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神と怪獣としての世界  21

 

 *

 

「水平形態(モード)で追尾。祐一は補助を担当して下さい」

「了解」

 4Rは水平姿勢で移動を開始した。

 事前に受けていた襲撃で左足の関節が稼動不能だった。今は通常形態(モード)は取ることができなかった。接近戦は望めない状況だ。

 機動性に関しては、水平モードのほうが勝手がいい。背面に格納された車輪と無限軌道を併用し、雪上を自在に動ける。頭は普通に前を向き、首から下は背泳ぎの姿勢。悪夢的な外見だが、見ている人も居ないし気にしなくていいだろう。あらゆる角度に頭部が旋回可能だから可能な体勢だ。地面に下りた形の機械の尾は、スタビライザーの役割の他、雪に突き立てて舵としても使えた。

 もちろん、コックピット内は自律空間(アブソリュートスフィア)だから、ロボットがどんな体勢でも、水平に保たれる。水に浮かんだ磁石(コンパス)のようなイメージだ。

 ロボットの操作は羽前さんが担当している。三つのパネルを不自由なく操る手際のよさは、さすがだ。シートを一通りなぞり、ロボットのマニュアルを把握しただけの僕には、到底できそうにない動きだった。

「雪で対象を視認困難。換装視界に切り換えます。ウィンドウを変更してください」

「了解」

 僕は該当するボタンを探す……。ロボットの最大定員は二人で、シートベルトも二組備えられているけど、並んで座ると相当狭い。どちらの席からでも全部のタッチパネルを充分に操作できる。緊急出動時の今は、ロボットの動きは最高に複雑になる。二人が同時に操作するのは邪魔に感じる。僕は足手纏いだった。羽前さんは差し障りのない補助的な動作を、たまに指示してくれた。言われたボタンを見つけたので、シートの手順通りに押す。

 窓の景色が変わった。通常の視界ではなく、ブラックスクリーンを基調とした視界表示に変わる。

 この「換装視界」では、全ては図形で表現される。

 地形や自然物は緑の直線と曲線、人工物は青、基地関連の設備は赤、といったように、簡略化した線だけで対象が示される。いわば、ロボットに内蔵された五つのレーダーが捉えている世界を、視覚的に描き出したウィンドウなのである。通常視界では怪獣を視認することは難しいし、雪で視界自体も無い。ならば外界の把握と構成はレーダーに頼ったほうがいい。

 慣れていないと、ただの立体的な青線にしか見えない人家や建物をうっかり壊しそうになるが、そこは羽前さんは慣れているし、ロボットにも多少の自動回避機能があったりする。

 だけど僕には、ロボットが進むだけでおっかない。慣れていないので、ほとんど視界が断絶されてるように感じる。何かに衝突しそうな恐怖があった。

 シートによれば、換装視界には色々なモードがあったはずだ。より現実世界に近い画面、気象条件を可視化した画面、特定要素を排除した画面など、何十パターンにも切り換えられるはずだ。たとえば「雪が無い明神町の景色」をウィンドウに構成する事も可能なのだ。

「画面はこれでいいの?」

「あたしはこの表示を愛用しています。最も簡略な画面ならば、余計なデータを認識しなくて済みます。ノイズ・データの処理時間が命取りになることもあるのです。あたしは外界の風や地面の感触程度ならば操縦席から知覚することができます」

 それは凄いな。

 ただ、この視界になると、羽前さんも集中しているのが分かった。世界との接点は画面だけ。画面から種々のデータを読み取らなければならない。大きく目を開けて画面と向き合っていた。

 画面の中で只一つ、立体的に構成された像が存在した。

 レーダーの位置情報をもとに描画された、怪獣像だった。背景との分別をつけるため、色はダークグリーンで塗られている。二次元の図形的世界にあって、それはまさに、異形。

 怪獣のデザインは、巨大な尻尾の形から自然に推測される姿に描かれていた。立体的とはいえ、おおざっぱなダークグリーンの恐竜型生物、というデザインだ。標的の捕捉をしやすくするための便宜的な像だから、実物とは勿論違うだろう。

 顔は押しつぶされたシュークリームのような醜いグラフィックだった。垂れ目ぎみの恨みがましい目や、不必要に膨らんだ鼻腔は、コミカルさを感じさせた。画面の像からは、現実感も恐怖感も伝わって来なかった。攻撃が当たれば発泡スチロールのように砕けそうにも思えた。僕の実際の体験からは大きく乖離した像だった。とにかく油断は禁物だ。

 怪獣はこちらに背を向け、ロボットとほとんど等速で移動していた。画面の右上に怪獣のデータが表示されている。[height:11m]。ロボットの二倍はある。

 ……それだけしかないのか?

