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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.7 笑顔も涙も一緒に手を携えて
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第五章 初めて折れた心

 翌週の月曜日の放課後。

「どうしたんだ、レナ? 風邪か?」

 マスクをして部室に入って来たレナにマコトが訊いた。

「うん、喉の調子が、ちょっと悪くてさ」

「今、風邪が流行はやってるみたいだよ。熱とかは無いの?」

 レナがいつも必要以上に頑張ってしまうことを知っているナオも心配だった。

「ありがとう、ナオちゃん。熱はずっと平熱。だから、そんなに心配しないで。今日の練習が終わったら、早めに寝るよ」

「レナ、あまり無理するなよ」

「分かってる」

 マコトの忠告も右から左に受け流したレナだった。

「ラスト・ライブに向けて、そろそろ気合いを貯めないとね」

 ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンドは、三月に池袋ザッパで単独ライブをする予定にしており、それは高校二年生としては最後になる、自分たちにとって、節目のライブという意味で、「ラスト・ライブ」と呼んでいた。

「そうだな。よし! そろそろ練習するか?」

 みんなで話し合いながら、オリジナル曲のアレンジをしていき、実際に演奏してみて、その完成形を模索していくという作業が始まった。

 もう、十か月以上も一緒にバンドをしている今のメンバーの間には、遠慮というものは無く、それぞれが意見を言い、それを最初から否定することなく、必ず、音を出して試してみるというスタイルが定着していた。

「よし! さっきのバージョンでやってみようぜ!」

 キーボードをストリングスから生ピアノ風に変えて、ギターがアルペジオを奏でるバラードで、レナの艶やかな歌声が部室に響く……はずだった。

 ナオは、レナの声がおかしいことに気がついた。

 全然、声が出てないことは明らかだったし、少し、かすれているようにも思えた。

 異変に気づいたのは、ナオだけではなかった。メンバー全員が気づいたようだが、演奏を止めることなく、最後まで演奏は続いた。

「レナ」

 演奏が終わると、マコトがレナに厳しい目を向けた。

「喉の調子が悪いのは、少しどころじぇねえだろ?」

「……やっぱり、ばれるよね」

 レナは、ばつが悪そうに、舌を出した。

「当たり前だ! 何年、レナの歌を聴いてると思ってるんだよ」

「……うん、ごめん」

「いや、怒ってる訳じゃなくて、心配してるんだよ」

「……」

 レナの落ち込んでいる姿を初めて見たナオは、喉の調子がかなり悪いのに、無理をしているのではないかと思った。

「レナちゃん。本当は、すごく喉が痛いんじゃない?」

「……少し」

「いつから?」

「先週の金曜日くらいかな」

「病院には行ったの?」

「……行ってない」

「何で行かないんだよ!」

 マコトが本気で怒っていた。それは、レナのことを本気で心配しているからに他ならなかった。

「……怖いんだよ」

「えっ?」

「もう、歌っちゃ駄目だなんて言われることが怖いんだ」

「……そ、そんなことは、医者に診てもらわないと分からないだろ!」

「……」

 ナオは、いつも、みんなを茶化しながらも元気にしてくれて、ぐいぐいと引っ張って行ってくれるレナの元気の無い姿を見ることが辛かった。

「レナちゃん! レナちゃんらしくないよ! どうしちゃったのよ?」

「……ナオちゃん」

「レナちゃんから、誰も歌を奪える訳がないじゃない! 心配なんてするだけ無駄だよ! もったいないよ!」

「……うふふ。ナオちゃん、ありがとう。説得力無いけど、ちょっと、元気が出たよ」

「う、うん」

「みんな! 今日の練習は中止だ!」

 マコトがギターをスタンドに掛けながら、みんなに言い渡した。

「レナの奴、子供みたいに病院に行くのが怖いなんて言ってるから、俺が腕を引っ張ってでも連れていく!」

「何、言ってるのよ! 一人で行けるよ!」

「嘘吐け! 今日もこのまま家に帰ろうと思ってたんだろう? そのうち治るって、勝手に思ってたんだろ?」

「だから! ……これから、ちゃんと病院に行って来る。明日の朝、結果をみんなに知らせるから」


 次の日の朝。

 二年生バンドのメンバー全員は、いつもより早く登校して、部室に集まり、レナの検査結果を聞いていた。

「声帯ポリープ?」

「うん。……ライブで、ちょっと張り切り過ぎちゃったかな」

 茶化そうとするレナの目は笑ってなかった。

「念のため、組織検査はするけど、悪性ではないみたい」

 病気のことはよく分からないナオも、とりあえず「悪性」ではないと聞いて、少し安心をした。

「よく分からないけど、ポリープなら切ったら良いだけじゃないのか?」

 マコトが、みんなを代表して訊いた。

「もちろん切れば良いんだけど、喉にメスを入れると、声が変わっちゃうかもしれないって」

「……必ず、そうなるって訳じゃねえんだろ?」

「うん」

 ヴォーカリストにとって、声は命だ。自分の思い通りの声が出せなくなることを心配するレナの不安は痛いほど分かった。

「心配するなって! 絶対、治るに決まってるだろうが!」

「どうして言い切れるの?」

「……どうしてもだ!」

「……ふっ、ふふふ」

 マコトの根拠の無い慰めに、力なく笑うしかなかったレナだった。

「と、とにかく、今のまま、何もせずに、放っておくことはできないんだろ?」

「うん。投薬治療もできるみたいだけど、治療時間が長く掛かってしまうみたい。それに治っても声が変わるかもしれない恐れがあることは、切った時と同じみたい」

「それじゃあ、一気に切った方が、声を出せない時間が短いってことか?」

「そうね。私の喉がどうなるかは、神様だけが知っているってこと」

「結果が同じなら、切るしかないだろ!」

「マコト君! レナちゃんの体なんだから、レナちゃんが決めることですよ!」

 ナオは、思わずマコトに言い返してしまった。レナがまだ迷っていることに気づいたからだ。

「やっぱり、喉にメスを入れることは怖いんだ。でも、薬で治そうとすると、時間が掛かる上に、やってみても、薬が効かなかったということもあるみたい。その間の時間がすごくもったいない気がする」

