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私はもうすぐ卒業しなければならない。それも二度。
この学校ともおさらばして。それから私は―――――
いい加減、諦めなければならない。
出会いは、高校三年の春。廊下での出来事だった。
その人は、学校でティッシュを配っていた。
***
スッ――。スッ――。
素通りする人々。
…何だろう、あれは。
私は廊下に佇む黒髪の男子生徒を眺めていた。その人の横には大きなダンボール箱。中には何かが詰まっている。
「何? あれ」
「バイトしてるらしいよ―」
私の疑問はヒソヒソ声でささやき合う女生徒によって解決された。
それにしても――――。
学校でバイトすんなよ!!
その根性はすごいとは思うけれど……
見ているこっちが、ものすごく虚しいんだけど…っ!
私は悶絶しながらそれでもじっと眺めていた。
―――それから数分後。
うあああああっ! 誰か貰ってあげなよ! 可哀相じゃんかっ!
泣きそうになっていた。
私は深呼吸をして、一歩足を踏み出す。そして、進もうとして―――――引き返した。
無理無理無理無理! ダメだ、私には無理だ。
へたれでチキンな私には出来そうもない。
心の中ではいろいろと呟いている私なのだが、外見だけで言うと、無表情大人しキャラなのである。
我ながら面倒くさい。
休み時間もあと少し。情けをかけるのならば、今すぐに通らなければ時間がない。
――――さて、
私は手と足を同時に出して行進しだした。なんと、ベタなんだろう。意外性のない女って、世間的にどうなのだろうか、と無駄に考えてみる。
そして、
その人の前に来た。
私の前に無言でティッシュが差し出される。
私は、
―――――――――――素通りした。
なにやっとんねん!!
思わず関西弁でツッコミをいれた。
もちろん心の中で。
う、うわああ、今から引き返して、貰っても明らかに不自然だよなぁ―。
私は廊下にある不自然に出た柱に隠れてその人を眺めていた。先ほどと状況は全く同じだ。
結局私の苦労は、場所を移動しただけという何とも虚しい結果に逢着したのである。
今私は、『大阪のオバチャン』の図太さをとても羨ましく思っていた。
何でも大阪では、配っているブツを数メートル前から目聡く判断し、必要無しと判断されれば素通りし、必要とあらば何度も前を通って取得するのだ。
なんともガメツイ。しかし、こういう人間こそが生き残りやすいと聞いたことがある。
大阪行こうかな。などと考えたところで、開けっ放しの窓から春風が廊下に吹き込んだ。春風というのだから温かい風かと思いきやなんのなんの。
とても冷たい風だった。
それはそう、私に、クシャミをさせる程の。
「ぶわっくしょん!」
あたりは、みるみる静かになった。
無表情大人しキャラ(音無しキャラ)であるところの私はその場で固まる。
「…な、なにあれ?」
「…く、クシャミじゃない?」
き、聞こえとりますよ―! 恨めしい、私の地獄耳。
「か…」
「か?」
「超可愛いんだけど――!」
「え?」
え?
見事にもう一人の女生徒と声がかぶる。もちろん私のは心の声だが。
何言ってんのあの人―! 変な人だ―!
私はプルプルと体を震わせ両の拳を握り締めた。
とそこで、あの男子生徒が手と足を同時に出してこちらに向かって歩きだした。
何だ、この既視感。
そして、予想通り―――――
素通り。
デジャヴ―――――――!
私は思わず叫んだ。
何だあの人! 私と同じか!? 同じ感じなのか?
あれよ、あれよの大騒ぎ。だが、表情には一ミリも出ていない自信はあった。
――――それから、
おお、同志よ! と盛大に叫んだところで現実に引き戻されることになる。
―――違ったのだ。私とは、違った。明らかに、確実に、絶対的に。
その人は、ティッシュ配りの彼は、引き返してきて、私の前でピタリと止まる。
「ん」
そう言って差し出されたポケットティッシュを私は、流されるままに受け取っていた。
「汚い、鼻をかめ」
惚れた。