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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.7 笑顔も涙も一緒に手を携えて
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第三章 人それぞれの勇気

 次の日の朝。

 二月に入り、一段と寒さが厳しくなったようで、カズホとナオの二人も、ぐるぐるマフラーと手袋、ジャケットの下のカーデガンで寒さをしのいでいた。

「……寒い」

 ぽつりとナオがつぶやいた。

「寒いな」

 カズホもぽつりとつぶやいた。

 息が白く後ろにたなびいていくほど、凍てつく朝の空気に、いつもより口数が少ない二人は、自然と、体が軽く触れ合う程度にくっついて歩いていた。

 ナオが、ふと前を見ると、ハルの後ろ姿が見えた。

「ハル君だ!」

 ナオが、前を歩くハルの後ろ姿を見つけると、二人は、少し早足になって、ハルに追いついた。

「よう、ハル!」

 カズホが声を掛けると、ハルが振り向いた。

「おはよう、ハルく……ん。どうしたの、その顔?」

 ナオが驚くのも無理はなかった。ハルの右目の下の頬がちょと腫れて、あざになっていた。

「お、おはよう。ちょっと、転んでしまって……」

「転んで、そんなあざができるかよ! ハル! 誰にやられたんだ?」

 いつも冷静なカズホも怒りを露わにした。

「いや、本当に転んだんだよ。だから心配しないで」

「本当なのか? ハル」

「本当だよ。カズホに嘘を言っても仕方がないだろ?」

「いや、嘘だな。正直に話すと、俺が仇討かたきうちに行くとでも思っているんだろ?」

「……嘘じゃないから」

 明らかに嘘だと、ナオも分かったが、それ以上、問い詰めても、ハルは正直に言わないだろうと思い、それはカズホも同じ思いだったようだ。

「……分かったよ。ハルの言うことを信じるよ」

「うん」

「顔だけか? 体は大丈夫なのか?」

「うん。演奏にも、まったく影響は無いよ」

「そうか」

 並んで歩くカズホとハルの話の邪魔をしないように、二人のすぐ後を歩いていたナオは、次の信号の手前で、ミカが立っているのを見つけた。

 ナオ達が近くまで来ると、ミカが一歩進み出た。

「お、おはようございます」

「おはよう、ミカちゃん」

「どうしたんだ、村上?」

 ミカが、朝、自分達を待ち伏せするような理由が思いつかなかったカズホが訊いた。

「えっと、あの……」

 ナオは、ミカの視線が明らかにハルに向かっていることに気づいた。

(へえ~、そうなんだ。私達はお邪魔虫みたい)

「あー! あれは、ドラムのお化けのハル左右衛門ざえもんだあ!」

 ナオが大声を上げて、右の方を指差した先を、全員が注目した。

「ドラムのお化け?」

 ハルとミカが、不審げな顔をして、その方向を見つめている間に、ナオはカズホの手を取って、小さな声で言った。

「カズホ! 行こう!」

「えっ?」

「良いから早く!」

「ナオさん、何も無いよ」

 ハルが、ナオがいた方に振り向くと、ナオとカズホの姿は消えていた。

「あれっ?」

 キョロキョロとまわりを見渡してみたが、ナオとカズホの姿は見えなかった。

「二人は、どこに行ったんだろう?」

「どこでしょう?」

 同じようにキョロキョロと見渡していたミカとハルの視線が合わさった。

「あっ、……ハル先輩」

 恥ずかしげにうつむき加減になりながら、ミカは上目遣いで訊いた。

「何?」

「その傷、痛くないですか?」

「朝、顔を洗った時に、ちょっとしみたけど、大丈夫だよ」

「あ、あの、昨日は、すみませんでした」

 ミカが深々(ふかぶか)と頭を下げた。

「えっと、村上さんに謝ってもらわなきゃいけないことって、あったっけ?」

「だって、その傷、私のせいで」

「違うよ。自分が『殴れ』って言ったんだから、自分のせいだよ」

「でも……」

「村上さん」

「は、はい」

「昨日も言ったけど、この傷のことを思い出すと、自分は情けない気持ちになるんだ。だから、お互いに、昨日のことは、もう忘れよう」

「ハル先輩は、情けなくないです!」

「えっ?」

「私を、……私を守ってくれました! 勇気を持って!」

「……うん。そう言ってくれると、少しは気が楽になる」

「ハル先輩。その顔の傷、跡が残ったりしないんでしょうか?」

「どうだろう? 男だから、顔に少し傷があった方が良いのかな?」

「勲章ですか?」

「ははは、一つくらい誇れるものがあっても良いよね」

「……ハル先輩」

「うん?」

「そんなに自分のことを卑下ひげしないでください!」

「……」

「マコト先輩やカズホ先輩は、その、……出来過ぎなんですよ!」

「あ、あははははは、確かにそうだね。マコトとカズホは、男の僕から見ても、良い男だし、色々と出来過ぎだよね」

 変に言葉を言いつくろわない、ストレートなミカの慰めの言葉に、ハルも、昨日以来、感じていた屈辱感が晴れていく感じがした。

「はい! ハル先輩にも、誇れるところはいっぱいあります! 一つだけなんかじゃないです! 頭が良いし、ドラムも上手いし、優しいし、……そのへんの男よりは、ずっと素敵です!」

「あ、ありがとう。……えっと、そろそろ学校に行こうか?」

「あっ、はい。……ハル先輩」

「うん?」

「一緒に行っても良いですか?」

「う、うん、良いよ」

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