神と怪獣としての世界 22
滑らかに広範囲に現れる銀色の面や線。イルミネーションのように町の周縁を塗っていった。それは、外の世界でも何らかの構造物が出現したことを意味した。埋設された構造物が現れる――つまり、すでにある町並みが崩壊したということだ。画面上は、あくまでも穏やかだ。銀色の静かな氾濫。
羽前さんが微調整らしき操作をしている。もちろんシステムの全容を理解しているんだろう。言い訳になるようだが、僕は『MS』の起動は学んだけれど、詳しい操作法は知らない。[当システムはあくまで抑止力である]という事から、シートではシステムの内容は説明していなかった。
怪獣が威嚇の声を上げ、線状の物体を手で払ったところ、手を押さえて倒れ込んだ。
形を見たところ、単なる電線のようだが、超高電圧にでも変化しているのだろうか。
つぎに、道路を囲んで隆起した銀色のレーンが動き出す。レーンはちょうど防雪柵に似た形になっており、邪魔な雪を払い出すように怪獣を追い立てる。怪獣は尻尾を回して攻撃するも、レーンは怪獣よりも高く、幅は圧倒的に広い。怪獣は転倒し、こちらに追い込まれて来る。
羽前さんはロボットをバックさせ、怪獣を監視しながら学校を目指す。怪獣は起き上がり、四方に氷弾を撃とうとするが、アトミックランチャーを全身に浴び、苦悶の声を上げる。羽前さんはオールウェポンを最大出力で使った。誘導に役立ったバルカン砲も[Rest:00]と表示。弾切れだった。
だけど今は『MS』が誘導してくれる。
地底から出現した銀色の図形は、何かの砲身の形を示している。基地の兵器の一種だろう。砲身は道の両側に隙間なく配備されていた。たえまなく銀色のビームが噴射し、怪獣に当たっていた。表示上は穏やかだが、実際は凄惨だろう。何が発射されているのか、知れたものじゃない。
換装視界の表示は、外界の存在感を軽くさせる工夫に満ちている。
怪獣は背を丸め、這うように学校に進む。砲撃が効いている。作戦は順調に成功に向かっていた。
町の大規模な破壊と引き替えに……。
「入力に骨折りましたよ。『MS』の区域を指定して制限起動させるのは」
「……え?」
「あたしは祐一をおどかしました。『MS』は制限起動しています。起動範囲はこの道路一帯のみ。怪獣を学校に放り込むには、それで充分ですから」
羽前さんは呟く。横顔が、また、くすりと笑った気がする。
「え、それじゃ……。あんな事を言ってパネルを押させたのは……?」
羽前さんは無表情で僕に言った。
「すみませんでした」
たくさんの人間がミキサーにかけられたような音がした。怪獣の悲鳴だった。
怪獣は砲撃を受けて倒れた。
『MS』は攻撃を続けた。電柱に偽装した小型のミサイルが真上に発射され、爆発しながら、怪獣に降り注いだ。怪獣はたまらず、また歩き出す。
『MS』が起動してからは、一気だった。怪獣は一方的に学校へ追いやられた。顔を覆い、逃げ惑うようにふらふら歩きながら、校庭へと入った。
校庭にはナイター照明が灯り、降る雪を薄明かりで照らしていた。羽前さんは怪獣を最終処理する場所を準備していたのだ。
すでに怪獣はロボットへの注意を失っていた。ロボットは距離をとり、怪獣を追尾した。
追い込む地点は、L字型をした北校舎の屈曲部だ。このまま怪獣が逃げれば首尾よく嵌り込む。両側には逃げられないし、後ろにもロボットと『MS』の設備が控える。校庭の地下に準備されていた砲撃システム。それにより怪獣の動きを止め、遠隔操作で基地からの『CPC』を打ち込む。
照射地点まで50メートル。……ついに怪獣が、ポイントに入った。モニター上では、照射範囲を示す赤の球体が、怪獣をぴたりと包んでいる。ロボットの座標もCPCの軌道と交錯していない。このままいけば、やれる。
