第六章 チョコのサイズは想いと比例する?
入院したレナの手術は無事に終わり、術後、一週間で退院した後も、一週間の自宅療養をすることになった。
その間に、バレンタインディがやって来た。
二月十四日の朝。
カズホとナオは、いつもの待ち合わせ場所で落ち合っていた。
「カズホ。ハッピーバレンタイン!」
ナオは、綺麗にラッピングされた小箱を、カズホに渡した。
「ドールまで渡すのを我慢することなんてできないから、朝一番で渡そうって思って」
「そっか。ありがとう。でも、これ、ナオの手作りなのか?」
「うん。週末に、妹と一緒に作ったの」
「沙耶ちゃんと?」
「自分の分も作るから、ついでだって」
「沙耶ちゃんにも、チョコを渡すような彼氏がいるのか?」
「友チョコだって」
「ああ、なるほど。って、何で俺まで安心してるんだろ?」
「ふふふふ、沙耶が心配?」
本当にほっとしているカズホを見て、ナオも微笑ましくなった。
「ああ、ひょっとしたら、俺の妹になるかもしれないんだからな」
「……えっと、何て返したら良いんだろう?」
ナオも照れてしまった。
「聞き流してくれよ。俺も一人っ子だから、弟とか妹とか欲しかったんだよ」
「そっか、……うん。沙耶にも言っておく。彼氏ができたら、カズホお兄ちゃんにも紹介するんだよって」
「ははははは、そうしてくれ」
二人が学校に向けて歩いていると、通学路に面してある大きな衣料品店の駐車場の隅に、ミカが立っているのを見つけた。道路から少し奥まっている所で、ナオもたまたま見つけたのだが、そのナオの視線の先を追ったカズホもミカに気がついたようだ。
「あれっ、村上じゃないか? 何やってるんだ、あんな所で?」
ナオは、ミカが綺麗にラッピングされた小箱を持っていることに気がついた。
「行こう、カズホ」
「えっ? ……ああ」
ナオは、ミカに声を掛けることなく、カズホとそこを素通りした。
ナオ達に少し遅れて、ミカが待っている駐車場に、ハルが通り掛かった。
ハルの姿を見ると、ミカは小走りにハルに近づいた。
「ハル先輩!」
横から呼ばれるとは思ってなかったハルも、少し驚いてミカを見た。
「お、おはよう」
「おはようございます。ハル先輩」
ミカは後ずさりしながら、ハルに手招きをした。
ハルも何だろうと思いながらも、ミカについて、駐車場の中に入って行った。
通学路から見えにくい場所まで来ると、ミカは後ろに回していた左手を差し出した。
そこには綺麗にラッピングされた小箱が乗っていた。
「ハル先輩。これ」
「何だい?」
「今日、女の子が男の子にあげるものって言えば、一つしかないじゃないですか!」
「今日って……」
つくづく鈍感なハルであった。
「あっ! ひょっとして、チョコレート?」
「そ、その、ひょっとしてです」
「どうして、僕に……。あっ、そうか! 軽音楽部の男子みんなにあげるんだ」
「一応、マコト先輩とカズホ先輩にもあげますけど……」
「どうもありがとう。今まで、女の子から義理でもチョコなんてもらったことなんてないから嬉しいよ」
「義理でも……」
ミカはうつむいてしまった。
「んっ、どうしたの?」
「何でもありません! それじゃ失礼します!」
「あっ! 村上さん!」
ハルが止める声も聞こえなかったように、ミカは、学校に向けて走り去って行った。
ミカが怒る理由がまったく分からなかったハルは、呆然とその後ろ姿を見つめるだけであった。
その日の放課後。
ナオとカズホが部室に向かうと、部屋の前に、ミカが待っていた。
「あっ、カズホ先輩!」
「おう!」
「これをどうぞ! 感謝の気持ちです! あの、ハル先輩とマコト先輩にもお渡ししてますから」
最後の方は、ナオの顔を見ながら言ったミカが可愛くて、思わず微笑んでしまったナオだった。
「ありがとうな、村上」
「いえ、本当に、いつもありがとうございます」
「ミカちゃん、一年生の男子は、みんな、いる?」
「はい」
「私も、一年生男子のみんなにチョコを作って来たから」
「本当ですか? きっと、みんな、狂喜乱舞ですよ」
「そんな大したもんじゃないよ。カズホ、ちょっと、一年生の部室に行って来るね」
「ああ」
ナオと別れたカズホが部室に入ると、マコトとハルがミーティングテーブルに座っていた。
挨拶を交わして、カズホがテーブルに着くと、マコトが訊いてきた。
「カズホ! カズホは、チョコを何個もらった?」
「えっ? ナオと村上からの二個だけど?」
「二十個以上ももらって、俺も食べるのを手伝った去年が嘘のようだな」
「くれた人には申し訳ないが、もらって嬉しい人からもらうだけで良いよ」
「そうか。俺は残念ながら、ミカからだけだ」
「ナオが二人の分も用意しているみたいだぜ」
「本当か? さすが、ナオっちだぜ」
「レナさんが登校してたら、もらえていたんじゃない?」
「どうかな? あいつは気まぐれだから分からねえな。ハルは?」
「僕も村上さんからだけだよ」
そう言いながら、ハルが鞄からミカにもらったチョコを取り出した。
さっき、ミカからもらったばかりで、まだ手に持っていたカズホが、ハルが取り出したチョコと自分の持っているチョコと違うことに気がついた。
