第八章 それぞれの恋の形(3)
同じ土曜日の夜。
ナオの誕生日だったこの日、ナオとカズホは、渋谷駅ハチ公前で落ち合っていた。
ナオは、カズホから一緒に遊びに行こうと言われているだけで、どこに行くのか聞いてなかった。
「ねえ、カズホ。どこに行くの? そろそろ教えてよ」
「とりあえず、あのファミレスに入って、腹ごしらえしようぜ」
そこは見覚えのあるファミレスだった。
ウェイトレスに案内されて座った席も記憶にあった。
「カズホ。ここは……」
「ああ、ナオと初めてのデートで来たファミレスだよ。まさか、席まで一緒だとは思わなかったけどな」
「カズホ。……なんだか懐かしいね。もう一年近く前になるんだね」
「そうだな」
オーダーを受けたウェイトレスがテーブルから離れていくと、カズホは、上着の内ポケットから、二枚のチケットを出した。
「ナオ! 誕生日おめでとう!」
「あっ、……ありがとう」
自分の誕生日に渋谷まで遊びに行こうとカズホに言われて、正直、どんなプレゼントをくれるのだろうと期待していたナオだったが、今まで、誕生日の「た」の字も言われなかったことから、自分の誕生日を忘れられているのではと、少し落ち込んでいたが、杞憂だったようだ。
「俺からナオへのプレゼントだよ」
「うん」
ナオがカズホから渡されたチケットを見ると、アリス・クレイトンのライブチケットだった。場所は、前回と同じライブハウスだった。
「これ……」
「ああ。アリス・クレイトンがまた来日してライブをやるって、立花楽器店の店員さんから聞いて、絶対、また、ナオと行きたいなって思って、ナオの誕生日の日を予約したんだよ」
「カズホ……。でも、これ、高かったんじゃないの?」
「正直言うと、そうだな。でも、このチケットを買うって決めて、バイトのお金を貯めて買ったんだ。無駄遣いとは、全然、思ってないぜ。だって、前回のアリスのライブの時にナオが見せてくれた笑顔をもう一回見たいって、ずっと思っていたからな」
「……カズホ」
「前は、黒髪で眼鏡っ娘のナオだったけど、今の金髪で可愛いナオの笑顔も良いだろうなってな」
「……」
「まあ、俺もアリスのライブを久しぶりに見たいって思ってたから、半分は俺得なんだけどさ」
「ありがとう、カズホ。私もアリスのライブを見たかった」
「だろ?」
「うん!」
ライブは前回、同様、素晴らしかった。
カズホもナオも、素直にライブを楽しんだ。
そして、ライブが終わると、二人は手を繋いで、駅に向かった。
あの時の二人は、初めて手を繋いで、ぎこちないカップルであったが、今は、しっかりと手を繋ぎ、体を寄せ合いながら歩いた。
「ナオ」
「はい?」
ナオがカズホの視線の先を見ると、二人が告白をした児童公園があった。
「入ってみようか?」
「……はい」
二人は、前回と同じブランコに座った。
「ここで、私の運命は変わったんだよね」
「俺もだよ。ナオとこうやって、つき合い始めることができたんだからな」
二人は、しばらくブランコを揺らしながら、想い出に浸っていた。
「ナオ」
「はい」
ナオは、隣のブランコに座っているカズホの方に向いた。カズホもナオの方を見つめていた。
「髪は金色に変わったけど、ナオはずっとナオのままだ。俺が好きになった三つ編みで眼鏡っ娘の頃のナオと、全然、変わってない。ずっと、俺の好きなナオでいてくれる。小さくて、泣き虫で、運動音痴だけど、優しくて、素直で、可愛い。そんなナオがずっと好きだ」
「……うん」
ナオの目から涙が溢れてきた。
「ナオ」
「はい」
「俺の夢は話したよな」
「うん」
「でも、俺はナオを養っていけるか、はっきり言って、自信はない」
「カズホ……。私、カズホが私を養ってくれるまで待たないから!」
「えっ?」
「カズホと一緒だったらどんな苦労も苦労なんて思わない! 絶対、カズホの夢を一緒に追いかけるの!」
「夢は叶うとは限らないぞ」
「絶対、叶う! だって、私の夢は、カズホとずっと一緒にいることだけ! それだけ!」
「ナオ」
「だから、カズホは自分の夢をずっと追いかけて! 追いつけなくったって良い! 途中で諦めても良い! それは、カズホが決めたら良い! 私は、カズホについていくから!」
「…………分かった。一緒に追いかけようぜ」
ナオも力強くうなづいた。
そして、勢いを付けて、ブランコから降りると、ブランコに座ったままのカズホの後ろに回り込んだ。
「カズホ。前を向いてて」
ナオの姿を追って、後ろを向いていたカズホは、素直に従った。
ナオは、後ろから体を密着させて、両手をカズホの首に回して、カズホを抱きしめた。
「前からだと恥ずかしいけど、後ろからだと平気」
「はははは、ナオらしいな」
「カズホ」
「うん?」
ナオは、ぎゅっとカズホを抱きしめた。
「私、絶対、カズホの側を離れないんだからね」
「ああ」
「おんぶお化けのように、ずっとカズホの背中に付いて回るんだからね」
「ああ」
「背後霊のように、ずっとカズホに取り憑いてやるんだからね」
「ああ」
「私は、カズホが大好きなんだからね」
「ああ」
「ずっとずっと大好きなんだからね」
「ああ」
「絶対、嫌いにならないんだからね」
「ああ」
「……カズホ」
「うん?」
カズホは、腕を放して少し後ろに下がったナオの顔を、振り返り見た。
「私を、私の全部をカズホにあげる」
「えっ?」
「カズホは、ずっと私を大事にしてくれた。私の嫌がることは、全然、しなかった」
「……」
「私を宝物だって言ってくれた。ずっと守ってくれた」
「……」
「私に微笑みをくれた。幸せをくれた」
「……」
「カズホに私の全部をあげたい。もう、怖くない」
「……ナオ」
カズホも、ナオと向き合って立った。
二人は、ゆっくりと抱き合った。
お互いの目を見つめ合っていると、唇が自然と合わさった。
二人の間には、もう、何も遮るものは無かった。