「一斉攻撃」
羽前さんはロボットの全兵器を怪獣めがけて放った。ロボットの背後からは銀色の滑らかなビーム攻撃が無数に見舞われた。怪獣の体は、ネオンのように光った。怪獣は腰が抜けたように崩れ落ちた。腫れぼったい目がどろんと開いて、ロボットを眺めた。意識はあるらしい。しかし、動きは完全に封じた。
「羽前さん」
僕は呼びかける。
「分かっています。CPCはスタンバイしています。――ウォームアップ完了。本体・アーム・アンテナ・デバイス・共に動作異常なし。照射を待つだけです」
羽前さんはモニターの情報を読み取り、天井に手を伸ばす。
CPCの照射はロボットのスイッチで行われる。スイッチはコックピットの天井に非常ボタン式に設置されている。パネルで起動させ、スイッチで照射する。二段階の操作を踏む。
「CPC、ロックオン」
羽前さんは手を差し上げた。
プラスチックの蓋が破られ、赤いボタンが押された。
カウントアップが始まった。画面の赤い球体上には、数字が現れる。1…… 2…… ひとつずつ増えていく。ダウン方式じゃないのは、CPCが射出可能な時間は18秒後から42秒後までの時間だからだ。エネルギーは大きいものの、集中させられる時間は短い。
怪獣はトカゲのように這いつくばり、小刻みに震えている。もちろん数字は見えていないだろう。自分の生命を刻む数字。18になった時、怪獣は焼き尽くされ、この世から存在が消える。僕は緊張している。追い詰めているけれど、異常に長い18秒に感じる。……15。……16。
怪獣が消えた。ロボットの尻尾が抱えられ、機体が振られた。僕達は校舎に叩き付けられた。わけがわからず僕は叫んだ。急いでモニターを見た。視界がナナメになってた。
怪獣がこちらを見ていた。
腫れぼったい瞼から覗く三白眼。厚かましい笑顔にも見えた。全身に電撃的恐怖が走った。モニターが赤変し、けたたましいアラート音が脳を掻きむしる。
怪獣が背後に回り込み、ロボットを校舎側に倒したのだ。僕達は今まで怪獣が居た場所に居る。……ここにCPCが打ち込まれる。おかしいぞ。11分以内ならば、瞬時に消えたり現れたりできないはずじゃなかったのか? けれど現実には、できている――ということは――できなかったのではない。わざと、しなかったのか!? 怪獣がかぶりを振って咆哮する姿。スローモーションに見える。僕は助けを仰ぐように、羽前さんを見た。
羽前さんは顔面蒼白。自失状態だった。何が起きたか、把握できてなかった――いや、起きたことを認められていないんだ。全身が動揺でばらばらになっている。僕は絶望を覚えたと同時に、貴重なものを見たとも思った。分析と論理と厳密さを積み重ねる羽前さんだけに、イレギュラーな衝撃には脆弱な面があるんだな。というか、怪獣との位置が逆転してからどれくらい経つ? 0.5秒? それとも、1秒くらい? 多くの情報処理ができるものだな。僕は意外に冷静だった。いや、全身は脂汗でびっしょりだが、完全に追い込まれたことで開き直りの反発力が湧き上がっていた。それは、特別な力ではないだろう。死に物狂いになった生物が発揮する基本的な性能だと思う。カラダの奥底からブーストする「生命力」とでもいうもの。本能とも言える。