センサーの間違いではないのか。僕の感覚では、尻尾の部分だけでも10メートル以上はあったように思う。

「――実は、怪獣に変化が起きてます」

 羽前さんはバルカン砲で威嚇しつつ言う。怪獣の動きに変化はない。

「力が急激に上がっているのです。以前は、撃退には至らないもののの、破壊は小規模なレベルで安定していました。ですが、ここ数回の出現では破壊規模が拡大しています。もし、今のまま怪獣のパワーが強まると、当地方の存続に支障が出ます」

 怪獣の破壊がエスカレートしている感覚は、僕にもある。

「どうして急に力が上がってるの?」

「どうしてかわかりません。わかれば対処のしようもありますが」

 羽前さんは首を振る。

「祐一が合流したばかりで恐縮ですが、今回は怪獣を捕捉できれば、こちらの最強兵器による攻撃を仕掛けます」

「最強兵器っていうと……『CPC』を使うの?」

 僕は、シートで学んだ知識を復唱した。

 膨大な電磁エネルギーを一点に集束させ、あやゆる物質を一瞬で焼き尽くす兵器。それがCPCだ。

「はい。基地からの遠隔兵器であるCPCで仕留めます。町に破壊が及ぶ可能性を考慮し、今まで使わなかった兵器です。しかしやむをえない状況ですので使用に踏み切ろうと考えます。すでに動作確認を含めたスタンバイを完了しています。CPCの使用には十八秒以上のロックオン時間が必要です。十八秒間、怪獣を一箇所に釘付けにする必要があります。狭い地形に追い込みます。予定場所はうしろの画面を確認してください」

 言われて、僕は振り向く。背面のサブモニターには、怪獣を追い込む場所が、映像と地図で出ていた。

 第五高校が、その場所だった。

 北校舎の真下の地点が赤く点滅していた。

 CPCを撃てば、学校は跡形も無くなるだろう。それはこの際、仕方ないかもしれない。けれど問題は、怪獣を撃退できるかどうかだ。学校を壊すだけになれば最悪だ。

「……ねえ羽前さん、怪獣って、ふつうの生物なのかな?」

「どういう意味です?」

 羽前さんは怪獣との距離を保って追尾する。バルカン砲を背後に打ち込む。命中はさせない。学校の方向へと追い立てて行く。あと、3000メートル。

「怪獣は神出鬼没って言われてるのを聞いたんだ。僕も何度か遭遇したけど、そういう感じはあった。……でも、体長10メートル以上の生物が、突然現れたり消えたりっていうことは、ほんとにできるのかな」

「――確かに、怪獣はその質量からして不自然な移動速度を見せる場合があります。その意味では一般的な生物とは言えないと思います」

 羽前さんは認めた。

「基地のLR分析班による見立てでは、[怪獣は場のエントロピーが一定量に達するごとに姿を現す有機的情報体]と定義されています。エントロピーの集合体であり分配体です。分配は破壊によって実行します」

「つまり……生物じゃない?」

「生物の特徴は明らかに備えていますが、非生物的な習性も見られるということです。当地方の伝承や民話には怪獣と特徴が合致する『鬼』や『物の怪』等の事例が多数挙げられています。ただ、あたしはそのようなあやふやな存在と怪獣が同じものとは思いません。それに、同じような言い伝えは日本国の何処の地方でも見つかりますが、今のところ怪獣が現れたという情報は――」

 羽前さんは急ブレーキをかけた。

 ダークグリーンの怪獣が、こちらに向きを変えた。

 グラフィックの特徴なのか、いつも同じ顔をしている。生きているのか死んでいるのか、半目を開け、口をだらしなく開いた顔。楽しんでいるようにも映る。

 怪獣は反転し、二本の足で向かって来た。体当たりを仕掛けるつもりらしい。

「こちらには来ないで欲しいですね。学校と逆方向です」

 羽前さんは画面の一部を背面モニターに切り替え、後退しながら迎撃する。バルカン砲が怪獣の肩に当たる。傷を負わせるが、肉を抉るまでの威力は無い。怪獣は一瞬止まり、向かってくる。ロボットはなおも後退。

