神と怪獣としての世界 23
「ここが基地の本部です」
僕は、外に出る。
ゴンドラの終点の、簡易なプラットホーム。そこからちょうど、基地の一部を眺められた。
雄大な景色が広がっていた。
スケール感、
緻密さと巨大さ、
精密さと混沌、
極彩色のカラーリング、
感動的なほどに、新奇な景色だった。
機械類や配管が複雑に組み合わさり、その至る箇所に取り付いている作業員達は、豆粒のように見えた。あの職員達もロボットなんだろう。
広がりと奥行きに圧倒される。色や直線や曲線が、頭でオーバーフローする。
複雑な機構の集積は、全体としては、初めて見る図形の印象を叩き付けて来る。神という人間の技術を尽くして作り上げた基地。壮大な自然の景観にも似た感情を覚える。
いわば、機械製の混沌とした巨大生命体。配管や排気筒があるとか、発電機やモーターがあるとか、一つ一つの機械は分かっても、それらが全体に絡み合った雄大な姿の意味は、僕には判らないものだった。だけど見とれている暇はない。僕は羽前さんを追い掛け、基地の内部に入った。
薄暗い階段を昇り、円環通路をぐるぐる上がり、キャットウォークを渡り……。巨大なロボットの胎内を巡っている感じだ。職員達とすれ違うと、僕達に敬礼する。どことなく気味悪い。
地位の高そうな恰幅のいい老人が駆け寄って来た。老人は傍を歩きながら、羽前さんに囁く。怪獣の情報を伝えているようだ。会話は僕にも聞こえた。怪獣の大きさは40メートルに及ぶこと。町をゆっくりと無目的に移動していること。町にはかつてない避難態勢が敷かれたこと。町軍が迎撃中だが、効いている様子は無いこと。怪獣自体の移動能力や攻撃能力について、全くデータがないこと。怪獣が本格的に動き出せば、破壊は凄まじく、進路上のものは壊滅するだろうということ。
「『SZ-ⅩⅠ』を出動させます。あなたたちLRの総意を聞かせて下さい」
羽前さんは問うた。
老人は渋い顔で答えた。
[現行の怪獣は、今までとは別物と捉えるべきと思われます。今は怪獣のデータを集めるために、静観すべきと考えます。『SZ-ⅩⅠ』は開発段階ゆえ、相手が未知の現状では、性能に比例した成果が出るとは期待できますまい。予想外の破壊を被る事も考えられます。危急の時でない限りは――]
「総意」ということは、基地のロボットたちは、瞬時に意志の疎通ができるようだ。
ふと老人は顔を上げた。
すると、遠くの曲がり角から、一人の若い職員が姿を現した。
職員は報告した。
[新怪獣が破壊行動を取り始めました! 今までと比べて破壊率は2300%の上昇! 明神町のH~K区域は消滅する見込みです。町を破壊したのち、79%の確率で麻形市へ向かいます!]
カラダがこわばった。町が……消滅!? 今までの怪獣は、部分的に破壊しても、町全体のバランスを壊すレベルの破壊をした例はなかった。しかし新しい怪獣は破壊のレベルが違う。もしかして、明神町には安全な場所は無くなっているんじゃないか。
新怪獣は市内にも向かうという。市内も今までにない被害を受けるのか!? 父さん、母さん、泉さんのことが頭をよぎった。急変する状況。理解がついていかない。さっきまでは怪獣を倒した静かな喜びを感じていたんだ。どうしてこんな状況に?