もうCPCは基地から発射されただろうか。あれはエネルギーの集束に2秒ほどかかるはずだ。つまり、照射されてから焼き尽くされるまで、若干のタイムラグがある。この状況なら、普通、死ぬ。でも、もしかしたら生き抜けられる。やることは何か。万一の確率に賭けるだけだ。生きるか死ぬか、どちらかしかないのだし、焦っても悪い結果になるだけだ。生きる選択肢を淡々と引き寄せればいいんだ。心は、落ち着いていた。研ぎ澄まされた思考と、躊躇ない判断ができた。僕は、素早く冷静にタッチパネルをなぞった。あとから振り返れば本当に賭けだったし、パネルのキーを一つでも押し間違えていたらと思うと冷や汗ものだった。だけど運よくうまくいって、意図した機能が作動した。
ロボットは力を振り絞るかのように二本の足で立った。足の底からドリル状の杭が打ち出され、地面に深々と捩じ込まれる。反作用を防ぐため、鉄槍のような形をした金属柱が背中から発射され、学校の建物に食い込んで機体をロックする。この間、わずか0.4秒未満。怪獣が、何かおかしいな、という顔をする。しかし、その時には既に、ロボットの腹部から撃たれた6本のアンカーが怪獣を捉えていた。アンカーは鋼製のワイヤーでできていて、銛に似た形状の刃が先端に付いている。カエシが付いており、体に刺さると、容易に抜くことはできない。怪獣は悲鳴を上げ、アンカーを抜こうとする。だけど、遅い、一瞬あれば充分だ。次の瞬間、アンカーがロボットに向かって巻き戻る。ロボットは足からの杭によって固定されている。怪獣はロボットに引き寄せられ、くっつく格好になる。ここまでで0.8秒弱。シートの74番。相手をホールドしキャッチするコマンドだ。ぞわぞわと悪寒がしてきた。CPCの照射が始まりつつあるのか。気のせいだと思おう。どうせ炸裂したら考える暇もなく蒸発するんだから。僕は次の行動に移った。天井を探り、CPCのスイッチの反対側にある白いコックを見付ける。コックに手をかけ、引く。ガチン。片手では手応えがなかった。くそ。両手でしっかり掴み、全体重を預けて、下に向かってジャンプする勢いで引く。――ガチャン! 今度はちゃんと引けた。刹那、突き上げるGがかかり、僕達は上に飛んだ。4メートルロボットには、非常用の射出装置がついている。首から上がポンと飛ぶ格好だ。くるくる回りながら打ち上がるコックピット。胴体だけになったロボットをぽかぽかと殴っている怪獣が見えた。
何をやっても、もう無駄だ。モニター越しに怪獣が口惜しげに、ギャ~~~、と叫んだ。
世界を丸ごと押しのけるような、しゅば、という音がした。
CPCの閃光が炸裂した。
*
ロボットの首は校庭の隅に落ちた。衝撃はさほどなかった。コックピットの自律空間は生きている。
室内は補助電源に切り替わっている。首は上を向いて落ちたので、モニターには空しか映らない。雪がちらつくホワイトノイズの画面。
外の気配は、静かだ。物音は聞こえない。羽前さんは後ろの壁から受話器を引き出して、基地と無線連絡している。オペーレーターのLRと会話してるのだろう。
受話器を置いた羽前さんは、ぼそりと僕に告げた。
嬉しさが感じられないのは、本人も信じられないからだと思う。
「CPCは怪獣に命中し、怪獣は完全に消失したとのことです」
そうか、よかった。僕は湧き上がる安堵で緊張を飲み干すことができた。
炸裂の瞬間は見ていなかったけど、成功したらしい。
僕も手応えはあった。あのタイミングで逃げられることはなかったと思う。
羽前さんがハッチを手動で開けた。
僕達は地面との隙間から、外へと這い出した。
ロボットも怪獣も消えていた。
ロボットが丸ごと蒸発するなんて凄まじい威力だ。
怪獣が居た場所は雪が消え、円形に土が見えていた。
僕は、怪獣のものらしき肉の塊が落ちているのを見つけた。必死に逃げようとしたのだろう。30~40cmの肉片。表皮は真っ黒で、肉はスイカのような赤で、頑丈そうな白い骨が走っていた。尻尾のあたりの肉だろうか?