 コックピット内にアラートが響いた。怪獣の肩が変形する。バルカン砲が当たった部分から、ダークブルーの物質が顔を出した。アラートはその部分を赤く光らせ、警戒を促している。ダークブルーの部分は餅のように膨らんだ。怪獣の半身ほどにまで膨らみ……。

 がつがつがつがつ、不快な衝撃音がした。画面の天地が、めまぐるしく回った。

 ロボットが吹っ飛んだのだ。自律空間(アブソリュートスフィア)にもかかわらず、座席は激しく揺れた。ロボットは60メートルほど飛ばされ、仰向けの亀の状態で踏みとどまった。すかさず羽前さんは、体勢を立て直す。

「氷弾です。怪獣の体内には氷弾を産生する機関があると考えられています。氷弾は体表の破壊を契機として射出されます。これだから直接攻撃するのは嫌なのです」

 羽前さんが歯痒そうに言った。怪獣は咆哮し、だらしない口から青白い袋を膨らませた。袋はガムみたいに破裂し、第二波の氷弾になりロボットに注いだ。よく研がれた刃のようなグラフィック。キラキラと反射しながら氷の塊が散る。静謐で奇麗な()だった。しかし、凄まじい威力があることはロボット越しにも分かった。装甲により耐えていたが、車ならば地面まで貫通されているだろう。羽前さんは顔をしかめる。

「町に積もっている殆どの雪が新雪である理由はこれです。圧雪や氷は怪獣の内部に取り込まれていくのです。そのため積雪量は一定に保たれます。薄汚れた重い氷塊はエントロピーの塊です」

「そんなことが? やっぱりふつうの生物じゃないね」

 あれ? じゃあ、もしかして……。

「羽前さん、黒い円柱が空中を泳ぐのを見たことある?」

「いえ、ありませんが。何ですか、黒い円柱というのは」

「僕は、怪獣が現れる場所に黒い円柱が集まって行くのを見たことあるんだ。ひょっとしたら、怪獣と関係があるんじゃないかな」

「――初めて聞く情報ですね。後で詳しく聞かせて下さい」

 羽前さんは一秒くらい考え、意見を保留した。

「作戦を急ぎます。怪獣は突然に消えることがありますが、消失には一定の法則性があります。出現後11分程度は消失したことがないのです。しないのか、できないのかは不明です。しかし、消失される前に捕捉したいと思います」

