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神と怪獣としての世界  24

 

 *

 

『SZ-ⅩⅠ』は一言でいってコンパクトである。前方からも側面からも整った六角形の外観をしている。翼がないので飛行体には見えないが、基地の技術からすると翼をもつような飛行体は機能的にもデザイン的にも退歩的なものだ。

 機体の長径は11メートル。攻撃力も機動性も4Rを上回る。とくに全体を包む漆黒の装甲は4Rの11倍の耐性を誇る。

 羽前杏奈は円形のエレベーターで上昇した。エレベーターの出口は『SZ-ⅩⅠ』のコックピットに直結している。実験機であるため、コックピット内の景色は現行の地上兵器と変わらない。無骨な操縦桿やレバーやボタンや計器に満ち、配線すら露出している。

 羽前杏奈は、吊るしてあった特殊防衛上衣(フライトベスト)を着込み、ヘルメットをかぶった。

[最終フライトチェック、オールクリア]。

室内にオペレーターの声が響いた。

「『SZ-ⅩⅠ』、テイクオフ」

 羽前杏奈はメインスイッチを押した。

 エンジンが駆動し、青白い火がブーストする。機体はリフトアップも滑走もすることなく、空気に呑まれるように消えた。次の瞬間、機体は基地の鉛直上、つまり地上の空に浮遊していた。


『SZ-ⅩⅠ』は町の方角に飛んだ。


 *

 

 僕はすべてを思い出したのだ。

 ワンフレーズだけ覚えていた曲を全部思い出したように。

 

 *

 

 小箱のような狭い教室。夕焼けが嵌め殺しの窓を焼いている。

 僕は少女の机の傍に居て、見上げるように見ている。

 少女は僕が渡したノートを読んでいる。

「……どう? 面白いかな?」

「とても面白いです。こんなお話が一人で書けるなんて、すごいですっ」

 少女は真っ赤な顔をして、きらきらした目で僕を見る。それは夕焼けのせいもあると思った。でも、僕はいい気分になり、身を乗り出した。びっしりと字で埋まっているノート。自分が書いたノートだから、逆さから見ても隅々まで分かってる。

「どこまで読んだ? あ、ここね、対怪獣ロボットの開発が始まったところだね」

「これから、どうなるんですか? 怪獣に襲われている東京は、大丈夫なんですか!?」

「ふふふふ。気になる?」

「気になります。すごく」

「ここから怪獣と人間の大決戦が始まるんだ。自衛攻撃軍とか日米混成軍みたいな正規の軍隊は、怪獣への戦略の違いでもめたり、救援を口実に入ってきた外国の軍隊とも闘わなきゃいけなかったりもして、ほとんど機能できない。そんな中、自衛攻撃軍と日米混成軍の中から、天才的で身体能力も高いエリート集団が極秘で集められていく。これは総理大臣が直々に選んだメンバー達なんだ。対怪獣ロボットの開発も、山奥の基地で急ピッチで進められる。東京の都市機能がダメになる瀬戸際で……、いけない、これ以上は喋りすぎだよな」

「わあ、とても面白そうです」

 少女は控え目に笑った。メガネのせいもあってぎこちなく感じた。あまり笑った事がない感じだ。でも、怪獣物語に本当に興味を持ってくれていると思ったし、僕も嬉しかった。

 でも、少女はつぎに手を胸の前にぎゅっと握り、顔を曇らせた。

「けど……続きを読むのは、やっぱり怖いです。怪獣が強すぎて……。町は壊されて、人も殺されて、何もなくなってしまうから……。わたしは怪獣がとても怖いです」

 僕はその時、不思議に思ったものだ。たぶん少女は、破壊される町や人間に感情移入し、自分を投影していたんだと思う。でも僕はただ熱中してた馬鹿だから、そんなことは考えもしなかった。けど、僕は少女を安心させようと思い、決戦の結果を教えてあげたんだ。もろネタバレになっちゃう話だったけど。

「大丈夫、安心して。この決戦は人間が勝つように書いたんだ。結局、ロボットの出動は間に合って、怪獣を追い払ってくれるんだ。ちゃんと正義の味方のほうが勝つよ」

「――ほんとですか?」

 結果を知ってしまったのに、少女は本当に嬉しそうに、顔をほころばせた。よっぽど怪獣が怖かったのか、目が潤んでいたけど、安心できたなら良かった。

「じゃあ、ここが決戦の場面を書いた部分だから、よかったら読んでみて!」

 僕は机に乗り出すようにして、ノートを取り、数ページに亘って破く。少女は「ひゃっ」と小声で叫ぶ。僕は破いたページを少女に差し出す。

「あげるよ。家でゆっくり読んで。ノートは僕が使うから、今は渡せないから」

「……い、いいんですか? 大事な物じゃないんですか? 破いてしまっても……」

「別にいいんだよ。中身は僕の頭に全部入ってるからね! 今は完結に向けて続きを書いてるところなんだ。面白くてびっくりするような結末にしたいんだ」

 少女は数枚のページをおずおずと両手で取り、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございます。今からこれを読むの、とても楽しみです」