羽前さんは肉片のそばに手をつき、じっと眺めていた。しばらくそうしていた。敵とはいえ、長いあいだ闘った相手だ。念入りに労わってやる姿にも感じられた。
立ち上がった羽前さんは、何回か息をついた。たまに白い息が起こっては、雪と風に流された。
羽前さんは、僕の所へ来て、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
それは、羽前さんには失礼だけど、とても穏やかな、人間らしい顔だった。
*
僕達はロボットの頭で基地に向かった。
首の両側に車輪が格納されており、雪道を移動するだけならできる。
「途中で電源が切れたら困るね」
「乗り捨てておけば基地のLRが回収してくれます。すでに多数のLRが動き始めています。学校での戦闘の痕跡も消してくれるでしょう」
「……あ」
とか言っていたら、垂直だった座席がぐるりと回転し、本来の位置に戻った。自律空間の機能が喪失したのだ。僕達はリュージュのような仰向けの格好で並ぶことになった。こんな格好で真面目に会話するのは、寝ているみたいで何だか変だ。僕が思わず笑うと、羽前さんもちょっとだけ失笑した。
動力部やモニターの電源は、まだ維持されている。重要な機能に優先して電力を回す仕組みだ。換装視界は解除され、頭頂部のカメラに切り換えて移動している。
モニターには通常の景色が映っている。整然とした一本道だけど、裏通りだろう。賑やかさは皆無だ。点々と建つ街灯。まっしろな道路。人もほとんど見えず、見えても雪に隠れるいつもの景色。
怪獣との闘いが終わったことに誰も気付いていないだろう。
凱旋にしては静かだった。道端に立って祝う人は誰も居なかった。
だけど、たしかに僕達の中には、達成感と幸福感があった。
「ところで、記憶を整理していたのですが、あなたは怪獣が現れる時に黒い円柱が見えると言いましたね。今となっては確かめられませんが、怪獣の出現の徴候を可視化していたとも推測できるのではないでしょうか。普通人にもあたしにも見えないものが見えていたとすれば、それは異能だったのかもしれません、ね」
羽前さんはふと言う。
「異能? 僕が?」
「不気味なものではありません。あなたは塾へ行っていました。眠っていた、神への感度が、呼び覚まされたのかもしれません。塾生だった場合、神などの普通でない者の接近によって感度が復活することはあり得ます。不肖ながらもあたしも、神のはしくれです」
なるほど。だとすると、黒い円柱が見えたのは、僕が塾に行っていた確かな名残りってわけか。しかも、接近した神は羽前さんだけじゃなかった。引込さんも、泉さんもそうなのだ。いくら鈍感でも三人も神が近くに居たら、感度とやらが引っぱり出されてもおかしくはない。
「塾というところは、神への感度を持った子供の才能を伸長させ、顕在化させる施設だったのです」
羽前さんは塾の事を語る。
引込さんも似た話をしていたな、と思う。
僕はすぐに塾をやめたから、塾の内容や目的を全然知らない。
「特に塾が有効な生徒は、[感度を持っているけれど弱い子供]です。ひとくちに言うと、才能に乏しい子供ということです。そのような生徒は、放っておけば枯死する程度の才能しか持っていません。神の能力を発現させるには、塾が手取り足取り指導する必要があるのです。塾は多年の実績と経験から[神の目覚めさせ方]を熟知しています。一方で、神の才能が一定以上である生徒は、塾は必ずしも要りません。放っておいても自然に神に目覚めるケースが多いのです」
途中から、僕は上の空だった。
あり得ないものが、モニターに映っていた。
大量の黒い円柱と楕円体が、爆発的に移動を始めていたのだ。
モニターは、真っ黒だった。
「……羽前さん。今、その物体が見えてるんだけど。ありえないほど大量に」
「――何ですって?」
羽前さんはモニターを観察し……問うように目を開いて僕を見た。
物体の群れは町の低層から中層を覆い尽くしていた。雑然としながらも、ぎっしりとひしめいて、滑らかに動いていた。
町よりも容量の大きいデータが流動している感じ。やがて、物体は完全に、モニターの外へ出た。ロボットを追い抜いて行ったのだ。
胃壁をざらりと撫でられたような不快感がした。
僕はロボットを停めてもらい、ハッチを開け、地面に這い出した。
「あたしには何も見えませんが――」
「居なくなった。あっちの方に」
僕は指差した。――何も見えなかった。いつもながらの雪。
僕はふと、おかしなことに気付いた。
あの黒い物体は、ほかの物をすり抜ける性質を持つ。前に遭遇した時は、僕の体だってすり抜けて行った。けれど今はどうか。ロボットの中には入って来なかった。どうしてなんだろうか……?
