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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.7 笑顔も涙も一緒に手を携えて
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第七章 歌えないカナリア(2)

 マコトは、立花楽器店への道を走った。

 ぽつりぽつりと冷たい雨が落ちてきた。

 レナに会うことなく、立花楽器店に着いたが、レナは、まだ、家には帰ってなかった。

 マコトは、また、学校までの道を戻りながら、レナが立ち寄りそうな場所を探した。


 二月だというのに、まるで夏の夕立のように雨脚あまあしが強くなってきた。

 レナは、帰り道にある公園の噴水をぐるりと丸く囲むようにしてあるベンチに座り、空を見上げて、シャワーのように顔で雨粒を受けた。

 この涙を誰にも見られたくなかった。自分が、こんなに情けない人間だったなんて想像だにできなかった。

(一回、転んだだけなのに、起き上がることが嫌になるなんて、どれだけヘタレなのよ)

 今まで、偉そうに人に説教してきたことが滑稽に思えてきた。

 大した人生経験もしてないくせに、醒めた目で世間を見続けて、何でも分かっている気になっていた愚かな人形ドールにすぎなかったのだと。

 ドールのマスターの言葉が頭の中に響いてきた。

『レナちゃんは、いつも演技をしているよね。自分の本心を晒すことがそんなに怖いのかな?』

(本心を晒す……。私が今まで本心を晒したのは、……ナオちゃんだけだ)

 ナオとお互いの悩みを告白しあった時。その時以外に自分の本心を口に出して話したことはなかった。

(ナオちゃん以外に本心をさらけ出せる人は? ……どうして、私は、マコトに本心をさらけ出すことが無かったんだろう?)

 レナは、前屈まえかがみになって、自分の太ももに両肘をついて、頬杖をついた。

(私が本心をさらけ出さなくても、マコトは、私から離れていくことはないって思っていたし、実際、そうだった。……それに安心しきっていたんだ)

 レナは、また、背筋を伸ばし、顔を天に向けた。

(いつも一生懸命なマコトを小馬鹿にして、からかって、本気で向き合おうとしなかった私は卑怯者のひとでなしだ。マコトに好きになってもらうだけの資格すら無い)

 冬の雨に打たれて、体が冷えているはずなのに、まったく、寒気を感じなかった。

 もう、どうでも良くなってしまっていた。このまま死んでしまっても良いのかもと考えた。

(私がいなくなれば、ナオちゃんは泣いてくれるだろうな。マコトやカズホはどうだろう?)

 どんどんと視界が狭くなっている気がした。

(私には生きているだけの価値すら無いのよ)

 レナはフラフラと立ち上がった。行く当てもなく、ぎこちなく足を交互に出して、ゆっくりと前に進んだ。

「レナ!」

 聞き慣れた声に無意識のうちに立ち止まり、振り向いた。

「……マコト」

 ギターケースを背負ったマコトが大股でレナに近づいて来た。

「帰ろう」

「どこに?」

「お前の家だよ」

「……何だか、楽器を見るのも苦しい」

「……」

「マコト」

「何だ?」

「マコトはさ、ずっと、カズホと音楽を続けるんでしょ?」

「……いや。カズホとお前と一緒にだ!」

 レナは、自嘲気味な笑みを見せて、首をすくめた。

「私には、マコト達と一緒に音楽を続ける資格なんて無いよ」

「そんなこと、誰が決めたんだよ?」

「私よ!」

「そうだよな! お前は、いつもいつも、自分一人で決めてしまうんだよな!」

「……」

「でも、お前が決めたことは、いつも正しくて、俺は、それに従っていたら良かったんだ」

 マコトが更に一歩、レナに近寄った。

「でもな、今回、俺は従わないぞ! お前は、これからも俺と一緒にバンドをするんだ! これは、俺が決めたことだ!」

「私は従わないわよ! 今の私の声は、マコト達の前で歌うことなんて許されないの! これは、私のプライドなのよ!」

 レナがマコトをにらみ返した。

「どうしてもか?」

「どうしてもよ」

「……分かった」

 そう言うと、マコトは背負っていたギターケースから愛用のギターを取り出し、ネックを片手で持って、逆さに掲げた。

「お前と一緒にバンドができないというのであれば、これは、もう、いらねえ!」

「えっ?」

 レナが止める暇もなく、マコトはネックを両手で握って、ギターを大きく上に振り上げると、ボディをアスファルトの地面に叩きつけた。

「……!」

 呆然と見つめるレナに構わず、マコトは、ネックが付け根部分で折れて、ボディが弦でぶら下がっている状態になってしまったギターを、更に両手で頭上高く持ち上げると、そのギターの残骸を地面に放り投げた。

