第一章 第七話 レクソンの王太子妃と、アルリエナの王太子
「ふぅ………」
アリシアが自分で王太子妃の座に就くと宣言した後は、自分が彼女に気に入られようと、必死に貴族の殿方や国の重要職務に就いている殿方が彼女に話しかけていた。その輪から抜け出したアリシアは、王宮の一角にあるテラスに来ていた。
『疲れたのか?』
「当たり前よ。あそこまで人と関わるのは好きじゃないもの。それに、私が殿方に囲まれた途端何処かに行ってしまう貴方に労いの言葉をかけて欲しくないわ」
『ほう?そこまで我を嫌うか』
「別に嫌ってはいないわよ」
呆れた声を出しながらイグドラシルの鼻面を撫でるアリシア。何を言おうが、アリシアがイグドラシルを心から大事に思っているという事実は消えないのだ。
「こんなに楽しい時間、楽しまないいけない、と思いませんか?」
突如として聞こえた声に、アリシアは戦闘体制を取った。イグドラシルも自身の背後で魔法陣を展開させた。
「待ってくれ。俺は貴女に危害を加えるつもりはない」
「なら、姿を現しなさい!」
声しか聞こえなかったため、アリシアもイグドラシルも戦闘体制を解く気にはならなかった。
「解った」
了承の声と共に現れたのは、黒髪に銀色味を帯びた髪と、空を思わせる水色の瞳を持った青年だった。
そして、どこか王族めいた雰囲気を漂わせる青年は、アリシアに歩み寄り、
「お初にお目にかかる、レクソン第四王女陛下。俺の名は、レックス・セル・アルリエ。アルリエナ王国王太子だ」
恭しく頭を垂れ、自ら名乗った。
「王太子殿下がここで何をしておられるのですか?」
「アルリエナ王国の使者として、レクソンに来たのです」
アルリエナ王国の王太子と名乗る彼は、月明かりに照らされて見ると、とても整った顔立ちだった。さすが王族といったところだろう。
「では、晩餐に戻ってはいかがでしょうか」
「貴女が主役なのに?」
「あの場所は、出世に目が眩んだ殿方ばかり。私が王太子妃の座に就いていなければ、私はこの王宮で浮いた存在だったでしょう」
いつの間にか戦闘体制を解いて、アリシアはレックスと話をしていた。
「私は、生まれる前から強力で、膨大なる魔力を持っていたから、王宮魔導士としての天命があったことも、生まれた時からずっと知っていました。その力で過去を見ることも、未来を見ることもできました」
「過去までも!?」
レックスが驚く中、アリシアは冷静に頷いた。
魔導士としての素質がある者でさえ、未来を見ることは困難とされているにもかかわらず、アリシアは過去をも見ることができる。
それは、彼女の技術と魔力があってこそだろう。
「そのため私は、生まれた時からこの国を護らねばなりませんでした。それが魔導士としての天命なのですから。エレールは本来、王宮魔導士十人以上で作り上げるもの。それを一人で作り上げ、この国を護ってきた私には、それ相応の地位を、と考えたのでしょう。その地位こそが、王太子妃、という座なのですよ」
「え………それって、国王陛下の………」
「そうです。少し心の中を覗かせてもらいました。王太子妃の座は、たとえ国王が決めることとは言え、第四王女に就かせる地位ではないので、不思議に思い、魔法陣を展開しました。…………………………そのことを知っていたから、貴方は国王に挑発的になったのでしょう、イグドラシル?」
『まぁな』
「それでその好意に甘えたと?」
月に顔を向けたアリシアに問うと、
「ええ。私がこの王宮内で生き残るためには、それしかありませんから」
当然とでも言うような返事が、月明かりの中で輝く青の瞳と共に返ってきた。