「物体が怪獣の前触れだと考えれば、まだ怪獣は存在していることになるのでしょうか?」
最大の懸案である点を、羽前さんはずばりと訊いてきた。
「それは、わからないよ。前触れって決められるほど、検証できてない。だけど怪獣は倒したはずだし……。基地も『倒したのを確認した』って言ったよね」
僕は、一応、反証を並べてみた。
「物体が消えた方へ行き、検証するのがいいかと思いますが、今のロボットでは頼りないですね。間もなく補助電源も切れます」
「首と頭しか無いからね」
僕は場を和ませようとしてみた。胸には不穏なわだかまりがあった。何かが起こるとしたら……。いや、起こらないでほしいと思うしかない。今の物体の量は、桁外れだった。
「基地の前線施設が近いので、まず、ロボットを格納しましょう。基地に行けば色々な備えができます」
羽前さんは切り換えたように言い、ロボットに潜り込んだ。
ロボットに戻った時、無線が入っていた。
焦りを帯びた人間の声が響いた。基地のオペレーターの声だろう。
[消失地点ニ怪獣再出現。繰リ返ス。怪獣再出現。MECCSノ定点観測ニヨル対象ノ画像ヲ送ッタ。確認サレタシ]
羽前さんはパネルを操作し、送信された映像を呼び出した。
[怪獣ハ従前トハ異ナル特徴ヲ有スル模様。同一怪獣カ否カヲ精査中。緊急ニ対応サレタシ]
怪獣画像が、モニターに大写しとなった。
校庭にそそり立つ、山のような影。雪に乱反射するライトが、おぼろげな逆光となり、巨大な影の全体を描き出している。黒いだけの不可解な画像にも思えたが、無機物でないことを示すように、不気味に光る青白い筋があった。
その形は傍の校舎を悠々と見下ろすほどの大きさを持っていた。
それは画像とはいえ、僕が初めて自分の目で見た、怪獣のかたちだった。
「緊急事態ですね。ロボットを降りましょう」
羽前さんはモニターのスイッチを切った。
緊急と言う割には、張り詰めている様子はない。というか、羽前さんがテンパっていたら、ある意味では怪獣よりもインパクトがある。いたってふつうの、いつもの調子だった。羽前さんは僕の背中をハッチへと押した。
「え……って、降りて大丈夫なの? 丸腰で怪獣の所に行くの?」
「違います。ロボットを格納する手間を省くだけです。LRたちにやってもらいます」
僕はロボットから這い出し、羽前さんに従って路地を歩いて行く。
すぐに見知った場所に出た。明るい看板やイルミネーションの列。商店が軒を連ねる道。僕もいつも通る、町の中心的な道路だ。目の前はちょうどハンバーガー屋だった。なるほど、ここに出るのか。羽前さんにき、二階へのラセン階段を登る。
「羽前さん、でも、なんでハンバーガー屋なんて……?」
追い掛けるうち、羽前さんは入店し、カウンターへと入った。
「ここが基地の前線施設です」
カウンター越しに言う羽前さん。
店員さん達は静かに一礼。
「え……前線基地って……ここ!?」
ハンバーガー屋は表向きだったのか。それにしても味もとても良かった。ここが基地なら、ロボットを降りてから三十秒と経ってないことになる。レジの店員さんと目が合った。ライブを見に行く前、ハンバーガーをサービスしてくれた人だ。お馴染みの朗らかな顔。
[ワタシハ、LRノ一人デス。ハンバーガー店舗ノ業務ヲ担当シテイマス]
機械声に変えて声を出してみせた。あいさつに掲げた手首が、異様にシュルシュルと回転している。たしかに普通の人間にはできない動作だ。パテを捏ねるのに役立ちそう……かな。
羽前さんは僕に頷き、厨房の奥に向かった。
店員さんがカウンターを開けてくれた。
「がんばって。『正義の味方』から選ばれた少年。戻ったらまた、サービスしてあげる」
僕は、やわらかい手に肩を叩かれた。店員さんは普通の声に戻ってた。
別の店員さんが、[用具庫]と書かれた扉を、マスターキーで開けた。
中は下に降りる長い階段になっていた。用具庫でないのは確かだ。
「こっちです。ついてきて」
羽前さんは階段を降りて行く。僕も[用具庫]に入った。店員さんがドアを閉める音がした。
遠くが霞むほど長い、銀色の階段だった。頑丈な造りで、ゆとりがある空間。この店……地上二階建てだったよな。休憩室がワープ装置だったり、トイレがタイムマシンだったりしないだろうな。
もしかして4Rもこの店から出動していたんだろうか?