 壊れたギターは、一度、大きく跳ね上がったが、二・三回回転して、無残な姿で地面に横たわった。

「マコト!」

 レナがマコトに走り寄ると、いきなり、マコトの左頬をビンタした。

「何をやってるのよ! 馬鹿!」

 首を曲げたまま、動きを停止したマコトだったが、すぐに、真っ直ぐに姿勢を直して、レナをにらみつけると、レナの左頬にビンタをした。

 マコトが加減をせずに殴ると怪我をしかねないから、少しは手加減していたはずだが、それでもレナは、足がもつれて、体をよろめかせるほどだった。

 あの、ザッパでのライブで、お互いに頼まれて、ビンタをし合っていたが、それ以外で、レナがマコトから叩かれたことは初めてだった。

「レナの方が馬鹿だ!」

 レナもマコトをにらみ返した。

「……馬鹿はどっちよ! 私のせいで、マコトが音楽を続けないって言うのなら、私は耐えられない! もっと苦しいんだ! マコトは音楽を続けて! …………お願いだから」

 レナは、地面を見つめるようにうつむいてしまった。

「嫌だね」

「……!」

 レナは、顔を上げて、マコトを見つめた。

「俺は、レナに音楽を教えてもらって、ギターを始めた。お前とバンドをすることが楽しくて、嬉しくて、ずっと続けてきたんだ」

「……」

「だから、お前と一緒じゃないバンドなんて考えられないんだよ」

「じゃあ、カズホはどうするの? カズホと、ずっと一緒にやるって、言ってたでしょ! カズホを裏切るの?」

「カズホには、ちゃんと話をした」

「えっ!」

「お前を探しながら、カズホの携帯に電話をした。最悪の場合、俺は、レナと一緒にバンドを辞めるってな」

「……」

「カズホは許してくれたぜ。呆れながらもな」

「……本当に馬鹿だ。……大馬鹿だ」

 レナの顔に流れるのが、雨なのか、涙なのか分からなかったが、その顔を見れば、泣きじゃくっていることが分かった。

「ああ、いつもレナにはそう言われていたからな。分かってるさ」

 レナは、マコトにぶつかるように走り寄ると、両手でマコトの頭をつかんだ。

 そして、少し背伸びをして、マコトにキスをした。

 すぐに顔を離したレナは、マコトの頭をつかんだまま、すぐ近くで、マコトの顔を見上げた。

「マコト」

「おう」

「マコトは、カズホと一緒にギターを続けて! 音楽を辞めるだなんて言わないで!」

「だから、お前が……!」

 マコトの口を、また、レナがキスで塞いだ。

 そして、すぐに顔を離した。

「私も……音楽は続ける」

「……本当か?」

「うん。……とりあえず、ヴォーカルで、もうちょっと頑張ってみる」

「もうちょっと?」

「リハビリ期間が過ぎても、自分が納得できる声が出なかったら、ヴォーカルを続けることは辛いの」

「……」

「ヴォーカルが無理でも、私は、ギターもキーボードも弾ける。それに、詞も書ける。曲だって書ける。楽器屋さんの跡も継げる」

 マコトが少し顔をゆるませた。

「そうだな」

「ライブの企画や運営だってできる。マネージャーだってできる」

「そうだな」

「マコトについて行く。何が何でもついて行く。……良いでしょ?」

「もちろんだ」

 うつむきながら、二、三歩、後ずさりしてから、顔を上げたレナに微笑みが戻っていた。

「何か肩が軽くなった気がする」

「えっ?」

「マコトの前で、初めて泣いたでしょ?」

「……そうだな」

「自分では意識してなかったけど、泣きたくても、ずっと、我慢してたのかもしれない」

「俺の前では、我慢なんかするな」

「うん。……もう、恥ずかしいところを見られちゃったから、我慢する必要は無くなっちゃった」

「は、恥ずかしいところ見られたとか、変な誤解を受けるようなことを言うな!」

「ぷっ、ふふふふ。だって、そうだもん。今まで誰にも見せていない泣き顔を見られたんだもん」

「……俺は嬉しかったぜ」

「……マコト」

「うん?」

「ごめんなさい」

「あ、ああ」

「とりあえず、軽音楽部のみんなとはバンドを続けたい」

「そうか。……分かった」

 丁度、雨が弱くなった。

「雨に濡れるのは、大丈夫なのか?」

「湿気があるから大丈夫だよ、きっと」

「本当か?」

「たぶん」

「はははは、適当だろう?」

「どうだろ?」

「……レナ」

「うん?」

「手術前のお前の声が、すべてじゃないってことも考えてくれ」

「えっ?」

「つまり、声が元に戻ることが、必ずしもベストとは限らないってことさ」

「今の声の方が良いかもしれないってこと?」

「ああ、お前が納得する範囲に、そのことも含めておいてくれ」

「分かった。……もっと、セクシーな声になっちゃったらどうしよう?」

「悩殺ボイスか?」

「マコトの好きなエロ路線に走ろうかな?」

「『俺が好きな』は余計だ!」

「ふふふふふ」

「……俺が知ってるレナに戻ってくれた気がするな」

「……うん」

「レナ」

「うん?」

「きっと、上手くいくおまじないを掛けてやる」

「目が嫌らしい」

 マコトは両手で自分の目を塞いだ。

「そ、そんなはずはねえだろ」

「ふふふふ」

 レナがマコトの手を優しくはずした。

「マコトのおまじないをちょうだい」

「レナ」

「絶対、効くやつね」

「俺のおまじないは、何にでも効くんだよ」

 二人は、ゆっくりとキスをした。

 祈りを込めて――

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