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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.7 笑顔も涙も一緒に手を携えて
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第四章 ドールの想い出

 二月最初の土曜日。

 空には、三日月が浮かんでいたが、街灯で明るく照らされている商店街を行き交う人々も、まだ、大勢いた。

 ドールのドアに付けられたベルが鳴り、客が来たことを知らせた。

「いらっしゃい」

「こんばんは」

 カウンターの奥で立ち上がったマスターは、少し意外そうな顔をした。

「あれっ、レナちゃん。どうしたのかな?」

「客で来たのに、どうしたのかなって」

 レナは、いつものシニカルな笑みを浮かべながら、カウンター席の一番奥に座った。

「誰もいないんだ。マスター、お店、大丈夫なの?」

 客はレナ以外誰もいない店内に流れる軽快なフォービートが、かえって寂しい雰囲気をかもし出していた。

「ははははは、まあ、今に始まったことじゃないからね。紅茶で良いかな?」

「うん」

 レナは、コーヒーより紅茶が好きで、当然、マスターもそのことを知っていた。

 レナは、カウンターに頬杖を付いて、手際てぎわよく紅茶を淹れるマスターの動きをじっと見つめた。

 薬罐やかんを火に掛けると同時に、ティーポットとティーカップに魔法瓶からお湯を入れて、ほどよく暖まった頃合いに、そのお湯を捨て、紅茶缶から茶葉をティーポットに入れた。

 程なく沸騰した薬罐やかんのお湯を、ゆっくりとティーポットに注ぐと、上品な紅茶の香りが店内に広がった。

 レナは、この香りが好きだった。

 間もなく、レナの前に、レモンスライスが添えられたソーサーに乗せられて、紅茶が出てきた。

「ありがとう、マスター。うちで紅茶を淹れても、こんなに良い香りはしないのよね。やっぱり、プロは違うわね」

「はははは、お褒めいただいて恐悦至極だね」

「ふふふふ」

 レナは、カップを両手で持って、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。

「うん、美味しい」

「……レナちゃん。話は何かな?」

「……そうだね。ちょっと、聞いてもらおうかな?」

「そのつもりで来たんでしょ?」

「うん」

 丁度、BGMがピアノバラードに変わった。

「今日ね、マコトとデートして来た」

「楽しかったかい?」

「うん」

 レナの表情には、楽しさが表れていなかった。

「……マスター」

「うん?」

「私ね、マコトと、恋人として、つき合い始めたの」

「そう」

「少なくとも、今日は、そう意識して、ずっと一緒にいたの。でもね、……今までと、全然変わらなかった」

「昔から二人は仲良しだったもんね」

「……マスター」

「うん?」

「マスターは、カズホとナオちゃんを最初から見てたよね?」

「そうだね」

「二人は、いつから恋人になったと思う?」

「カズホとナオちゃんは、最初から恋人同士に見えたよ」

「えっ? ナオちゃんが三つ編みだった頃から?」

「そうだよ」

「でも、ナオちゃんが金髪になる前は、お互いの気持ちは分かってなかったはずよ」

「口に出して言わなくても、二人がお互いに好き合ってるのが分かったよ。もっとも、ナオちゃんはそのことを考えないようにしてたみたいだけどね」

「……マスター」

「うん?」

「私とマコトは、恋人同士に見える?」

「残念ながら見えないね」

「やっぱり」

「マコトは、レナちゃんのことが好きなんだろうね。でも、レナちゃんの気持ちがよく分からないんだ」

「私の気持ち?」

「そうだよ。レナちゃんは、いつもベールを被って、自分の本心を見せないようにしてるでしょ?」

「えっ?」

「それは、マコトに対してだけじゃなくて、みんなに対してだけどね」

「……」

「レナちゃんは、いつも演技をしている気がするよ。自分の本心を晒すことがそんなに怖いのかな?」

「……演技をしてるって意識は無いけど?」

「無意識なのかもしれないね。でも、僕には、自分の弱い部分を見られるのが恥ずかしいから、ずっと強い自分を演じているような気がするんだよ。強いレナちゃんは、それはそれで魅力的ではあるけどね」

