第一章 第一話 レクソンの第四王女と第一王女
アリシアは自室から大広間の前まで歩いてきたものの、扉の前で立ち止まった。それを不可解に思ったのか、イリアが後ろから声を掛ける。
「王女殿下、どうかされましたか?」
一つ深呼吸をして、アリシアはイリアに向かって、「大丈夫」、と返し、扉を開けた。長い白銀の髪を揺らしながら、アリシアが広間に入ると、そこにはクレアシアに紅茶を出している、自分の側付きがいた。
名をサナリエ・アルファイエという。クリーム色の肩までの髪をいつも通り下ろし、メイド服を着こなしている。けれど、サナリエの顔色は青ざめていた。
「クレアシア殿下」
そうアリシアが呼びかけると、クレアシアはやっと彼女の存在に気づいたように、アリシアを見た。
「あら、魔女。いたのね」
魔女。
アリシアをそう呼ぶのは、クレアシア達だけ。
その言葉はアリシアを蔑む呼び方で、クレアシアやその側付き、クレアシアの母、正妃リスティアル・リル・ノーナ・ナヴィアルス、リスティアルの側付きだけがアリシアをそう呼ぶ。
「クレアシア殿下、ここには何の御用で?」
「そんなに気になる?」
「はい。ここにいらしたことは一度もありませんでしたし、それに私を蔑みにきたのなら、もう少し側付きがいることでしょうし」
「へぇ………そう思うのね」
「はい」
「ま、そう思うのも当然ね。でも、その通りよ、魔女」
「では、何をしにきたのですか?」
アリシアはそう言いながら、右腕を肩と水平になるように上げ、人差し指をクレアシアに突き出した。それはアリシアの、魔法陣発動時にとる体制で、それを見たクレアシアは血相を変え、頬が紅潮した。
「魔女、何が言いたいのよ」
「いいえ、何も。ただ………」
アリシアはそこで言葉を区切り、クレアシアを見る。
「ただ、何よ」
「私と、イリア、そしてサナリエのここでの暮らしを奪うのであれば、私は、容赦するつもりはありません。たとえそれで離れ離れになったとしても、後悔なんてしません。選択が間違ってないと、私は思っているので」
「何ですって?」
「クレアシア殿下の思惑なんて、私達には、関係なんてありません。なので、早くここから立ち去って頂きたいのですが」
魔法陣発動時の体制を取りながら、冷たくそう言い放つアリシア。
頬を紅潮させて全身を怒りで震えさせているクレアシア。
そんな二人のやり取りに、イリアもサナリエも気が気ではない。
すると、バンッ、とテーブルをクレアシアが叩いた音が響き、クレアシアが叫ぶ。
「解ったわよ!今日のところはここで我慢してあげるわよ!!でも、私は認めない!貴女が王女だってことも、私よりか優れた魔導士だということも!全部、全部認めないんだから!」
そう言って、クレアシアは大広間からすごく不機嫌に出ていった。
「王女殿下、何故あのようなことを」
そう言ってサナリエが駆けて来る。
「貴女達とは、まだ一緒にいたいもの。クレアシア殿下には悪いけれど、ああでもしないとあの方は立ち去ってくれないでしょう?」
「だからといって、挑発的なあの行動は御止めください」
イリアはそう言いながら、椅子を引き、そこにアリシアが座ると、サナリエが紅茶を出す。
「けれど、私より魔力の低い、あの方に負けるわけにはいきません。この国を護り、ひいては王宮を護る私が、あの方に屈するわけには行かないのですから」
アリシアは紅茶のカップに手をつけ、少しそれを回してから飲む。
そして、イリアを見て、サナリエを見て、アリシアは微笑んだ。