 なるほど、怪獣のデータの下にある時計は、そのタイマーのようだ。段々と減っている。現在は[4:02]。

「アトミックランチャー」

「了解」

 僕は手順をなぞり、タッチパネルを押す。ロボットは口を開け、まばゆい熱線を照射する。怪獣の傷口を高熱で焼き、氷弾が生まれるのを許さない。怪獣は熱さに悶えた。

 ロボットは熱線を照射しながら後退する。依然、怪獣は追い掛けて来る。ロボットを完全に攻撃対象と認識してしまった。

「こんな時、空中を飛行できれば、怪獣を引きつけて誘導しやすいのですが。今度は飛行のオプションを付けないといけませんね」

 羽前さんは、ひとつ学習したように、頷く。

「回り込んで誘導するしかありませんね。すみませんが、以後の過程はあたしがやります。計器類の把握をお願いします」

 羽前さんは目にも止まらぬ速さでパネルの操作を始めた。

 誘導ミサイルを怪獣の背中に浴びせ、注意を引きながら、ロボットを学校の方向へと転進させる。

 道を塞いでいる人家に躊躇なくロボットを突っ込ませた。

 画面では、緑の図形が破線となり、飛び散った。コックピットには軽い揺れしか伝わらない。

「羽前さん、何を!?」

「迅速第一」

 人家は一軒だけではなかった。

 進路上にあった7~8軒が無音で破壊された。

 わかっていた。ロボットに乗るとは、こういう経験をすることだ。正義の味方に同席するというのは……。

 僕が乗っている時だけ都合良く犠牲者が出ないなんていう展開が、続くわけがない。人間を殺すのは、怪獣だけじゃない。ロボットも凶器になる。

「今までも、こうやって、人を殺したの?」

「殺そうとしたことも、思ったこともないですが?」

 羽前さんは冷たいくらい淡々と言った。だけど、声が震えたのが僕には分かった。

「怪獣との闘いのスケール上、死人が出ることは防げません。闘いが続く限り、死体は累々と生まれます。事実です。ロボットは人を殺しま・・・・・・・・・・

 僕はそのことを薄々気付いていた。本当の正義の味方は人を殺すものだ。正義なんていう大仰な看板を堂々と掲げるには、守る人間のことなどいちいち構う余力はないからだ。

 医者は「※ただし時々死にます」なんて病院の看板には書かない。

 土建屋は「※実は談合してます」なんて書かない。

 銀行は「※たまに損させます」なんて書かない。

 それとおんなじだ。

 看板を出す事は、自分の疚しさを暗黙に認める事だ。

 それでも僕は、羽前さんの口から「人を殺します」って聞いて、カラダ全体が震えた。

 僕はなぜか何処かで、羽前さんが殺人なんかしないと思いたがっていた。糞真面目で、気も使えて、ギャグも解る美人な友達で、それ以外の人ではないと、むやみに願ってた。きっとそれは、僕がふつうな環境を望んでいたからだ。殺人者の友達なんて周りに居て欲しくなかったんだよ。

 だけど現実は、ふつうじゃなかった。怪獣を無意識に作っちゃった子だったり、引き込もりを極め続ける人だったり、正義の味方という名の殺人者だったりした。

どうして僕の「ふつう」の環境は壊れてしまったのか? 根底にあるのは「塾」のような気がした。はっきり言えば、「神」が生活圏内に入って来てからだった。

 神は人間なんて、お構いなしなのだ。「ふつう」なんか、目に入っていない。ふつうの人間や、ふつうの生活の世界を、最初からハミ出てる。神の事情や言い分を淡々と言い募り、人間への説明は、それでおしまいだ。勝手に神どうしで争いを始めたりして、町や地方や住民はオモチャのように巻き込まれる。昔からそうなんだ。

 ロボットは回り込みに成功した。

 攻撃を続けながら、怪獣を引き付ける。

 CPC照射地点まで、2000メートルあまり。


「あたしは普通人とはカラダの仕組みが違います」


 羽前さんは呟いた。

 いつもと違って、別人みたいに重苦しい声だった。

「神となった時、仕組みを変えられたのです。【正義任務をやっていなければ、あたしは第一に生存ができません。】 【第二に生活ができません。】 【第三に幸福ではありません。】 神となる代わりに、その条件を、あたしは永遠に受け入れました。あたしは塾の中でも神の才能に乏しく、そのくらいしなければ、神には成れませんでした。いまは望み通り、神に成れました。【正義の味方・・・・・で居続けなければ死ぬ・・・・・・・・・・、です」

 羽前さんは、子供の玩具を眺めるような顔で、くすりと微笑した。

 僕は体にぞくりと寒気が走った。

 自分の中身が引き抜かれたような、悲しさを覚えた。

「そんな、まさか」

 つまり、怪獣と闘い続けないと死ぬっていうことか? 冗談か? いや、いま冗談を言う理由が分からない。だけど、カラダの仕組みを変えるなんて、そんなことができるのか?

 羽前さんは自分の体を示した。

「あたしはもう人間とは違います。正義設備と融合した存在なんです。あたしのカラダは、基地やロボットと同じく、正義設備の一部です。設備の全体が神の能力なのです。怪獣などの【悪】と闘う機能です」

 正義設備との融合。

 カラダが違うというのは、やはり事実だっていうのか。

 いや、「塾」ならば、きっとできるのだろう。神を育てるノウハウを、「塾」は持っていた。

「神」という少数の人種は、怪獣を造ったり、ロボットを造ったりできてしまう。神の力を持った者が、生身の人間のカラダを保っている必然性は感じられない。神の力に応じてカラダやココロが「進化」させられても不思議はない。

 羽前さんは、頭のてっぺんから爪先まで、【正義の味方】なんだ。

「祐一は、さっき人々と話した時に言いましたね。自分は正義の味方ではない。怪獣を何とかしたいと思っている普通の人間だと。それでいいと思います。あたしは少し残念でしたけれど」

