表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.7 笑顔も涙も一緒に手を携えて
73/75

第八章 それぞれの恋の形(2)

 同じ日の夕方。

 と言っても、既に、辺りには、夜のとばりおりりていた。

 コートを着込んだレナとマコトは、それぞれがギターのハードケースを持って、駅前に向かって歩いていた。

「レナ?」

「何?」

「許可とか、いるんじゃないのか?」

「そうかも」

「おいおい! 大丈夫か?」

「警察が来たら、高校生なので知りませんでしたって言えば良いのよ」

「お前なあ」

「心配?」

「お前がな。俺は、もう、どうなっても良いけど、お前は、一応、優等生だし」

「ふふふふ、実は」

 レナはコートのポケットから一枚の紙切れを取り出した。

「許可は取ってるよ」

「何だよ!」

「やーい、だまされた」

「何、小学生みたいなこと言ってるんだよ?」

「ふふふふふ、こんな立花麗菜もたまには良いでしょ?」

「ああ、そうだな」

 子供のようにはしゃぐレナを、眩しそうに見つめるマコトだった。


 駅前広場に着いたマコトとレナは、許可書で指定された場所である、シャッターが閉まっている銀行の前で、ギターケースからアコースティックギターを取り出した。

 そして、レナが提げていたトートバッグから、小さな書架のようなスタンドを取り出して、その上にA四サイズの看板を置いた。

 『ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンド! 公開練習中!』と大きく書かれた看板には、小さく、ラスト・ライブの開催予定の場所と日時が書かれていた。