 レナが力なく話した。

「レナちゃん。どんな治療をするかは、レナちゃんが決めるべきだよ。だって、レナちゃんの体なんだから。でも、私達は、治療を終えて、レナちゃんが帰ってくるまで待ってるから。時間が掛かったって良いよ」

「ナオちゃん。……うん」

「……ナオっちの言うとおりだな。駄目だな。何、焦ってるんだろうな、俺? レナの体のことより、バンドのことを考えてたのかもしれねえ。すまねえ、レナ」

「焦ってるのは、私も同じだよ」

「……レナ。とりあえず、バンドは、しばらく休め! どっちにしろ、治るまでは、歌は禁止だ!」

「……うん」


 その日の放課後。

 カズホとナオは、軽音楽部の部室に向かっていた。

 やはり、レナのことで、気分が沈んで、二人とも口数が少なかった。

「カズホ」

「うん?」

「今日、練習をお休みさせて」

「えっ?」

「レナちゃんと一緒に帰りたいの」

「……」

 以前に、急に練習を休むと言ったことで、カズホと喧嘩をしたことが思い出され、ナオは少し不安になった。

「駄目?」

「駄目な訳ないだろ。どうせ、レナが戻らないと、ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンドにならないんだからな。その上、ナオが抜けても影響は無いよ」

「だよね」

「何が『だよね』だよ」

 カズホもナオの気持ちが分かっているはずで、微笑みながら言った。

「えへっ。じゃあ、今日は寂しいかもしれないけど、晩ご飯も一人で食べてね」

「分かったよ。ほら、早く行かないと、レナは帰っちまうぞ」

「うん。じゃあね!」

「ああ」

 カズホと別れて、立花楽器店への道を小走りに行くと、一人で歩いているレナの背中が見えた。

 ナオがレナに追いつくと、レナはびっくりしたような顔でナオを見た。

「どうしたの、ナオちゃん?」

「一緒に帰ろう、レナちゃん」

「えっ! 練習は?」

「お休みさせてもらった。ちゃんと、カズホのお許しももらったよ」

「ふっ、ふふふふ。そうなの? じゃあ、安心だ」

「でしょ?」

 二人は並んで歩き出した。

「そう言えば、ナオちゃんと二人で並んで帰るのって、あの時以来かな?」

「あの時? ……ああ、そうだね」

 まだ、ナオが三つ編みにしていた頃、レナに誘われて、レナの自宅に行った時のことを、ナオは思い出した。

 まだ、友達というようなつき合いもしてなかったが、お互いの悩みを打ち明け合って、親友となった、あの日。

 ナオは、その時からレナのことが大好きになり、その後も、いつも助けてもらっていたレナに、いつか恩返しをしたいと、ずっと考えていた。

 今が、まさしく、その時だと思った。

「レナちゃん。私は、レナちゃんの声が好き」

 唐突なナオの台詞に、少し戸惑ったレナだったが、ナオが言いたいことは、すぐに分かったようだった。

「……ありがとう」

「レナちゃんの歌が好き」

「……うん」

「でも、他にも、好きなヴォーカリストは、いっぱいいるよ」

「……知ってる」

「レナちゃんの声が変わったとしても、それは、新しいレナちゃんになるだけだと思う。劣化するんじゃなくて、進化するんだよ」

「……」

声質こえしつとか声量が違ってくるかもしれないけど、歌唱力とかには関係無いんでしょう?」

「そうだと思うけど」

「だったら、私は、新しいレナちゃんを楽しみにしたい。今までと違う、新しいレナちゃんを! 私は、きっと、新しいレナちゃんの声も好きになるはず!」

「……ナオちゃん」

「だから、……だからね」

「うん?」

「…………」

 ナオは、レナを慰めようとしたのに、元気の無いレナを見て、悲しくなってしまった。

 言葉をつなげようとしたけど、何を言って良いのか分からなくなってしまい、言葉の代わりに涙が出てきて、止まらなくなってしまった。

「……ナオちゃん?」

「レナちゃん、あの、……あのね」

「……ナオちゃん、分かったから」

「……」

「ナオちゃんが言いたいことは分かったから」

「……ごめんなさい。レナちゃんを力づけようと思ったのに、また、私の方がレナちゃんに助けられるなんて」

「そんなことないよ。ナオちゃんの気持ちは、ズンッて、私の心の中に落ちて来たから」

「……レナちゃん」

「……私、手術を受けるよ」

「本当に?」

「うん。ナオちゃんをこれ以上泣かせたくないからさ」

「……レナちゃん」

 ナオは、思わずレナの腕を取り、二人は腕を組むようにして歩いた。

「こんなところをカズホに見られたら、嫉妬されそうだなあ」

「たまには、カズホに嫉妬させたら良いの」

「ふふふふふふ、そうだね。たまには良いよね」

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