「楽しめるといいね。じゃ、僕はそろそろ帰るね。早く続きを書きたくなってきた!」

 僕は手提げバッグを肩に提げ、教室を出ようとした。

「あの、すいません、お名前、訊いてもいいですか」

「僕? 伊佐領祐一だけど。じゃあ、君の名前は?」

 少女は顔を赤らめて、目を伏せる。答えに詰まるような場面かな、と感じたのを覚えてる。ちょっと噛みながら、やっと名前を言ったのを思い出す。

「羽前杏奈です」

「ふうん。じゃあね、杏奈!!」

 僕は教室を出た。その時は全然気にしていなかった。

 そう、僕はちゃんと聞いていたんだ。

 少女のことを、知っていた。


 *


 記憶は、ここまでだ。あとは、ゼンマイが切れてオルゴールが止まるように、昏い闇に沈んでいってしまう。

 それ以降の塾に関する記憶は無い。物語の続きに夢中だったことは覚えてる。物語を書く面白さと反比例して、塾をつまらなく感じたのも覚えてる。たぶん僕は塾に行かなくなったのだ。

 それでも充分だった。

 怪獣物語を書いたノート。

 人間と怪獣の戦い。

「正義の味方」として現れた少女。

 ピースは、揃っていたんだ。

 なのに、どうして思い出せなかった? 昔の僕にとっては、どうでもいい一日の出来事だったのか? あの時、僕は物語の続きに一心になっていて、羽前さんの事は些末な情報だと思ってしまったのか? 揃っているピースを、冷静に繋げれば、気付けたんじゃないのか? なのに僕は、気付かなかった。それどころか、怪獣だの、正義の味方だのという事象が現実にあるわけがないと、決めてかかっていた。現実に怪獣が出現して、羽前さんに再会してからも、僕はノートの存在に思いを馳せなかった。「ふつうの人間の僕が作った物語なんかに合わせて世界が動くことなどあるわけがない」――そう思ってた。だから、怪獣物語のノートを軽視した。ほとんど無視していたと言ってもいい。けれど、ノートを見ておけば、環境がどう変化するか見通すことができたんじゃないだろうか。ノートは大事な手掛かりだったんだ。手掛かりは僕の部屋にあったんだ。なのに僕は気付かず、メガネの女の子を泉さんだと思っていた。あの子の弱くて儚げな雰囲気が泉さんに延長されている錯覚を起こした。ひどい勘違いをしていた。

 あの女の子は、泉さんではなく、昔の羽前さんで……。

 子供の頃のことだ。何にどう影響されるかなんて、確実に未知数だ。

 物語の中で、怪獣と闘う人間は、選び抜かれたエリート集団。つまり、「正義の味方」だった。

「羽前杏奈」という女の子は、当時の僕の、ずさんで幼稚な物語に影響され、「正義の味方」の神となった。僕の当時の正義観を、羽前さんは追いかけた。そして、具現した。怪獣物語の世界観が、本当に世界に持ち込まれた。世界は、ノートをなぞった。

 まてよ。

 じゃあ、泉さんは?

 ノートを見つけ出して、僕に見せてきたのは、泉さんだった。物語を読んで、「続きは?」と訊いた。昔の羽前さんと重なるような行動の意味は? 泉さんの目的は何なのか? 探し物って、何なのか?

 泉さんは、何者なのだろうか?

 でも今は、それはともかく置いて、羽前さんのほうだ。ひとりで新怪獣と闘いに行った羽前さんが心配だった。やられてしまうかもしれない。助けに行きたかった。今まで思い出せなかったことを謝りたかった。

昔の僕が羽前さんにどう影響したかなんて、僕には分からない。昔の僕なんて、どうでもいい日々を送っていた記憶しかない。でも、羽前さんがプラスだと思ってるなら、言うことは何も無い。

 お礼を言いたいのは、こっちのほうなんだ。羽前さんと「再会」してから、僕の日常は激しく動き始めた。僕はたくさん揺られて、たくさん新しい眺めを見た。僕は今、ここに居ることを、良かったと思えてる。だから羽前さんに感謝している。できれば、ベルトに締められた状態じゃなかったら、もっと良かったけど。