マコトも気がついたようで、鞄からミカからもらったチョコを取り出し、テーブルの上で並べた。
ハルがもらったチョコが倍の大きさだった。
「何だ? ハルだけ当たりか?」
「そうだね。どうしてだろう」
「俺とマコトのチョコは同じ奴みたいだな。ハルのだけ特別みたいだぞ」
「こりゃあ、ミカを問い詰めないとな」
マコトが意地悪そうな顔をして言った。
「いや、たまたまだよ。僕は、朝にもらったから、一番、取り出しやすかった、これになったんじゃない?」
そこに、一年生男子にチョコを配ってきたナオが部室に入って来た。
「こんにちは」
「おお! 来た、来た! 天使のナオっちが!」
マコトがわざとらしく大袈裟に叫んだ。
「な、何ですか?」
「恵まれない子羊に愛のチョコを!」
マコトは、頭を下げて、ナオに両手を差し出した。
「バレンタインチョコをせがまれたの初めてです」
呆れながらも、ナオは鞄から、カズホにあげたチョコの半分サイズのチョコを二つ取り出した。
「マコト君、これからもよろしくお願いします」
「よっしゃ! 任せとけ!」
「ハル君、これからもよろしくお願いします」
「ありがとう。これからもよろしく」
二人にチョコを渡したナオは、テーブルの上のサイズの違う二つのチョコに気がついた。
「あれっ、このチョコは?」
「ああ、これはミカがくれたんだ。でかいのがハルので、ちっこいのが俺のだ」
マコトが自嘲気味に笑いながら答えた。
「……ハル君、ミカちゃんから、いつ、チョコをもらったんですか?」
「朝だけど」
「……ハル君! ミカちゃんに、ちゃんとお礼を言った?」
「もちろん」
「何て言ったんですか?」
「えっ? えっと、……義理でも嬉しいよって」
「えっ!」
ナオは、思わず、うつむいて、ため息を吐いてしまった。
「ハル君!」
キッと顔を上げたナオがハルを睨んだ。
「今日、塾は休んでください!」
「はあ?」
「ミカちゃんと一緒に帰ってください!」
「……」
「絶対ですよ! 今からミカちゃんにも伝えて来ますから」
鈍感な男三人は、ナオがどうしてそんなに怒っているのか理解できなかったようだ。
そして、練習終了後。
ナオの働き掛けで、ハルとミカは一緒に帰っていた。
「……」
ナオから言われて一緒に帰ることになったは良いが、何を話せば良いのか分からず、ハルは無言で歩いていた。
時々、横を歩くミカを見ると、何かを言いたげにモジモジしていた。
「えっと、村上さん」
「……はい」
「僕に何か話があるの?」
「話なら、朝、終わりました」
「朝?」
ますます理解できないハルであった。
「チョコをもらった時?」
「……そうです」
「えっと、……ごめん。村上さんが何を言ったのか、僕には分からないんだ」
「私が、直接、言ったんじゃないです。チョコが言ってくれました」
「……」
「私からのチョコなんて、いらないって言うのなら、捨ててください」
「そ、そんなことできる訳ないでしょ!」
「それは義理だからですか?」
「えっ?」
「私に義理立てて、捨てることなんてできないというのですか?」
「……」
「あのチョコは、義理なんかじゃありません」
「えっ?」
「私の、今の私の気持ちです」
「……僕のチョコだけ大きかったのは」
「それだけ、ハル先輩への想いが大きくなっちゃったんです」
「……」
「ちゃんと言います!」
ミカが立ち止まり、横を向いて、ハルを見つめた。
ハルもミカを見つめた。
「ハル先輩!」
「はい」
「私とおつき合いしてください!」
「……えっ?」
「聞き直さないでください!」
「……でも、どうして?」
「ハル先輩の優しさに触れていると、何だか、すごく気持ちが良いんです」
「……」
「確かめてみたいんです。ハル先輩ともっと仲良くなれるかどうか」
「……」
「だから、まずは、私とおつき合いしてください」
ミカは目をそらすことなく、ハルを見つめた。
「村上さんと僕なんかじゃ、全然、釣り合わないよ。僕なんて」
「ハル先輩!」
「はい」
「それを確かめるんです! おつき合いしないと分からないじゃないですか! 私の方がハル先輩に相応しくない女なのかもしれませんよ」
「そ、そんなことはないよ! 絶対に!」
「何度も同じことを言わせないでください! それを確かめたいんです!」
まるで先輩後輩が逆のような二人だった。
「ハル先輩、……返事をください」
ミカは深くうつむいた。
ハルは、ミカが泣いているように思えた。
いや、確かに泣いていた。
ハルも泣いているミカを見るのは初めてだった。
相手が先輩であっても、ずばずばと物を言うミカであったが、バレンタインディとはいえ、女性の方からここまではっきりと告白するには、相当な勇気がいったはずだ。
ハルは、今頃になって、ミカの気持ちに全然気づかなかった自分が恥ずかしくなった。
「村上さん」
ハルはミカに右手を差し出した。
「こんな僕で良ければ」
ミカはうつむいたまま、その手を握った。
「よろしくお願いします」
ミカの涙声とともに、こぼれた涙がハルの手に落ちた。