 複雑なコマンドをばしばし入力しながら、羽前さんは、静かに言った。機械的な横顔に微笑が浮かんだ。

「祐一は、普通人にもかかわらず、協力してくれました。あたしの隣に座ってくれました。祐一の決断を尊重してますし、感謝しています。正義の味方であるとかないとかは、祐一には関係ない問題です。あたしたちは、怪獣を倒すために協力できるはずです」

 それは事実だと思う。100%正しい。

 ロボットに乗ることを選んだのは、僕だ。だから僕はここに居る。

 けれど事実を投げられて戸惑っているのは僕だった。僕はロボットでの本格的な仕事にショックを受けていた。ロボットは怪獣を倒すための通常動作をしているに過ぎない。その過程では人が死んでしまう。僕はあたりまえの景色を見ているだけなのだ。あたりまえの事に戸惑うのは、僕がおかしいからだ。

 僕は甘く見積もっていた。

 正義任務も「ふつうに」乗り切れるだろうと思っていた。

僕は世界に「ふつう」を期待していた。

 羽前さんは殺人者じゃない。正義のロボットは人を殺さない。怪獣は円満にロボットに倒される。ふつうの人間の厚かましい期待。

 僕が、間違っていた。

 

 怪獣が咆哮し、のしのしと近付いて来た。火器類で威嚇しながら誘導する。

 タイマーの残りは[2:00]。

 

 とん。

 羽前さんは打ち込んでいた指を止め、体ごと僕を見た。

「『MS(メイシン)』を起動させます」

「……『MS(メイシン)』、を!?」

 僕はまた、背筋が寒くなった。

MS(メイシン)』は、その名から推察できるように、町全体で敵に対処する攻防システムだ。シート番号は最終盤の501。[いかなる犠牲を出しても敵を逃がすわけにはいかないという最後的非常事態に使用する]と、シートには書かれている。

MS(メイシン)』の設備(システム)は町じゅうに有機的に埋設されている。

 起動自体が住民や建物に甚大な被害をもたらす。羽前さんも使った事はないはずだ。

「CPCという最大の兵器を使うのですから、是が非でも怪獣を逃がすわけにいきません。入力決定すれば起動します。最後の手順は祐一にしてほしいと思います。決めて下さい」

 羽前さんは感情から離れた目で僕を見た。

 僕にタッチパネルを明け渡した。

 ……押したら、どうなる。

 大袈裟じゃなく、町じゅうが引っ繰り返る。怪獣の何十回もの襲撃にも匹敵しかねない。

『CPC』で確実に殺すために、『MS(メイシン)』で確実に追い込む。羽前さんは怪獣を絶対にここで仕留めるつもりだ。

「入力の決定」は簡単だ。シート番号でいうと3番。たった5つのキーを決まった順序で押すだけ。

 羽前さんは迷いの無い目をしてる。僕が押さなくても押すだろう。

 正気じゃない、と僕は叫びたい。町を壊しても平気なのか? 人を殺しても何も感じないのか? どうして羽前さんはここまでできるんだ。

 怪獣と闘うことが、【正義の味方(かみ)】の役目だからか? 

 神の役目は、そんなに大切なのか?

「……質問させてほしいんだ」

 ふと僕は、冷静になった。

「羽前さんは、なんで、神になったんだ?」

【怪獣と闘わなければ死ぬ神】。

 みすみす、そんなものになる理由があるんだろうか?

 あるとすれば、その理由は何だ?

「愚問ですね。塾に選ばれた人間なら、誰でも、神に成ることを希望するものですよ。あたしも神に成りたいと希望しました。努力と運に恵まれ、成れました。祐一は神に成りたいと思わなかったのですか?」

「……」

 理解できない答えだった。

 僕は神になりたいと思った記憶は無かったし、どちらかといえば塾にはつまらなさを感じていた。だからすぐに辞めてしまった。神になりたいという塾生の動機は実感できない。そんなに自明なことなのか?