 僕は内側からベルトに力を入れた。ビクともしなかった。肘から先は動いたから、交差したベルトを握り、引っ張ってみた。全然動かなかった。

 くそ。どうにかならないのか!? せっかく思い出したのに、それを知らせる機会もないなんてひどいじゃないか。自分から近づいて来たのに、勝手に居なくなっちゃうのかよ。ひどい人だ。まるで昔の僕みたいだ。羽前さんを気にも掛けないで教室から出て行った自分。同じ事をされるとよくわかる。昔の僕は何て非常識なんだ。そんな奴が造った物語を真に受けたばかりに、羽前さんは「正義の味方」なんかに成ってしまった。

 ちがうんだ。

 僕達の実際の世界は、こんなふうに運んじゃいけないんだ。

 昔なら、「正義vs悪」で解決しただろう。子供なら、できたかもしれない。怪獣物語のノートの中でなら。

 でも、今は違う。「正義vs悪」の構図では、どちらかが死んでしまう。羽前さんが勝つか、新怪獣が勝つか、そこまで行くしかないんだ。

 僕は羽前さんが死ぬのは嫌だ。怪獣にやられるのは嫌だ。羽前さんが勝っても、泉さんが死んだら嫌だ。『SZ-ⅩⅠ』の攻撃や怪獣の巻き添えに遭って殺されたら嫌だ。僕は羽前さんも泉さんも両方助かってほしい。いや、自分が力になれるものなら両方救いたい。正義と悪、じゃないんだ。

 僕は、考えることをさぼってた。「正義vs悪」などの、よくあるふつうの考え方が間違っているのは知っていながら、「じゃあどうする」ってことを、「じゃあどんな世界をつくる?」ってことを、考えないで、さぼっていた。関山さんにも言われた通りだ。関山さんは、気付かせてくれた。そして、何より、羽前さんの出現が気付かせてくれた。僕を「ふつう」のまどろみから覚ましてくれた。

「じゃあ、どうする?」――今なら僕は分かる。答えは、力だ。間違っているものを超えるには、力が必要なんだ。ふつうの物事や枠組みを超えるために。羽前さんを守り、泉さんも守り、両方が万全で居られる世界をつくるために。――引込さんのバンドのような力が必要だ!!

 僕は力を入れて全身でもがいた。

――すると、左側の脇腹に、何か板状の物が当たるのを感じた。コートのポケットに何かが入っていた。

僕は動く手をコートのポケットに入れ、中の物を出した。以前、羽前さんからもらった、銀色のカードがあった。「基地の認証キー」だって言っていたな。もらった時は分からなかったけど、カードはけっこう厚みがあった。側面に切れ込みが入っていて、指を入れて両側に広げると、中に紙切れが入っているのが見えた。僕はそれを取り出した。くたくたになっている紙の折り目を、破らないように静かに開いてみる。僕はこの古い紙切れを知っていた。もともと僕の物だった。怪獣物語の一ページ。「正義の味方」が怪獣を撃退する場面を書いたページだった。余白には僕のものじゃない字が書かれていた。

『この御守はお返しします。』

 小さいけど丁寧で生き生きした文字だった。僕に書いたメッセージなのだろう。羽前さんは、あの時あげた何ページかを何度も読んだのかもしれない。自分を鼓舞する道具にしたのかもしれない。だけど今は、僕が書いた「正義の味方」の物語を「御守」にする必要はなかった。自分が、成ったからだ。

 僕は、椅子の右側に不自然な溝がある事に気付いた。機械類の中に埋もれるようにあるスロット。長さは6~7センチほどで、脇には赤いランプが光っている。僕は何気なく、そこへカードを入れた。

ガシャン、はじけるような音がして、ベルトが勢い良く外れた。

 僕はすぐ、椅子から離れる。また縛られたらたまらない。

 このために羽前さんはカードをくれたのだろうか? 

いや、そうは思えない。羽前さんが新怪獣の出現を予測していたとは思えない。なにより、羽前さんが本気で僕を椅子に固定したのは、あの場の様子から明らかだ。僕が羽前さんを心配するよりも、羽前さんは格段に僕を心配していた。たぶん塾以来ずっとそうだった。カードが合ったのは偶然だろう。「基地の設備類を動かすのに必要」だと言っていた。たまたま設備の一つに該当したのだ。勝手に脱出したら叱られるだろうな。緊急時だから許してもらいたい。

 僕はカードを引き抜いて、機械室を出た。

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