「……そうなのかな」

「気にさわったかい?」

「ううん、そんなことないよ。……でも、マスターって、いつもカウンターの中で、ぼーっとしてるようにしか見えないけど、本当は、みんなをじっと観察してるのね」

「ははは、いつも、ぼーっとしてるように見えるかい?」

「うん」

「まあ、ぼーっとしてるけどね」

「ふふふふふ。……でも、マスターの観察眼って鋭いよね。私なんか、全然、敵わない」

「少なくとも、レナちゃんよりは何年も大人をしてるからね」

「……そうだった。つきあいが長いから、タメで話してたけど、人生の大先輩だったね」

「はははは、僕は、若い人からタメで話し掛けられると嬉しいんだよ」

「……ねえ、マスター?」

「うん」

「このお店は、いつから、やってるの? 少なくとも、私が物心付いた頃にはあったよね?」

「どうしたの、突然?」

「マスターが大人だって分かったから、マスターの昔のことに、ちょっと興味が湧いたの」

「はははは、僕の昔のことなんて、何にも面白いことは無いよ」

「でも、聞いてみたい」

「そうかい。そうだな、……この店がオープンしてからは、二十年くらい経つかな?」

「そんなに前からやってたんだ」

「この商店街には、代々続いているようなお店がいっぱいあるからね。立花楽器店さんとか、うちとかは新参者の方だよ」

「そっか。……『ドール』という店名は、やっぱり、この人形達から?」

 レナは、店内に飾られている、アンティークドール達を眺めた。

「そうだよ。みんな、可愛いだろう?」

「うん。マスターの趣味なの?」

「僕の奥さんの趣味だよ」

「そうなんだ。マスターの奥様には、まだ、お会いしたことないよね?」

「残念ながら、天国にいるから、会わせることはできないんだよ」

「えっ! ……そう。ごめんなさい」

「はははは。みんな、不思議と僕の奥さんの話はしなかったし、僕も積極的に話さなかったからね」

「奥様は、いつ?」

「この店を開く前だよ。と言うか、奥さんがいなくなってしまったから、この店を開いたんだけどね」

「そうなんだ」

「うん。僕は、ずっと、音響機器メーカーで働いていて、趣味でバンドをしたり、ジャズをずっと聴いていたんだけど、奥さんが病気でいなくなってしまうと、子供もいなかったし、がむしゃらに働くことが馬鹿らしくなってね。定年後にはやろうと思っていたジャズ喫茶を始めたんだ」

「それで、ここに?」

「そうだよ。ここにいるドール達は、奥さんのコレクションだったんだよ。この子達を見てると、いつも、奥さんが一緒にいてくれるような気になるんだ」

「そうなんだ。……悲しいけど、素敵な話ね」

「そうかい? でも、実際の経営は、さっき、レナちゃんが心配してくれたみたいに、いつも汲々(きゅうきゅう)としてるんだけどね」

「ふふふふ。…………マスター、ありがとう」

「うん?」

「私の話を聞いてくれて。それと、素敵な話を聞かせてくれて」

「なぜ、マコトとレナちゃんが恋人同士に見えないのかという疑問には、何も答えていない気がするけど?」

「ううん。良いの。だって、答えを見つけなきゃいけないのは、私自身なんだから。今日は、ただ、話を聞いてほしかっただけ」

「それであれば、お安いご用だよ」

「うん。…………マスター、この曲は?」

「これは、アリス・クレイトンというピアニストの『マーメイド・ドロップス』という曲だよ」

「……人魚の涙か」

「ナオちゃんの大好きな曲だね」

「ナオちゃんが?」

「カズホとナオちゃんには、忘れられない曲だと思うよ」

「そうなんだ。私にも、そんな曲ができるかな?」

「できるよ。きっと」

「うん、……こほん」

 レナが可愛くせきをした。

「おや、風邪かな?」

「ううん。昨日くらいから、喉の調子が少しおかしくて。熱は出ないから、風邪じゃないと思うけど」

「レナちゃんの素敵な歌をまた聴きたいから、大事にしてね」

「うん。ありがとう。マスター」

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