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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.2 見つめられるドール
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第一章 見えない視線(7)

 練習を終えた二年生バンドのメンバーは、特に一緒に下校する約束をしていない限りは、それぞれの楽器の後片付けを終えた者から順次、帰宅していた。いつも最初に部室を出るのは、初めから部室にセットされているドラム担当のハルだった。塾にも行かなければならないという事情もあった。

 同じように、初めからセットされているキーボード担当のナオも早く後片付けが終わるが、カズホの後片付けが終わるのを待っていたから、二番目に部室を出るのは、ボーカルとたまにサイドギターを担当するレナだった。三番目にカズホとナオ。エフェクターなどの片付けがあるマコトが、部長として、部室の鍵を締めてから、最後に下校することが多かった。

 この日も、ハルとレナが下校した後、ナオはカズホの片付けが終わるのをカズホのすぐ側に立って待っていた。その時、同じく片付けをしていたマコトが突然、声を上げた。

「あっ、いけねえ!」

 ナオがマコトの方を見ると、マコトはミーティング用テーブルの方に移動し、その上にあった封筒を取り上げて、中を確認していた。

「どうした、マコト?」

「山崎に渡さなきゃいけない書類を渡すのを忘れていた。あいつら、まだいるかな?」

 ドアを出て行こうとしたマコトにナオが声を掛けた。

「マコト君、まだ片付けがあるんでしょう。私が持って行きますよ」

「そうか……、すまないな。それじゃあ頼むわ、ナオっち」

 ナオはマコトから封筒を預かり、部室を出た。一年生バンドが使用している第二音楽準備室は、同じフロアで吹奏楽部が使用している音楽室を挟んだ所にあった。

 ナオが第二音楽準備室に入ろうとドアを押すと、中から誰かが出ようとしたのか、ドアが引かれて、ドアノブを握っていたナオは部屋の中に引っ張られてしまい、その出ようとしていた者の胸に顔面をぶつけてしまった。

「ご、ごめんなさい」

 ナオがぶつけた鼻を右手で押さえて謝りながら、見上げるように相手の顔を見ると、新垣が驚いた顔で立っていた。

「……す、すみません」

 新垣も我に返ったようにナオに謝ったが、その後も、ナオの顔を至近距離でじっと見つめていた。

 ナオは、ちょっと後ずさりして、新垣との距離を取ってから、新垣に訊いた。

「あ、あの、山崎君はいますか?」

「あっ、はい。何ですか? ナオ先輩」

 ナオの問い掛けに新垣が答える前に、部室の中にいた山崎が返事をして、ドアの近くにいたナオの側にやって来た。

「あっ、山崎君。これ、マコト君から渡しておくようにって」

 ナオはマコトから預かった封筒を山崎に渡した。

「わざわざ、すみません。ナオ先輩」

「いいえ。それじゃあね」

「はい。ありがとうございました」

 ナオと山崎がやり取りしている間も、新垣は同じ場所に立って、近くからじっとナオを見つめていた。その視線に何か特別な感情を感じたナオは、新垣と顔を合わせることなく、山崎に向けて軽く会釈をして、早足で二年生バンドの部室に戻った。

 二年生バンドの部室に戻ったナオは、山崎に封筒を渡したことをマコトに伝えた。

「ありがとうな、ナオっち」

「ナオ、何だか顔色が悪いような気がするが、大丈夫か?」

 新垣の視線に変な緊張感を感じていたナオにカズホが声を掛けてくれたが、新垣もわざとナオとぶつかった訳ではなく、また、自分の自意識過剰ではないかと考えて、ナオは、カズホに新垣のことを話すことは止めた。

「う、うん、大丈夫。……お腹が減っているからかな」

「ナオっち。お菓子有るけど、食べるか?」

「食べます!」


 部室を出て、カズホとナオはドールに向かっていた。ナオはマコトから貰ったお菓子の箱を両手で持って、ご機嫌だった。

「本当に単純だなあ、お前は」

「だって、このお菓子は今、すごく人気があって、コンビニに行ってもよく売り切れているんだよ」

「そんなにおいしいのか?」

「うん! カズホも一緒に食べようよ」

「飯を食べた後にちょっと食べてみるかな」

「うん、そうしよ! ……あっ、でも、ドールは持ち込みしたお菓子を食べるのはOKかな?」

「良いんじゃね。マスターなら目をつむってくれるって」

「そうだよね。ふふふ、楽しみ~」

 まるで子供のように、はしゃぐナオだった。

「でも、マコトがお菓子を持っているのも珍しいな。どうしたんだろう?」

「マコト君も意外とお菓子好きだったりして」

「いや、マコトに限って、それは無いな。甘い物はあまり好きじゃないって言っていたし……」

「でも、私が、たまたま『お腹が減った』って言ったから、マコト君はこのお菓子をくれたんだよ。だから、本当は自分で食べるつもりで持っていたんじゃない?」

「そう言われるとそうだな。明日、マコトを追及してみるか?」

「ふふふふ」

 その時、ナオは、また後ろから誰かに見られている感覚に襲われて、すぐに後ろを振り返った。しかし、そこにはナオが知っている人はいなかったし、目が合った者も、怪しい者もいなかった。

「どうした? また誰かに見られていた気がしたのか?」

「う、うん。でも、誰もいなかった。……やっぱり、私の勘違いみたい。ごめんなさい。カズホにも余計な心配掛けて……」

「ナオが謝ることはないよ。ナオから相談されることは全然迷惑だなんて思ってないからさ」

「……う、うん。……ありがとう、カズホ」

 これ以上、カズホに迷惑を掛けたくないと思ったナオは、朝から感じていた感覚は、自分の勘違いだと割り切ることにした。

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