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神と怪獣としての世界  20

 ロボットは、うなだれた格好で座っていた。地べたに座る人間みたいだけど、重厚感は人間の比ではない。見上げるくらいのガラクタが道端に聳えている違和感。

「なんだこりゃ」「わからない」「爆発みたいな音がしたから来た」。人々は、喚きながら、情報を飛び交わす。ロボットが衝突したためか、後ろでは火事が起きている。

 ロボットは動かない。目のパイロットランプは消えているように見える。体も黒く煤けている。雪のガスとは違う煙が本体内部から上がっている。軽いダメージではないように見える。中の羽前さんは、大丈夫なのか?

 ずずず、とロボットが体躯を持ち上げた。

 勢い余って、人々に倒れ掛かった。ウワァァァァァ、悲鳴をあげて避ける人々。

 ロボットは顎を突き出す形で前のめりに倒れた。ばふぅ、と雪が舞った。

「なんだこれ、危ねえじゃねえか」「死んだらどうするんだ。このっ、金属野郎!」「町軍の持ち物か? 連絡しろ! 回収に来させろ!」。人々は口々に怒りをぶち撒けた。

 ロボットは故障しているらしい。

 だから立ち上がれず、倒れてしまった。

「――祐一ですか?」

 横たわるロボットから女の子の声がした。

 首の後ろの搭乗口(ハッチ)が開いていた。ロボットは三重構造の隔壁になっている。扉は三枚とも開いていた。

 中から、ふわっと、羽前さんが半身を出した。

「偶然ですね。先程まで襲撃されていたところです」

 学校で会っていた羽前さんはロボット(レプリカ)だ。生身の羽前さんには久々に会った気がした。学校のロボットよりは輪郭が二回りも小さく、やはり人間だからやわらかい印象がある。ダメージを受けている様子はなかった。いつもの羽前さんだった。無事でほっとした。懐かしさがあった。

 すこし会わなかった間に、怪獣の破壊は随分進んだ。全部のエピソードを羽前さんに話したいところだが、多すぎて覚えている自信もなかった。

 僕は群衆を少しずつ掻き分け、ロボットの前に出た。

「羽前さん、大丈夫なの?」

「怪獣の反応は消えています。思ったよりも機体にダメージを受けました。祐一はなぜここに? ――ああ、SNOWBLOOMのライブは今日でしたか」

 羽前さんは淡々と答える。焦っている様子はない。基地に行って機体を修理すれば復帰できるからだろう。僕が渡されたシートにも、ロボットを基地のドックに格納する手順などもあった。

 僕は後ろの二人に言う。

「泉さん、家まで一人で帰ってもらえる?」

「『なぜ?』」

「基地に行く話をしたよね。明日じゃなく、今から行こうと思うんだ。ちょうど僕の仲間に会ったから。……あの人が、仲間なんだ」

 僕は機上の羽前さんを示す。

 泉さんはゴーグル越しに見る。

「『わかった』」

「ありがとう」

 泉さんが断らないのは分かっていた。故障したロボットがここに居るのも、群衆が集まったのも、怪獣が原因だ。この場面に居るのは泉さんにとっても心地いいものじゃないと思う。

 勝手に予定を変えてごめん。でも、早く別れる分、早く家に帰れたらいい。

 帰りたいって思った。

 僕はまた人々の間を潜り、前に行く。

「羽前さん。僕をロボットに乗せてくれ。今から基地に連れて行って欲しいんだ」

「え、今からですか? 四日の期限を設けていたはずです。来るのは18日の予定ですが」

「突然わがまま言ってごめん。でも頼みたいんだ。仕事を手伝わせてくれ。僕は、ロボットに乗りたい」

 明日行くのも今日行くのも同じだ。なら早いほうが僕はいい。それに、怪獣の襲撃の合間を縫って息をつくような生活じゃ、ちゃんと生活している気がしない。羽前さんを一人で仕事させているのも僕なりに忍びないし、協力できることはしたい。

 群衆は、どよめいている。クラスの時と同じだ。ふつうでない場面や会話に過敏に反応する。だいぶ慣れた。

 羽前さんは僕を見た。何も言わなかった。目には色々な感情が揺れ動いていた。……覚悟を問いかける真剣さ。……仕事の危険を案じる気持ち。……僕が加わることへの何%かの期待。

 やがて、羽前さんは言った。

「――わかりました。乗ってください」

 その声は、いつもよりも脆くて、人間的に聴こえた。

 