「もう一度あなたたちの総意を尋ねます。今は危急の時だと思いますが?」
[異論ありません]
老人と若者は声を揃えた。
「指揮系統下に準備を。『SZ-ⅩⅠ』を出撃させます」
[了解]
老人と若者は散って行った。[基地を封鎖させろ! 市街への襲撃は速やかに外へ追い出せ! 全ての手を尽くせ! ――――――] 老人の叫び声が遠くなった。
「あたし達は、出撃準備をしましょう」
羽前さんは基地の奥へと進む。
「『SZ-ⅩⅠ』って?」
「はい。基地は今まで、4Rだけで怪獣に対処していたわけではありません。毎回の戦いの傍ら、怪獣のデータを逐次フィードバックした次期対怪獣兵器を開発していました。そのコードネームが『SZ-ⅩⅠ』です」
「つまり……パワーアップした4R、みたいなもの?」
「ロボットタイプではないですが、そうですね。事実上、基地の最終兵器です。『SZ-ⅩⅠ』で出撃するしかないでしょう」
羽前さんは細長い機械室に入った。
機械室には、ロボットのシートに似たメカニカルな椅子が四つ並んでいた。肘掛けやヘッドレストには使途不明なランプが点灯し、流れている。
「座ってシートベルトをして下さい」
僕に言い、羽前さんは壁面の基盤や計器類を見回る。ここが『SZ-ⅩⅠ』のコックピットなんだろうか。
僕はシートベルトを探して、装着する。両肩から×型に交差させるタイプのベルトだ。
「いいですか?」
羽前さんは振り返り、ベルトを着けたかどうか尋ねる。僕は頷いた。
「それでは、あなたはここで座っていて下さい」
羽前さんは黙って壁の赤いボタンを押した。シューと音がして、座席から黒いベルトが現れた。ベルトは僕の腰と両方の足を固定した。ガチガチガチ。硬質な金具の音が響いた。
「あなたを座席にロックしました。ここは『SZ-ⅩⅠ』の内部ではありません」
「ロック……!? 羽前さん、これはどういうこと?」
僕は足を動かしてみる。もちろん動かない。手でベルトを外そうとしてみる。解除ボタンが効かない。ベルトが外れなくなっていた。
「この部屋の造りはロボットのコックピット内と同じです。たとえばX山が真上で噴火しても被害はありません。新怪獣に対しては未知数ですが、明神町と麻形市を合わせても最も安全な場所だと言えるでしょう。安全を確保して下さい」
「羽前さん、これは……? どうしてなんだ、僕も手伝うんじゃないのか?」
「あなたができるのはロボットの操縦です。『SZ-ⅩⅠ』の操縦はロボットとは完全に別です。あなたができることは皆無です。しかし、あたしはあなたに会った時、協力者の安全に配慮すると約束しました。覚えていますよね? だからここに居て頂きます」
羽前さんは論理的に淡々と言った。その懐かしさが冷たく感じた。こんな時に役に立たない自分のカラダが重苦しい。もっと早く正義任務を始めていたら……。なんて言っても意味は無いか……。
ところで、『SZ-ⅩⅠ』とやらは基地の最終兵器らしいが、もし怪獣に負けたらどうなるのか?
ひょっとして打つ手が無くなるんじゃないのか?
僕がこの椅子に居ることが安全だというなら、『SZ-ⅩⅠ』で出動することは安全じゃないってことじゃないか?
「正直なところ、新怪獣が登場したのは、あたしの誤算でした。――ですが、どのような誤算にも、正義の味方は対応しなければなりません。その意味では驚くことではありません。これも試練の一つだと捉えるだけです」
「試練はいいけど……。『SZ-ⅩⅠ』で勝てる見込みは? もし、勝てなかったら、どうするの?」
僕は直接的な言い方を避けた。言ったら現実になってしまう気がした。
負けたら羽前さんはきっと死ぬ。
「確率の話なら、この地方の正義の味方はあたしたちだけです。あたしが出撃しなければ、勝てる確率は0です。――ですが、あたしは正義の力を手に入れてから、敵に勝とうなんて考えたことはありませんよ。あたしは[ただ戦っている]だけです。敵が出たら出動するだけです。正義の味方は敵と戦う――それだけじゃありませんか。あたしは、あたりまえのことを実行しているだけなのです」
羽前さんは、はじめから変わらない落ち着きで言った。力みもせず、冷めてもいない。ただ優しさだけが伝わるような話し方だった。僕は、小学生が初めて先生に感じるような、近付きがたさを感じた。それはとても力強い空気で……。まさに、神々しさ、というものかもしれないって思った。
「新怪獣といっても、特別な事はありません。いつも通りに出撃するだけです。そして、いつも通りに戻るでしょう。心配いりません」