 二人は、コートを脱ぎ捨て、ギターを抱えると、素早くチューニングを合わせた。

「マコト、行くよ」

「おう! いつでも良いぜ」

 レナがピックでカウントを取ると、一斉にギターをかき鳴らし始めた。

 イントロが終わると、レナは、マイクも使わず、生声で歌い始めた。

 いきなり始まった演奏に、駅前を歩き人々も、思わず足を止めた。そして、その数はどんどんと増えていった。

 もちろん、レナのビジュアル的な魅力もあっただろうが、みんなが足を止めたのは、その歌声が心に染み入って来たからだ。

 曲は、二年生バンドで演奏するミディアムテンポの曲を、マコトとレナが共同で、アコースティックバージョンにアレンジし直したものだ。

 レナは、目を閉じて、声量、声の張り、伸び具合、ビブラートなどを、自分の耳と体で確かめていた。

 曲が終わると、レナ達を取り囲むように立っていた観衆から拍手が起きた。

 レナは、深々(ふかぶか)と頭を下げた。

 そして、目尻に少し溜まった涙を頬に伝わらせないようにしてから、頭を上げた。

「レナ」

 後ろからマコトが近づき、声を掛けてきた。

「次の曲」

 しかし、レナは、前を向いたまま、小さな声で言った。

 盛大な拍手は嬉しかったが、自分の声に、まだ、納得ができている訳ではなかった。

 今度は、マコトがアルペジオを奏でだした。

 レナのオリジナル曲のスローなバラードだった。

 ささやくような歌い出しから、次第に声が大きくなっていき、サビになると、冷たい夜空の遠くまで届いているように力強く、かつ艶やかな声が響き渡った。

 人垣ができるほど増えた観客は、息を呑んで、レナの歌に聴き入っていた。

 曲が終わると、大きな拍手が起きた。

「ありがとうございましたー!」

 マコトが叫ぶと、それに呼応するかのように、また、大きな拍手が返って来た。

「レナ、どうだ?」

「もう一回! 次の曲!」

 レナは、後ろを振り向かずに言った。

 自分が納得できるまで、何回でもやるつもりだった。

「良い?」

 レナが、後ろを振り向いて、マコトの顔を見た。

「お前が納得できるまでつき合うぜ」

 レナは微笑むと、また、ギターをかき鳴らしだした。すぐにマコトも跡を追った。


 結局、二時間、レナはノンストップで歌い続けた末、これ以上は、喉に悪いと判断したマコトの意見に従い、帰路に着いた。

「どうだった、マコト?」

「俺は、二時間、レナの声にしびれっぱなしだったぜ」

「本当に?」

「ああ、お前の覚悟は聞いているんだ。今更、嘘を言っても仕方が無いだろ」

「うん。……私の声は確かに変わってる。私には分かる。でも、変わったこの声が酷い声じゃないってことも分かった」

「そうか」

「でも、この声で、ステージに立てるかどうかは、まだ、分からない」

「まだ、納得できてないってことだな?」

「うん」

「じゃあ、納得できるまで、毎日、路上をするつもりか?」

「ううん。後は、軽音楽部の練習で試していく」

「バンドの練習を続けるということは、ライブはやるってことで良いんだな?」

「うん」

「よっしゃ!」

 交差点で信号が変わるのを待っていると、レナがマコトに言った。

「マコト」

「うん?」

「ちょっと、回り道して行こうよ」

「回り道?」

「だって、真っ直ぐ帰ったら、ゆっくり、話す時間が無いじゃない」

「それもそうだな。でも、どこに行くんだ?」

「今日は、星が綺麗だよ」

 マコトが空を見上げると、澄み切った冬の空に満天の星が輝いていた。

「そう言えば、星空なんて久しく見てなかったような気がするな」

「そうだね。マコト、来て」

 レナがマコトの手を取って歩いて行き、川に掛かる橋の縁から河川敷に降りて行った。

 河川敷にいくつか設置されていたコンクリート製のベンチに二人は座った。

「ねえ、マコト?」

「うん?」

「マコトは、いつから私のことが好きだったの?」

「いつからなんて憶えてないくらい昔からだ」

「それじゃあ、どうして、今まで告白しなかったの?」

「……何て言ったって、お前は、ずっと、クイーンだったからな」

「誰が言い始めたんだろうね? 私って、そんなに女王様キャラかな?」

「間違いねえだろ!」

「ふふふふ。マコトが言うのなら、そうなんだろうね」

「ああ、俺なんかじゃ、釣り合わねえ女だよ。お前は」

「だから、告白してくれなかったの?」

「たぶん、そうだな」

「たぶん?」

「自分でもよく分からない」

「……マコトは、私がカズホに告白したことは知ってるよね?」

「ああ、誰からもはっきりとは聞かなかったけど、ちゃんと分かったぜ」

「そうなんだ。それじゃあ、どうして、その時、私をカズホから奪い取ろうとしなかったの?」

「俺がカズホに敵う訳ないだろ。それに、カズホは、今まで会った男の中で唯一、こいつに負けても悔しくないと思った奴なんだ。レナを取られたとしても、カズホなら仕方が無いって思った」

「……本当にそうなの?」

「ああ、マジだ」

「それじゃ、私がカズホに振られたことも知ってるでしょ?」

「もちろん」

「その時に、どうして、私を奪わなかったの? それか……慰めてくれなかったの?」

「あの頃のお前は、俺なんかに慰めてほしいなんて思ってもなかったんじゃないか? お前が、もし俺に慰めてほしいって思ってたら、お前の方から俺にちょっかいを出していたはずだろ?」

「それもそうだね」

「軽音楽部を休部して、ちょっと時間を置くと、勝手に復活してくれると思っていたよ」

「意外と深傷ふかでだったんだけどね。でも、バンドをやりたいって、ずっと思っていたから、少し時間は掛かったかもしれないけど、勝手に復活してたかもしれないね」

「だろ?」

「……なーんか、マコトは、私のことで知らないことは無いみたいね」

「いや、知らないことは、いっぱいあるぜ。風呂に入って、最初にどこから洗い始めるかとか、寝る時の格好とか」

「すけべ! 知ってたら怖いし!」

「ははははは」

「……でも、恋人になるって、そう言うこともお互いに知るってことなんだよね?」

「そ、そうなんじゃね」

「ふふふふふ。顔が赤い!」

「見えねえだろうが!」

「ふふふふ」

 レナは体をずらして、マコトの横にぴったりとくっつくと、その頭をマコトの肩に乗せた。

「マコト」

「うん」

「ありがとう」

「えっ?」

「私のこと、今まで、ずっと守ってくれて」

「まあ、俺が勝手にしてたことだ」

「これからも私のそばにいてくれる?」

「仕方ないだろ。ここまでくれば腐れ縁だ。墓場まで一緒にいてやるよ」

「えっ……、それって、プロポーズ?」

 レナが頭を上げて、マコトを見ると、マコトは本当に焦っているようだった。

「な、なに言ってるんだよ。俺達、まだ高校生だぞ」

「ふふふ。ありがとう、マコト。……私は、マコトに何をしてあげたかな?」

「お前はいるだけで良かったんだよ」

「それだけ?」

「ああ、……もし、これから、レナが俺に何かをくれると言うのであれば、レナの涙をくれ」

「えっ? ……どう言う意味?」

「あの時、お前が言っただろ? 初めて、泣くところを見られたって。確かに、あの時、俺は、幼馴染みという間柄あいだがらから卒業できた気がしたんだ」

「……そう?」

「ああ、だから、お前の悲しい涙も、嬉しい涙も、全部、俺にくれ」

「……何、格好いいこと言ってるのよ! 何かの受け売り?」

 レナは、そう言いながらも、うっすらと浮かんだ涙を指で拭って、マコトの頬になすりつけた。

「はい。あげる」

「……そう言うんじゃないんだけどな」

「ふふふふふふ……、あっ!」

 レナは嬉しくてたまらない笑い声を上げたが、すぐに何かに気がついたように、マコトの顔を見た。

「……マーメイド・ドロップス」

「えっ?」

「……声を失った人魚の涙よ」

「……」

「私にも忘れられない曲ができたかも」

「俺にもその曲を教えてくれよ」

「ううん。その曲は、忘れられない曲だけど、……忘れたい曲でもあるの」

「そうなのか?」

「うん。……マコトとの忘れられない曲は、これから作るよ」

「……そうだな。絶対、作ろうな!」

「うん!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