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神と怪獣としての世界  13

 僕はハンバーガー屋を出て、明神町駅に向かっていた。

 烈しく降っている雪が、とても静かだ。降るほどに周囲に白さと静けさを運んでくる。現在地があやふやに思えるほどだ。通りの名前が書いてある標識ぐらいしか視認できない。頭上の街灯がUFOのようにぼわっと浮かんでいた。

 途中の十字交差点で、引込さんに会った。

 といっても、お互いぶつかるくらいに接近してやっと気が付いた。

「きゃっ……、あら、あなたは祐……二さんでしょうか?」

「そう言うあなたは、引込さんですね」

 引込さんの際立った容貌を間違えることはない。着ている物は今日も夏服のブラウスのみだった。けれど血色は至って良く見えた。

「どこかに寄り道かしら?」

 僕が来た方向を見て、引込さんは言った。学校からまっすぐ帰る時に通るのは、引込さんが歩いて来た道だ。この交差点で二本の道がぶつかる。町の商店街の中心と言える所にある、比較的大きな交差点だ。

「そんなところです。今帰りですか?」

 引込さんは頷いた。この人は放課後から登校する変わった趣味がある。生徒が帰った後の教室で淹れてくれるお茶は、衝撃的においしい。

「寒くありませんか? コート貸しましょうか?」

「ありがとう。でも、大丈夫。ご周知のように、引き込もりが外に出る事は、一大決心なんです。大事業とも言えます。実はこれは、万全の状態でなければ決して出ない意味も含んでいるのです。つまり、外に出ているわたくしは、いつもパーフェクトです。すべてのパラメーターはほぼMAXです。寒くてもへいきです。これを『裸参り効果』と呼んでいますわ」

 引込さんは穏和ながら流暢に言った。その語り口は落ち着いており、失礼かもしれないが引き込もりには思えない。痩せ我慢にも見えなかったし、本当に寒くないのだろう。ところで、裸参りって何だろう?

「それに、きょうは、いいこともありましたし。だからわたくしはいつもより、少し興奮しています」

 と言って引込さんは寄り添うようにして、僕の腕を引き寄せた。むにゅう。胸。胸が当たっている。

 本人の顔を見ると、気にしている様子がまるでない。変な気分になる僕が間違っているような気になる。

 僕は顔と話を逸らす。

「あの、いいことって何ですか?」

「勿論、ここであなたに出会ったのと同じくらい、いいことですよ」

 とてもさりげなく言い、フフ、と笑った。顔が近い。前髪の匂いがする距離。この距離で引込さんの顔を見たことは無かった。

 絶品としか言えない。僕が女でも見とれていたと思う。

 ただの笑顔に見えるその何処かに、ちょっと寒気を感じるぐらい、超然とした奇麗さが光っていた。僕は、詐欺や魔法にも似た感覚を受けた。奇麗さや美しさの大事な部分は、目に映らないのかもしれないって思った。でもそれは不愉快というより、新鮮な発見に感じた。

「途中まで一緒に帰りましょうか。ご自宅は市内なのでしょう?」

「あ、はい」

 引込さんは僕の手を引いて歩きだした。強引ではないけれど、弾んでいるような足どりが感じられた。同調して歩くと、引込さんの軽快な気分も伝わる感じ。

 そういえば何で僕の家が市内って知っているのかな?

 怪獣警報が鳴りだした。

「あら、警報ですね」

 引込さんは呑気に言い、周囲を見る。

 もちろん、何も見えない。警報が鳴る電柱すら見えないレベルで雪に包囲されている。

 僕は身構えたが、警報音のほかには異常な揺れや音は無い。今まで、外で警報が鳴った時、実際に襲われたことはなかった。このまま歩き続けてもいいとも思えた。けれど、この雪の中で歩くのも危険かもしれない。下手するとこっちから怪獣に近付いて行くことにもなる。

 引込さんは、僕の言葉を待つように、首を傾げていた。

 いつもどおり、にこやかな顔だった。

「……あの、警報がやむまで、避難しませんか?」

 僕は避難を提案した。今までのように悠長に警報を聞き流しているより、何かの行動をとるべきだ。咄嗟にそう決断したんだと思う。昨夜の経験。

「うん、いいよ。どこに避難?」

 引込さんはピクニックのように訊いた。

「そこにしましょう」

 僕は、その建物がある方向を指差した。

 この交差点の位置からして……。数十メートルも行かないところに、町にしては大きめな商業施設がある。

 小規模なデパートのような四~五階建ての施設で、方言をもじった横文字の店名があったけど覚えていない。通り道にあるものの、入ったことは一度もなかった。

 屋内に居たから安全とも言えないことは、昨日で経験していた。でも、闇雲に動き回るよりはいいと思った。

 僕達は小走りに近付いていった。雪の上なので、ゼンマイ人形のような固い動きだ。きゃあ、信号無視だぁ。引込さんが、はしゃいでる。この人の心は、お茶が無くても、お茶を飲んでいる時と同じなのかもしれない。

 やがてぼんやりと、建物の入り口の光が見えた。

 僕達は、段差の雪で滑らないよう気をつけて、建物の中に入った。

 それは・・・偶然だった・・・・・

 たまたま、引込さんが僕より少しだけ前に居たこと。

 建物が崩落した。天井が破れ、上のすべてが落ちて来た。コンクリート。ガラス。鉄。プラスチック。ごちゃごちゃに混ざった塊が一瞬で落ちて、積み重なった。

 その真下に居たのが、引込さんだった。

 僕は後ろから、天井が「ばき」と音をたてて破れたのを、見ていた。声をかけようとした。引込さんは、振り向こうとした。いつもの顔。その瞬間、考えられない質量がのしかかり、引込さんを隠した。