「おまえらが、怪獣か?」


 誰かが、ぼそっと、言った。

 その呟きが切っ掛けだった。人々の怒号が地ふぶきのように広がった。

「そうだそうだ、そうに違いねえ」

「怪獣はおまえらだったのか!? そのロボットみたいなので、町を壊していたのか?」

「今からどこに行くつもりだ?」

「怪しいやつらだな。何者だ?」

「警察か市役所か町軍を呼べ! 掴まえて連れて行け!」……。

 悪意そのものの怒号だった。人々は、自分達が起こした熱狂で、ますます熱狂した。「ブッ殺しちまえ!!」という過激な声も聞こえた。

 ぱしぃ、ほっぺたで雪がはじけ、冷たい痛みが頭蓋に走った。僕は、雪を拭った。誰かが雪玉を作って投げていた。一人や二人じゃなかった。僕達を雪合戦のマトとでも思っている。足元にはブロックらしき物も投げられた。

「おらこっち来い! この、犯罪者がっ!!」 

 誰かが僕の腕を掴んできた。よく見ると、昼間ここで会ったおじさんに似てる気がした。

 引き倒そうとした腕を、僕は、振り払った。

 この展開は、全部予想できてた。この場所に普通人が居たらどういう行動をとるか、機械レベルの正確さで予測できる。

 僕は、普通人のことは良く分かる。僕くらい普通の世界に浸かり切っている人間は居ないからだ。

 でも僕は、今からちょっと、普通人を離れる。正義の味方を手伝う。今、周りに居る、必ず周りに合わせる普通人とは違う。

 つまり僕は、普通人の中ではわがままなんだ。周りに同調せず、わがままを通したら、普通人からは非難される。それは、当たり前だ。

 当たり前のことに恐れる理由なんかない。

「ノイズは無視して下さい。搭乗を急いで」

 羽前さんは冷たい声で指示した。群衆には目もやらない。やっぱり根っからの「正義の味方」だ。人々の非難で落ち込みかける僕とは違う。

「でも、待って」

 僕は人々に向き直った。

 事実を叫んだ。

 僕達がやってることが怪獣とは違うことを、人々に伝えたかった。

「聞いて下さい! 僕等は怪獣ではありません。このロボットは、戦闘マシンです。一般人を守るようにはできていません。でも、怪獣とは戦えるマシンなんです。興味本位で近付かないでください。戦闘の巻き添えになる恐れもあります」

 知ったことか。脅す気か。許さんぞ。――普通人は耳を貸してくれない。

「何の権限があって怪獣と戦うんだ?」

 という声が聞こえた。

 僕は答えた。

「権限は、ありません。そこの女の子は、もともとできますけど、僕は偶然です。偶然できるから、やります」

 頼んでねえ。すっこんでろ。でしゃばるな。――また雪玉が降り注ぐ。人々の熱中は、危険な段階だった。

 早く搭乗を。羽前さんが頭上から言う。

「――正義の味方気取りか?」

 誰かが言ってきた。

 僕は答えた。

「違います。僕は、正義の味方じゃありません。皆さんと同じです。怪獣を何とかしたいと思ってるだけです」

「うるせえ! 屁理屈を叩くな!」

 その人は雪掻き用のショベルで僕の胴を突いた。肋骨を抉るような痛みが走る。伝わらないのか。

 羽前さんがそのとき僕の手を引いた。

 ロボットから降りて来たのだ。

 僕を搭乗口に連れて行き、無理矢理に昇らせた。

「不毛なことは、しないで」

 突き放すように呟いた。珍しい顔で僕を見た。苦しさと悲しさを押し殺すような顔。

 人々は僕達を掴まえようとした。現場は一層騒然とした。

 その時、青色灯の反射が現れ、徐々に近づいて来た。

 町軍らしきジープが二台、停まった。人々からは歓声が上がった。

 カーキ色の軍用服を着た男性が四人、車から降りた。全員、ヘルメットとゴーグルとマスクで顔を防備している。そして自動小銃を提げていた。

 ザク、ザク、男達は、雪を踏み締めて来た。人々を掻き分けてロボットの前に来た。

[通報があったので急行したが、通報者は?]

 先頭の男が問うた。

「私です! 軍人さん、この二人が怪獣の正体です。……おい、ざまーみろ、お前らのことは通報したからな! 悪あがきもこれまでだ。大人しく連行されろ! このロボットは破壊兵器だそうです軍人さん。こいつらが白状しました」

「おれも聞いたぞ」

「自分も聞きました」

「こいつらがロボットを使って町を破壊していたんです! こいつらを掴まえて下さい。ここで撃ってもいいと思います」

[――ほう、この二人が?]