羽前さんは根拠のない断言をした。僕を安心させようとしたんだろう。
だけど、新怪獣の強さは、以前とはスケールが違うのは分かっていた。『SZ-ⅩⅠ』が最近のデータをフィードバックしたと言っても、新怪獣のデータを反映しているわけではない。さっきの報告からして、麻形市が一夜で破壊されることだってありえる。明日の朝になったら僕の家が更地になっているかも。嘘みたいだ。想像できない未来は「嘘」と判断してしまう。ふつうの人間の悪いところだ。
ここに居れば僕は助かるかもしれない。でも、まわりが全部壊滅して、僕だけ助かっても、どうする。
ちがう、そうじゃない。
問題は、今、僕が動けないことだ。たぶん、この一晩で、新怪獣との決着はつく。「正義の味方」にとっては、一番大事な日。そんな時に動けないのがふがいない。僕は「正義の味方」の手伝いじゃなかったのか。
「僕ができることは、何かないのか。羽前さん」
何でもいい。仕事を与えてほしい。僕は訴えた。
「――」
羽前さんは穏やかに僕を見た。沈黙という回答。僕はすでに戦闘要員ではない。
「あなたは充分にやりました。普通人なのに神の仕事に協力してくれましたし、ロボットの操縦に関しては期待以上のものがありました。一度は怪獣を倒すこともできました。ですから、悔やまないで下さい。ここから先は、あたしの仕事です」
羽前さんは別のボタンを押した。ベルトの締め付けが強まった。暴れても外れそうにはなかった。大声を上げても、ここは基地の中だ。職員はベルトを解いてはくれないだろう。
ベルトが締まったのを確認すると、羽前さんは椅子の傍に来た。
「ひとつ、謝らなければいけません。はじめに協力者を探している時、他の卒塾生にも連絡を取っていると言いましたね。あれは、嘘です」
「……え?」
「あたしはあなたを知っていました。他の塾生には正義任務を頼むつもりはありませんでした。最初から祐一だけに知らせようと決めていました。一方的に正義の味方の能力を見せ、あなたを協力者にさせたのは、あたしの意志なんです」
僕を協力者にしようと決めていた? 僕を知っていた? 塾で一緒だったっていうことか? 全然、記憶がなかった。正確に言って、羽前さんみたいな美人な子が居たら、顔ぐらいは覚えているはずだ。
でも、だとしても、それがどうした? そんな事は些細だ。今の非常時には関係ない話だ。
「今からあたしが言う事は、世迷い言です。理解できないでしょう。でも、聞いて下さい。どうしても言いたいのです」
羽前さんは呟き、足元に座り込む。見上げる角度で僕を覗き込む。
「あたしはずっと、あなたの背中を追って来ました。あたしが神になれたのは、あなたのおかげなのです。再びあなたに会い、一緒に時間を過ごし、自分の能力という集大成を見てもらえるとは思っていませんでした。それだけで既に望外でした」
「……え?」
何の話だろう? 意味が分からない。けれど、羽前さんは理解してる様子だった。背中を追っていた……? どういうことなんだ?
「あたしはもう、塾で泣いていたあの時とはちがう。あたしは強くなりました。あなたにそれを教わった。泣くよりも強くなることだと。昔のあなたのように、柔らかく強い存在であること。それが正義の味方の資質だと学んだのです。あなたはあたしの恩人です」
塾? 泣いていた? 羽前さんが?
嘘だろう? 羽前さんが泣く顔なんて、想像すらできない。
ふと僕は今の非常事態を失念していた自分に気付いた。
何かを思い出しそうだった。とても、大事なことを……。
「それでは、『正義の味方』をまっとうしてきます」
羽前さんは立ち上がった。
両手を伸ばし、僕の肩を、包むように触った。
そのとき僕はすべてを思い出した。無関係に見えたピースが一つ一つ繋がっていく無限の一瞬。色あせた過去によって現在が意味づけられる。過去とはあまりに違う、現在という存在。その驚き、重さ、存在感。僕は、事実を、思い出したのだ。それは震えるような新鮮な感動だった。こんな場面でさえなかったら。
「さよなら」
羽前さんは手を放し、機械的な顔のまま、かすかに笑った。
それは、天国というものがあるならそこから降りてきた光のような笑顔で。光は強烈で、けれど透き通っていて、どこまでも飾らなくて。
僕自身もその光になったかのようで。
僕は羽前さんが、神、と言われる理由が心の芯から解ったように思えた。
羽前さんは背を向けて、出て行ってしまった。もちろん、振り返らなかった。正義の味方は、振り返らない。ドアは静かに閉じた。
僕は言葉にならない声を張り上げていた。