 

 怪獣が打ち出した氷弾でロボットが揺れた。画面には怪獣のざらざらの肌が大映しになった。いつのまにかロボットは止まっていたのだ。

 怪獣は太い手足でロボットを攻撃し始めた。

  

「思わなかったのなら、祐一には神は不要だったのでしょう。――あたしには、必要でした。昔のあたしは、弱い人間でした。自分自身が嫌いでした。当時のあたしは、自分という泥沼の中で、もがいていました。他人から見れば、ひとまたぎで渡れる水溜りだったのかもしれない。しかし、あたしには、世界の全ての重みが降り掛かって来るような、汚れた渦に思えました。あたしは神に成りたかった。自分自身から脱出する力が欲しかった。――あたしは変わりたかったのです」

 ハッキリと。

 羽前さんは自分の言葉でそう言った。

 とてもまっすぐな目だった。会った時から変わらない、飾り気が無い純粋な目だった。

 僕は、人間のひどく生ぐさい動機が、羽前さんの機械的で論理的なベールの裏に封じられていたことを感じた。

 羽前さんは、人間的な、生ぐさくてありきたりで小さい動機を、力で封じたのだ。

 自身が獲得した神の力で。

 基地のシステムやロボット、コックピットの機械類、全部の正義設備が、羽前さんの力の結晶なのだ。もはや、羽前さんを神に仕立てた動機は、厖大な正義設備を動かすスクリプトの一つに過ぎなくなっている。

 羽前さんは初めから変わっていない。会った時も、学校でも、そして今も、素直に自分を現しているだけにすぎない。

 神という、自分の在り方を。

 ずっと一貫している。

 僕は羽前さんと関わり、正義任務に携わるようになった。シートを503枚も学んだ。その学習は遊びか? ちがう。実際にロボットを操縦し、怪獣を攻撃するためだ。最初から分かってる。

 僕は何のためにここに座ってる? 

 どういうわけで羽前さんの隣に居ることになったんだ? 

 この席で僕ができる最大の仕事は、何だ?

 僕は羽前さんのことを、どう思っているんだ?

 神に誘われて、神の手伝いをした僕は、神を嫌いになったか? 普通人じゃないからといって、煙たがったり無視しただろうか? 僕は、しなかった。むしろ、楽しんだんじゃないか? 僕は、ロボットの操縦や、泉さんとの暮らしや、引込さんのライブを楽しんだ。正直なところ、神と一緒の時は、それまでのふつうの生活よりも楽しいイベントが満載だったとすら思える。僕は神によそよそしさも嫌悪感も覚えなかった。むしろ親近感をたくさん覚えたのだ。人間だって、神に同調できるんじゃないか? 神だって、悩んでる。機械なんかじゃない。人間と同じ悩みを抱えている。けれど悩みを打ち明ける相手が居ない。人間達は神の悩みを理解できない。だから神は、ひとりぼっちだ。

 神は、人間だ。

 

 僕は席に座り直し、タッチパネルを叩いた。シート番号の3。5つのキーをなぞる感触は軽かった。

 これで町は取り返しがつかない状況になるかもしれない。たくさんの人が死ぬかもしれない。それを仕方ないなんて思えるわけはない。怪獣を倒すためなんていう理屈はおためごかしだ。怪獣以上の犠牲を出す【正義】のシステムの起動は許されない。でも、僕はやる……。

 いや、いまは、そういう話じゃない。卑屈に理屈をつける場面じゃないんだ。

 反省や、後悔や、罪悪感とかじゃない。逆に、狂気や、怨恨や、開き直りでもない。沈鬱でもないし、爽快感でもない。……ただ単に、僕達には、この流れしか無いのだ。

 そして、『MS(メイシン)』が起動する流れには、僕は満足だった。

 最後のキーを、僕はそっと、押した。


「ありがとう、祐一」

 

 羽前さんの声が聞こえた。どういう顔をしていたか、覚えていなかった。僕は興奮と緊張の極致だった。でも、いつもと違わない、素っ気ない声だったと思う。

 細かい観察より、僕の集中力はロボットの状況へと向いていた。羽前さんはパネルの操作に復帰し、すかさずバルカン砲を打ち込み、怪獣を後退させた。沈黙していたロボットから反撃に遭った怪獣は、面食らったように首をひねった。

 そのとき、衝撃音が走り、地面が鳴動した。

 あたかも怪獣のものと取り違える地鳴り。それは『MS』の起動音だった。[ Meisin Operated Regionally ]――アラート表示が、繰り返し点滅。怪獣は、空気の違いを察したか、ぎょろぎょろとまわりを見ている。

 画面を銀色の構造物が埋めた。

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