階段を降りるた所に、ゴンドラのような乗り物が待機していた。三~四人乗りだろうか。羽前さんが銀色のカードキーをドアに通すと、ドアが開いた。乗ってくださいと言われ、奥に腰掛ける。体がずぼりと埋まる、ふかふかの銀色のシート。
「ドアを閉めるとすぐに出発します。所要時間は70秒です」
「どこに行くの?」
「基地の本部に向かいます。怪獣を迎撃する別の兵器が用意されています。ここはあくまでも分室です。今はロボットも使えません。居る意味はありません」
羽前さんはスライド式のドアを閉めた。
ゴンドラは無音になり、トンネルの奥へと進んで行った。
発進も加速も感じなかった。まわりには銀色のなめらかな蛇腹が続いていた。延々と本をめくるような不思議な景色だった。
「気のせいでしょうか。最後にモニターに映った怪獣は、巨大化していたように思えました。祐一が見たのは、やはり先触れだったのですね」
いつも根拠立てて話す羽前さんが「気のせい」と言ったのは違和感があった。
わざとじゃないかと思った。実際は、羽前さんは怪獣が巨大化したのを確信している。
「でも、おかしいじゃないか。怪獣は倒したはずなのに」
「倒したのは確実です。基地の観測は誤りません。CPCは命中し、怪獣は死にました」
「じゃあ、どうして」
「推測ですが、別個の個体が出現したのです」
「別の……!?」
「新しい個体は、今までの個体とは質量が違います。あたしが今まで対処してきた怪獣は体長11メートル。今度の怪獣は、その比ではありません。こんな事態は初めてです。どういうわけなのか理解ができません」
羽前さんも初めての経験なのか。まったく謎だ。
……怪獣は、二匹居た?
唐突に閃いた。
根拠もない推測だった。だけど僕は、正しい予感である気がした。
たとえば、今までは小さい怪獣だけが活動していて、大きい怪獣はどこかに潜んでいたとか……。現実的じゃない空想だけど、でも納得できた。
僕は、「新しい」ほうの怪獣と、すでに会ってた気がする。
関山さんと一緒に襲われた時だ。
無我夢中で気付かなかったけれど、あの時見た怪獣の尻尾は、尻尾だけで20~30メートルはあったのだ。体長が11メートルだったら、そんなに尻尾が巨大だろうか? さっき戦った時、モニターで見だけれど、せいぜい10メートルだった。
「怪獣は最初から二匹居た、としたら……?」
「データ上では、怪獣は一匹のみでした。しかし現在の状況は、今までのデータを覆すのは確かです。あたしはイレギュラーな状況に対処しなければなりません。基地に行けば新しい情報が上がっているでしょう。それを参照して出撃します」
「……」
僕は羽前さんの言葉のどこかに違和感を覚えた。
戸惑ったところが様子が全然ないからか。終わった事は終わった事。次の怪獣に集中しているんだろう。すごい精神力だと思った。さすが「正義の味方」だな。
ドアが開いた。ゴンドラが止まったようだ。




