第一章 第九話 召喚、そして訪れる刻
純白の翼を広げ空に佇むその姿は〈舞姫〉の二つ名に相応しい程に美しく、綺麗だとアリシアは思った。けれどその思考を一瞬で頭の中から消し、願いを口にする。
「セレナ。召喚してすぐで悪いのだけれど、彼を貴女の背に乗せて欲しいの」
願いを口にした途端、セレナはテラスへと舞い降りて翼を折りたたむ。
『なら、この口輪を妾に着けて下さいな』
そう言って出現したのは金色の口輪。アリシアはそれを掴むとセレナに取り付ける。
「王太子殿下、セレナなら大丈夫なので乗ってください。………イグドラシル!」
禁断召喚魔法陣を描いた時から上空を飛翔していたイグドラシルを呼び、浮遊魔法を使い背に乗る。
『向かうは国境でいいのだな?』
「ええ。………飛んで!」
その言葉と共に、イグドラシルとは飛翔を開始し、その隣をセレナが駆ける。
「アリシア殿下」
「私は今魔導士としてここにいると先ほども言いました。敬称は付けないで下さい」
「なら、アリシア。この戦いはこの国を落とすためではないことを解ってくれ」
その言葉を聞いて、アリシアはレックスを横目で見るとため息をつき前を見据えた。
「それを判断するのは私ではなく父君様です。私が何かを言うことはありません。それに、貴方がそう願っても私は全てを蹴散らさなければいけません。力を手加減することはできません」
「それは、貴国からの宣戦布告と受け取って構わないのか?」
堅苦しい口調ではなく崩した口調で話し始めるレックス。その声には敵意が混じり今にも斬りかかりそうだ。けれどそれに動揺を見せない、雪を固めて作られたような白銀の彼女もまた、冷静に返す。
「貴方がそう受け取るのであれば、それで構いません。けれど、その時はアルリエナ王国を滅ぼす覚悟で私は戦うまでです。私がやらなければいけないのはこの国を護ること。私に指図できるのは父君様ただ一人だけです」
「だが、こっちの軍には魔剣がある。貴女に勝てるか?」
「魔剣なんて、簡単に砕けます。なんせ、こちらには竜の力を宿した剣があるのですよ?負けるわけがありません」
「だが、将軍は五人で全員が魔剣を持つ。そう簡単に勝てるのか?」
「精霊達の声に、耳を傾ければ勝利は見えます」
無表情で告げるアリシアには、感情がないように感じられ、レックスは怖くも彼女が戦いの道具にされているようで悲しくなった。感情を表に出さず、欲しいものも欲しいと言えず、ただ我慢をして命令だけを聞いていたアリシアの幼い様子がレックスの思考を埋めた。けれどその思考を消し去り前を見据えた。
『見えてきたぞ』
イグドラシルの言葉を聞いたアリシアは、背の上に立ち、背後で魔法陣を展開させる。
「魔法陣展開!」
軍など大勢の人間がいる時などは、単発型などの魔法ではなく広範囲に渡る魔法陣を展開させる。特にアリシアは魔法陣を好んで使う。単発型などの魔法は使うことはあまり無い。
だんだんとハッキリしてきた視界の中に、軍が映る。
アルリエナの国章が入った鎧を身につけた人間の大部隊がもうエレールに近づき、攻撃を開始しようとした。
「止めよ!」
刹那。
アリシアは澄み切った声で辺りを震わせた。
その声を聞いたアルリエナの兵士達は、抜刀した剣を止めた。
そして全ての視線が、白銀の少女に向けられる。