 僕は、弾かれるように建物から出た。僕の居たところにも、天井が落ちてきた。雪で滑り、ボールみたいに弾み、道路に尻餅をついた。咄嗟に上を見る。スプーンで掻い取られたプリンのように、建物が崩れるのが見えた。ゆっくりに見えるのは、建物が大きいせいだ。地鳴りなのか、雷なのか、怪獣の音なのか?? 巨大な唸りをあげて建物が崩れてくる。自重で崩壊している。

 ばふ。金属とプラスチックでできた看板が、傍に落ちた。大きさは二メートル近くあった。破片の一個でも当たればただでは済まない。

 僕は反転して駆け出した。景色はスローに見え、顔に当たる空気も、そよそよと、ゆったりしていた。けれど、僕の足もゆっくりしか動かない。体が脳についてきていない。空転するように、必死に足を掻き、建物から離れる。走ってくる車のヘッドライト。すんでのところで、かわす。雪で車もゆっくりなのが幸いした。

 夢中で通りを渡り、路地に駆け込んだ。どろどろどろどろどろどろ。背後に崩壊音が迫ってきた。不気味な質量の音。振り向く暇はなかった。とにかく、走った。

 音を引き離したのが分かった所で、やっと息をついた。

 巻き込まれないで済んだらしい。

 僕は雪まみれだった。

 建物の方向は雪で煙っていた。崩壊の土煙も混じっているのか。複雑な気流が発生しているらしい。雪は逆巻くように舞っていた。

 地鳴りが断続的に響いていた。ここは、まだ危険だ。離れないといけない……。

 でも引込さんが。まだ無事かも。今行けば助かる。一緒に逃げられる。そう思った。

 おかしなことに、心配しか無かったのに、引込さんが危ない状態に陥っている空想すらも浮かばない。

 僕は、建物の方に歩き出した。足がうまく動かなかった。細い園芸用の棒になったみたいだった。きっと僕は今、動転してるんだろう。自分ではふつうのつもりなのに、カラダの反応は鈍い。

 その時、金属を引き裂くような轟音が吹き付けた。

 昨夜と同じ高周波域の音声。

 おそらくは怪獣の発振に間違いないだろう。何度聞いても嫌な音だった。肉が骨から剥がされるような感じ。

 僕はしばらく躊躇し、――それから走り出した。怪獣の姿を見てやりたいと思った。

 もし、怪獣のせいで、引込さんがどうにかなっていたら……その先は考えたくなかった。引込さんが死ぬわけない。僕は、常人離れした奇麗な顔で笑っている引込さんしか、今までに見たことがない。あの人が突然、死んでしまうなんて、ありえるはずがない。

 あっていいはずがないんだ。

 怪獣が、僕にとってのふつうの景色を奪ってしまうのならそれは、おかしすぎる。考えられない。

 ふつうに存在するものが、何処かに奪い取られ、ふつうじゃなくなってしまう。そんなことは、「ふつう」にとって、あっていいわけがない。悲しい、とか、憎い、とかじゃない。常軌を逸してる。怪獣は、ふつうじゃないんだ。居るべきじゃないものだった。そんな、非常識で手に負えないものが存在していたのなら、あらかじめ僕は自分にできる手を打っておくべきだった。そんなことにも、僕は気付かなかった。引込さんが怪獣に巻き込まれるまで、気付かなかった。僕は、僕が許せなかった。……今頃、自分を許せないと思う自分が、とても間抜けで鈍感だったって分かった。

 いや、僕はわざと見ないようにしてきたんじゃないか?

 ふと、そう思った。

 状況は最初から、何も変わっていなかった。

 最初から、怪獣はいた。襲って来てもいた。今と違わなかった。変わった事といえば、羽前さんが転入して来たことくらいだった。

 本当は状況は最初から・・・・・・・・・・深刻なものだった・・・・・・・・

 けれど、僕は、ふつうの生活だけを送った。僕は生活には興味がなくて、だから自分からは何も関わらなかった。与えられた環境を気にせず、観察することもなく、流れるままにした。

 だから、初めから深刻だった状況すら、ありのままに理解していなかった。

 僕は、まわりをふつうに観察することをしなかった。想像力も使わなかった。

「ふつうに生きること」は、そういうことだったから。

 だけど、すこし考えれば、怪獣が自分達を襲うかもしれない事ぐらい、分かったはずなんだ。

 サイレンが響いて、周囲はものものしくなった。寒い色の青色灯を付けた特殊車両が、たくさん集まってきた。町軍の一部だろうか。速やかに現地に急行して来るのは、よく訓練されてる。

 だけどなぜもっと早く駆けつけてくれなかった。天井が崩れる前に引込さんを助けてよ。怪獣が現れる前に怪獣を倒してくれよ。

 カーキ色の軍服を着た男性が4~5人やって来て、僕を獲物か何かのように乱暴に捕まえた。僕は甲羅を掴まれた蟹みたいに、何もできず、ずるずると建物から遠ざけられた。僕は、叫んだ。中に人が……引込さんが……引込さん!! 全員、無視していた。ヘルメットの奥の無表情。気色悪かった。僕はジープに乗せられ、駅に連れて行かれた。

 ロータリーには戦車が整列し、砲身を一方向に向けてた。僕は駅の中に入れられた。一時避難所だから待機していろ、と言われた。

 中にはたくさんの人が座らされていた。まわりを軍服達が固めていた。もちろん自動小銃を持っていた。空気が鉛のように重くて冷たかった。僕は何も考えられず、警報が解除され、電車が動き出すまで、ずうっとぼーっとしていた。 

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