第九章 ラスト・ライブ!
池袋ザッパ。
二年生の最後を飾るステージとして、二年生バンドは、このライブハウスを選んだ。
一度、出演していて、勝手が分かっているということもあるが、メンバーにとって、このザッパが、今でも自分達の憧れのステージであることに変わりはなかったからだ。
単独のライブで、観客を飽きさせることなく、二時間近くのステージを務めるということは、自己満足では済まされないクオリティが要求され、演奏だけではなく、MCを含めたステージ上のあらゆる行動をスリリングなものとする必要がある。
今回、出演を許されたということは、二年生バンドがその実力を十二分に持っていると、ザッパのマスターも太鼓判を押してくれたということだ。
午後七時からのライブスタートで、午後四時には、リハが開始される予定になっていた。
三月になって、少し寒さも和らいできたこともあり、メンバーは、ザッパの入口の前で待ち合わせすることになっていた。
ナオとカズホが手を繋いで、池袋駅からザッパに向かうと、同じく手を繋いだレナとマコトに会った。
笑顔でうなずきあった四人は、そのままザッパまで歩いて行った。
ザッパの前には、ハルとミカがいた。
「あれっ、何でミカがいるんだ?」
「何でって、応援に来たんですよ!」
ハルもミカとつき合い始めたことは、まだ、誰にも言ってなかったから、マコトも知らないはずと思っていた。
しかし、根が正直者のハルが、バレンタインデー以降、ずっと、にやけた顔をしていることと、塾があるにもかかわらず、一年生バンドの練習が終わるのを、毎日、その部室の前で待っているハルの行動を見れば、バレバレであった。
「そうか。じゃあ、楽屋にも入るか?」
「良いんですか?」
「ああ、もちろんだよ。もう、来てるのに、一人で外で待ってろなんて言えないよな。ハル?」
「そ、そうだよね」
メンバーが揃って、笑いながらザッパに入ると、バイトをしているショーコが、モップでフロアの拭き掃除をしていた。
「おっ! 来たな!」
「ショーコさん、お久しぶりです」
「おひさ~。ナオちゃんもレナちゃんも、本当、久しぶりだね」
ナオとレナも笑顔でショーコに挨拶を返した。
「何か、二人とも良い顔してやがるな。ナオちゃんは当然として、レナちゃんも何か良いことあった?」
「ええ、すごく」
「何だよ? 教えろよ!」
「秘密ですよ。良いことが逃げちゃうといけないので」
「アタイは人の幸せを取ったりしねえよ!」
ショーコがわめいていると、ザッパのマスターがやって来た。
「ほら、ショーコ君、あっちがまだだぞ」
「へ~い」
ザッパのマスターも、笑いながら、ショーコの背中を押した。
ショーコが、口を尖らせながら、店の奥にモップを掛けながら行くと、二年生バンドのメンバー全員が揃って、マスターに頭を下げた。
「マスター、今日は、よろしくお願いします!」
「いやいや、こちらこそよろしく。僕も君達のライブが久々に見られるのは嬉しいよ」
「ありがとうございます! 早速、セッティングを始めて良いですか?」
はやる気持ちを抑えられないマコトだった。他のメンバーも同じだった。
ライブが始まった。
歌い出しの時、メンバー全員がレナに注目した。
マイクを通して聴こえるレナの声は、生声よりも何十倍も艶やかで、そして力強かった。
PAブースで腕を組んで、ライブを見つめている、ザッパのマスターの表情もまったく変わらなかった。
もし、レナの声が前回よりも酷くなっているとしたら、ザッパのマスターに、今のような笑顔は見られないはずだ。
そして、観客達が、レナの声に酔いしれていることは、誰の目にも明らかだった。
そんなライブハウスの雰囲気が、のし掛かっていたプレッシャーから、レナを解き放してくれたようで、ホール全体にレナの声が鮮やかに響いた。
心の奥底で、レナのことを心配していたメンバー達も、そんなレナの声を聴いて気が軽くなると、全神経を演奏に集中することができ、そんなバックの熱い演奏に、レナの気分も高揚してきて、一層、その声が輝き始めるという相乗効果が出てきて、ライブはいよいよ盛り上がった。
鳴り止まぬアンコールの手拍子がステージと客席に鳴り響くなか、メンバーは舞台の袖にいた。
「レナ! もう歌いたくないか?」
歓声と手拍子にかき消されないように、マコトが叫ぶようにレナに訊いた。
「そんな訳ないじゃない! 歌いたいよ! 歌いたいに決まってる!」
「それがお前の出した結論なんだな!」
「そうだよ! もう、弱音は吐かないよ!」
「みんなは、どうする?」
「続けるさ。体が続く限りな!」
カズホがステージを真っ直ぐに見つめながら言った。
「僕も続けたい! でも……」
ハルが最後、口ごもった。
「今、結論を出す必要はねえよ! 卒業まで、まだ一年ある。ゆっくり考えろ!」
ハルが大きく頷いた。
「ナオっちはカズホと一緒か?」
「分かってるんなら訊かないでください!」
「ははははは、そうだったな」
マコトが振り向いて、レナの顔を見た。
「レナ!」
マコトが左手を差し出すと、レナがその手を握った。
「ナオちゃん!」
今度は、レナがナオに左手を差し出した。ナオはすぐにその手を握った。
そして、カズホを見ながら、左手を差し出した。
カズホもニコニコと笑いながら、ナオと手を繋いだ。
「ハル!」
呼ばれたハルが、カズホの左手を握ると、自分の左手をミカに差し出した。
二年生バンドのメンバーではないミカは、その手を繋いで良いのかどうか迷っていた。
「ミカ! 一緒に来い!」
マコトがミカの顔を見ながら言った。
「で、でも」
「ハルだけ女の子と手を繋いでないなんて寂しいだろ」
「……マコト先輩」
「ミカちゃん、最後だし、一緒に暴れよう! ミカちゃんも知っている曲をするから、私のギターを弾いて!」
「良いんですか?」
「出たくて、うずうずしてるんだろ?」
「は、はい!」
ミカがハルの左手を握ると、二人は微笑みながら見つめ合った。
「さあ、行くぜ!」
マコトを先頭に、ミカまでの六人が、手を繋ぎ、並んでステージに出た。
大きな歓声がホール全体に響いた。
ナオは、カズホと繋いでいた左手に力を込めた。カズホも、ぎゅっとその手を握ってくれた。
全員が、手を繋いだまま、揃って頭を下げた。
(この手は絶対に離れない!)
ナオは、自信を持って、そう思った。
顔を上げたナオ達をスポットライトが眩しく照らしていた。
(みんなで歩いていく!)
ナオには見えていた。手を携えて歩いて行くみんなの姿が。
だから、この六つの音符達は、もう迷子になることはない。
絶対に!
(完)




