第八章 それぞれの恋の形(1)
二月最後の土曜日の正午。
ハルは、池袋駅の改札口の前で立っていた。
初めての女の子との待ち合わせで、約束していた待ち合わせ時間よりも三十分以上、早く来ていた。
しばらくすると、ミカが改札を出て来た。
ミカはハルの顔を見ると、恥ずかしげに俯きながら、ハルに近づいて来た。
「ハル先輩。こ、こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
「お待たせして、すみません」
「い、いや、僕が勝手に早く来ただけだから、気にしないで」
ぎこちない挨拶を交わしたが、その後が続かなかった。
いつもと違って、借りてきた猫みたいなミカだった。
「そ、それじゃ行こうか」
「は、はい」
二人は都心の映画館で一緒に映画を見る約束をしていた。
ハルが先に歩き出すと、セーターの下に着ているシャツの後ろがズボンから飛び出していることに、ミカは気がついた。
「ハル先輩。後ろ、シャツが出てますよ。それ、ファッションなんですか?」
「えっ! ……本当だ! いや、ファッションとかじゃなくて、ちゃんとズボンに入れたのになあ」
「もう、だらしないですよ! せっかくの初デートの日なのに」
「えっ、初デート?」
「あっ、あ、あの……、恋人になれるかどうかを確かめるために遊びに行くこともデートですよね?」
「あっ、どうなんだろ?」
「違うんですか? だったら、何て言うんですか?」
「えっと、……お見合いかな?」
「えっ! お見合いって、結婚が前提じゃないんですか?」
「あっ! そ、そうか!」
「あ、あの、ひょっとして、ハル先輩。結婚まで考えていらっしゃるんですか?」
「え~っ! そ、そんな訳ないでしょ!」
「ぷっ、ふふふふふ、そうですよね。私達、まだ、高校生ですものね」
「そ、そうだよ。びっくりさせないでよ」
「でも、そうなっちゃうかもしれませんよ。何年後かには」
「村上さんは、そうなったら良いって思ってるの?」
「分かりません。それを確かめるために、今日、デートするんです」
「あれっ、何だか話が元に戻っているような気がする」
「ふふふふふ、本当ですね。じゃあ、行きましょうか?」
「そうだね」
一人で歩き出したハルのセーターの背中を、ミカがつまんだ。
「えっ! な、何?」
「一人で行かないでください。今日は、デートなんですよ」
「えっと、どうすれば?」
「そんなことは、男性が考えることですよ」
「えっと、……じゃあ」
ハルはミカに手を差し出した。
「……はい」
その手を繋いで、ミカがハルの横に並んだ。
「ハル先輩」
「うん?」
「ハル先輩の『ハル』は、名前ですよね?」
「うん」
「私のことも、名前で呼んでください」
「えっと、……ミカちゃん?」
「はい!」
ミカは満面の笑みで答えた。
「私もいつか、『先輩』という言葉が外せるようになれば良いなって思ってます」
「そうだね」
「でも、しばらくは『ハル先輩』で」
「うん、分かった」
「…………あー!」
「ど、どうしたの?」
「映画の時間が、もう、来ちゃってますよ!」
「あっ! 本当だ! 急ごう!」
「はい!」
手を繋いだまま、走り出した二人だったが、ミカの方が、足が速くて、ハルを引っ張っていく格好になった。
「ハル先輩! 早く!」
「ちょっと待って!」
のんびり屋の彼氏と勝ち気な彼女には、丁度、良いスタイルなのかもしれなかった。