第一章 第九話 召喚、そして訪れる刻
アリシアは王宮の四つの内東に位置するテラスへと駆けて行く。そこには、予期せぬ人物がいた。彼はアリシアに気付くと服装を目にして驚いた。
「妃殿下!?」
アルリエナの王太子、レックス。
アリシアにとっては会いたくはない人物だ。なんせ今から蹴散らしに行くのは、彼の国の軍。つまり、レックスの国の人間を死に追いやるかもしれないということ。
アリシアはゆっくりと歩みを進め、レックスと同位置に並ぶと腰を折り頭を垂れる。
「申し訳ありません、王太子殿下」
アリシアが頭を上げた時に一陣の風が吹き、白銀の髪を靡かせ千早をはためかせる。
「今私は、王太子妃ではなく、王宮魔導士としてここに立っております」
「国境にいる俺の国の兵士達のことでしょう?」
「よくご存知で」
「一応、魔力を持つ身ですから」
「そうですか」
苦笑を漏らしつつ、アリシアは右腕を高々と上げる。すると、元の大きさに戻ったイグドラシルが現れた。
その背に乗ろうとアリシアが歩みを進めると、「待ってくれ」、制止の声がかかり振り向くと、レックスが走り寄る。
「俺も連れて行ってはくれないだろうか。一国の王太子として自国の者の行動の意味を知りたい」
「それはごもっともですが、イグドラシルは貴方を乗せることを良しとはしないでしょう」
『当たり前だ。王族と言えど我が背に乗せるのは巫女のみだ』
ふん、と鼻を鳴らしながら言うイグドラシルに対し、「それは、失礼を」、爽やかに受け答えるレックス。
「ならば、仕方ありません。〈舞姫〉か〈火緋〉を召喚しましょう」
そう言いながらアリシアが伸ばした人差し指に光が集まる。集まった光で空中に巨大な魔法陣を描いていく。
「ちょっと待て!」
「何か?」
「何か?、ではない!禁断召喚魔法陣を使うということだろ!?それに〈舞姫〉と〈火緋〉と言えば、創世竜が従える幻獣の七体の内の二体じゃないか!」
舞姫。
世界創世神話に登場するペガサス族の女帝の二つ名。風を自由自在に操り嵐をも呼ぶと言われるペガサス一の力を持つ。
火緋。
世界創世神話に登場するフェニックス族の王の二つ名。炎を自在に操り自身を炎に包ませ相手に向かって行くと言われるフェニックス一の力を持つ。
どちらも強力な幻獣でこの世の森羅万象の内の風と火を生み出したとされている。
アリシアはその二体の内の一体を召喚しようているのだ。
「つべこべ言わないでください。それにもう、魔法陣は完成してしまいました」
そう言われレックスは真正面を見る。
そこには複雑に入り乱れる完成した禁断召喚魔法陣が浮かび上がっている。
その中心は小さな円に〈舞姫〉と〈火緋〉の属性である風と火の文字が浮かんでおり、アリシアはその円に向かって手を伸ばすと力ある言葉を紡ぎ始める。
「我、創世竜認めし巫女なり。我、汝らに願い奉る。風を持つ汝、火を持つ汝、力を貸し与え賜え。全ては、創世竜の意なり」
その瞬間、風が吹き荒れた。次に澄んだ涼やかな声。
『創世竜が認めし巫女よ。汝、盟約結ぶなら、名を呼べ。ーーーーー召喚の名を』
「汝の名はーーーーーーーーーーセレナ!」
澄んだ涼やかな声に間髪を容れずにアリシアは言葉を紡ぐと、魔法陣が弾け消え、一体のペガサスが現れた。
『お初にお目にかかる、我が巫女よ。妾の名はセレナなり』
アリシアの声に応え召喚されたのは、ペガサスだったのだ。