今までの怪獣が物足りなかったのが判ります。
あたしはこの時を、ずっと待っていたようです。
最高の設備を使い、自分の全力を出し切って闘える相手を、求めていたのです。
なぜあたしが人間を守ることに興味がなかったか分かりました。
あたしは自分の神の力を尽くすことにしか、関心がなかったのです。
もちろん、人間が怪獣に殺されるのは痛恨の極みです。悲劇に思えます。
しかし、あたしの能力は、人間を守る能力ではないのです。
怪獣と闘う能力なのです。
守ってくれと頼まれると、当惑してしまいます。
人間を守らない正義の味方など要らないと言われるかもしれませんが、あたしは正義の味方の看板を返上する気はありません。
本当の正義の味方は、自分の正義が間違っていても、決してくじけません。その生き方こそ、真の正義の味方の証です。自分の正義を否定されても、落ち込んでも、絶対に折れずに、何回も起き上がること。そして正しい正義を見付け出せること。あるいは、新しい正義を創り出せること。そういう強い人間こそが、本当の正義であると、あたしは塾で祐一の姿から学んだのです。
祐一はあたしに人生の方向性を与えてくれました。正義の味方という存在を教えてくれました。当時のあたしには、祐一と正義の味方が重なって見えました。明るく、伸びやかで、力に満ちていた祐一。あたしを不登校から立ち直らせてくれ、正義の味方になる切っ掛けを与えてくれました。
神に成る時は、個性に応じた具体的能力が分配されます。あたしは神である「師匠」の元に赴き、神の修行を積みました。そして、自分に合った【正義の味方】という能力を分配されました。
あたしは神に成ったのでした。
あたしが神に成って最初に能力を使ったのは、他でもなく、祐一に対してでした。
祐一の住居に『MECCS』を使いました。
祐一の家は塾の名簿で知っていました。『MECCS』は【正義】の機構の一環であり、範囲内に居る人間の心理と行動を規定するシステムです。
あたしは祐一を「ふつうの人間」に調製しました。
祐一が塾時代のことを思い出せないのは、彼が鈍感なせいではありません。過去は封じられているのです。神に成る塾などあるわけがない。怪獣も正義の味方も存在するわけがない。そのように感じる「ふつうの人間」へと洗脳したのです。祐一の神の資質を『MECCS』で相殺したのです。
気付いて欲しくなかったのです。
怪獣が出現した事や、あたしが【正義】の神に成った事を知れば、自身の「物語」が原因だと当然気が付くでしょう。「物語」を書いたことで本当に怪獣や正義の味方を出現させてしまった――。そう自身を責めるに違いありませんでした。あたしの人生を「狂わせた」と思い、自身を悔やむかもしれません。そういう心配は、掛けたくなかった。
ですから「ふつう以外のことはあるわけがない」という命題を第一に奉ずるMECCS空間を設定し、その効力下に置きました。
もちろん祐一はこの事情を知るところではありません。
あたしの企ては成功しました。祐一はどこから見ても立派なふつうの人間に成ったようです。
しかし、祐一は塾時代、飛びぬけた神の資質を持っていました。祐一に眠る神の才は、あたしより明らかに上です。神の資質が覚醒すればMECCSを破るでしょう。現に徴候も現れつつあるようです。ですが、今のところMECCSは曲がりなりにも効いていますので、劇的には覚醒しないでしょう。
ところで、神に成って正義任務を開始したあたしは、自分の不純な動機に間もなく気付きました。あたしの動機が、正義任務が好きなのではない、祐一が好きだったのだと気付くまでには時を要さなかったのです。正義の味方と祐一をごちゃまぜにしていた自分を知りました。
それでもあたしは徐々に、正義任務じたいの奥深さと楽しさに気づき始めていました。
神として生きるのは楽しいことだと実感できたのです。
それに、祐一はあたしに強さという大切なことを教えてくれました。あたしが正義任務を続けられているのも、祐一のおかげでもあるのです。
祐一とはいずれ離れてしまうことは分かっています。おそらく、今回が最後――。神と人間は道が交わり続けるものではありません。別の方へ広がるだけなのです。だと知っていても、あたしは祐一が好きですし、そう思っている「現在」に最大の感謝を捧げたいと思います。