 男達は僕を観察する。羽前さんを観察する。横たわるロボットを見渡す。

[――戻るぞ!]

 一言、男性は指示する。

 連れの三人は黙って頷き、踵を返した。

 ……どういうことだ? 何もしないで帰るのか? 

 群衆にも動揺が広がっていく。

「ちょちょっと軍人さん、どういうことです? この二人を捕まえないんですか?」

 通報した男が男性に取り縋る。――瞬間。

 軍人の灰色のブーツによる後ろ回し蹴りが男を跳ね飛ばした。

 凍ったように静まり返る人々。

[これが怪獣の正体だと? おまえらの頭は大丈夫か? こんな置物が歩き回って町を壊せるとでも言うのか? こんな子供二人に何ができると思うのだ。破壊の元凶を作り出してでも処分したいという心理は分かるが、度が過ぎると相手にされなくなるぞ。我々は忙しい。町民には冷静な対応と常識的な行動を望む。あまり町軍を愚弄せんことだ]

 四人は引き返した。人々は自ら避け、道を作った。

 ジープに乗った男は、羽前さんに何か頷いたように見えた。羽前さんはそのジェスチャーを確認していた。

「乗ってください祐一。時間と労力の無駄でしたね」

 羽前さんはハッチに入るよう促す。僕は状況が飲み込めなかった。

「えっ、あの……どういうこと?」

「ロボットが町から帰投できない事態など、充分に想定しているということです。町軍内部にLR(ライニングロボット)を潜り込ませるくらいの工作はしています。この町には『怪獣と戦うロボット』など存在しないという事です」

 さすが……羽前さん。普通人側の「基地」とも言える町軍に、手を回していたんだ。

現場は、気が抜けた飲み物のようだった。人々は急激に勢いを失った。どうしたらいいのか相談し、うろたえていた。もう纏まった行動には出ないのは確かだった。僕達を引きずり下ろそうとする人も居なかった。

 黒い円柱が、ザワザワと走っている。

 見えたのは、突然だ。

 無数の円柱の集団が出現した。

 物体は人々の足元をうごめいた。低い空中を飛んでいた。物体の集団は、右からも左からも流れ込んだ。

 一つの方向をめざしていた。

 その先は雪に覆われて視認できないが、ものすごく近いのは確かだ。

「――祐一?」

 羽前さんが訊く。

見えているのは、やはり、僕だけだ。

   

 突然の高周波音。

 空気がひび割れ、地面が震えた。

 これは――。

 黒い巨大な尾が、雪を貫いて落ちた。

 地面にドシンと落ち、ほうきがごみを払うように、次々に人々を薙いだ。

 それはとても、ゆっくりに見えた。

 いや、僕が集中していたので、ゆっくりに見えたのかもしれない。

 泉さんと引込さんが危ないと直感した。

 二人を見ると、引込さんは泉さんを抱きかかえるようにして尻尾の圏外に立っていた。ハリウッド映画であるような、本当にギリギリの圏外だ。尻尾が雪を薙いだ跡からは10センチも離れていなかった。怪獣から攻撃対象と認知されなかったのだとしたら、今ばかりは、引込さんの言う「存在感の無さ」に感謝したい。それとも引込さんは、この景色が前もって見えていたんだろうか。表情には動揺は無い。

 とはいえ、まだ安全ではない。助けに行きたかったが、尾がどっちに動くか分からない。岩の硬さと流体の柔らかさを兼ね備えた巨大な凶器。

 やがて尾の先端は、蛇が巣穴に戻るように、雪の奥へと消えた。……あの根元に、怪獣の体があるはずだ。

想像すると、体が震える。でも、追い掛けなければ。

「祐一、追いますよ」

 羽前さんの声。焦れている様子だった。わかったと僕は答え、最後に外を見た。

泉さんはゴーグル姿で立っていた。引込さんがお茶会の後の気軽さで手を振った。口の形が「がんばって」となぞったように見えた。まわりには人々が散らばっていた。消しゴムのカスのようだ。ふやけたヒジキみたいだ。強烈に、吐き気がした。

 いまさらに、電柱のBGMは止まり、怪獣警報が鳴った。

 尻尾のひと薙ぎが、人々のほうじゃなく、こっちに来ていたら、僕は無事では済んでいないだろう。

 僕は何も考えないようにした。自分をただ、怪獣と戦うだけの塊のようにして、ハッチの内部へと飛び降りた。羽前さんがコントロールパネルを押し、三重の隔壁を閉じた。

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