さようなら祐一。またどこかでお会いしましょう。
あたしは怪獣の影に目を凝らします。巨大で迫力があります。以前の四倍の大きさです。質量で言えば最低でも64倍です。雪の嵐の中で輪郭がぼやけているのが、いっそう不気味です。ときどき稲光が起こり、機内に射し込みます。あたしは機体をゆっくりと近づけます。離れていてはレーザーの効力が半減するからです。500メートル。300メートル。
退却の選択はありません。正義の味方は、逃げたら正義失格なのです。あたし以外に戦える者も居ません。町軍は全滅しました。人間の軍事力では怪獣と戦うことは不可能です。
恐怖は感じますが浸りはしません。退却がありえない状況では、恐怖は意味がないのです。ただ不快なファクターであるだけです。あたしは不快な心地で仕事をするのは何より嫌いです。恐怖を感じると、カラダとココロと神の能力を総動員し、快感を導き出すよう努めます。いつでもそうですが、「今回が最後」かもしれないのですから、気持ち良く仕事をしておきたいものです。
羽前杏奈という存在は、ある程度の恐怖を感じると、自動的に快感に振り替わる仕組みになっています。今までの経験により、あたしは自身を作り変えたのです。
あたしが浮かんでいる場所は、『SZ-ⅩⅠ』の射程ですが、怪獣の射程でもあります。この空間には生と死が濃密に一体となっています。鉄のような絆で怪獣と繋がれているのを感じます。今のあたしは、陶酔しています。高揚と快感が渦巻いています。死ぬかもしれない恐怖なんて、塵のように小さくなって、どこかに吹き飛びました。いえ、逆に、死が隣接しているのを実感して初めて、あたしはカラダの芯から生きられるのかもしれません。死よりも強くて心地良いものの存在を、生きることの中に感じます。
「きっちり料理してやります」
あたしは乾いた唇を、二度、舐めました。無意識にこんな台詞が出るようになるとは、過去のあたしは考えもしなかったでしょう。極限の恐怖と冷静が拮抗する高揚感でした。あたしはこれを求めて正義任務をやっているのでしょうか。正義の味方は、正義の味方に埋没するほかに、満足な生きざまが無いのです。
機体を旋回させながら、レーザーを打ち込んでいきます。距離がある分、効果は脆弱です。『SZ-ⅩⅠ』は以前の怪獣用の後継機です。新怪獣とは地力の差があると見るべきでしょう。レーダー類もありませんし、操縦を快適化するタッチパネルや自律空間といった機構も搭載されていません。ですが落ち着いて対峙すれば撃退の目もあるはずです。
怪獣の影から氷弾が飛んで来ます。氷弾は放射状に撃ち出され、見栄えは花が開くように優雅です。しかし一つ当たっただけで激しく機体を揺らします。
怪獣の氷弾は以前よりパワーアップしています。
あたしは攻撃を緩めず、機体を動かし続けます。しかし、怪獣はふたたび氷弾攻撃をしてきました。機体は衝撃波に揺られ、一時制御不能になり、ビルを削りながら吹き飛ばされました。体が回転し、骨がきしみます。早目に体勢を立て直します。怪獣の影は落ち着いて立っています。
以前の怪獣は氷弾の連続攻撃はできませんでした。エネルギーを溜める時間があったのです。今は、いつでも瞬時に攻撃を繰り出せるようです。エネルギーが常時フル状態なのかもしれません。あたしは持久戦で怪獣を消耗させながら隙を見出す戦法を考えていましたが、それは不利だと直感しました。新怪獣は強力なエネルギー増産の仕組みを備えているかもしれません。『SZ-ⅩⅠ』の燃料切れのほうが早く来る危険があります。
即座に勝負に出るしかありません。
『SZ-ⅩⅠ』の最大の強みは小型のCPCを搭載していることです。4Rには搭載できなかった機構を実現しています。小型のためにロックオンの時間は24秒と長いですが、最大出力は通常のCPCと同じです。基地の技術の結晶です。
動く相手に対しては使いにくいのが欠点ですが、やるほかありません。あたしは専用の小型モニターを手元に引き寄せ、CPCの起動ボタンを押しました。




