第二章 頼りになる男じゃないけど(2)
冬の公園は閑散としており、枝打ちがされている樹木の間を通って、寒風が吹きすさんでいた。
前から、男性三人が横一列になって、歩いて来ているのが見えた。
近づいて来ると、いかにもチャラチャラした男達で、ハルは、通路の端に寄った。
ミカもそんなハルを見て、同じように端に寄ったが、不満そうな顔を隠そうとしなかった。
傍目にはカップルに見えるハルとミカの二人を、男達が冷やかすような目付きでじっと見つめていた。
ハルは、できるだけ目を合わせないようにしていたが、負けず嫌いのミカは、男性達を睨み返していた。
「姉ちゃん。何か俺達に用か?」
案の定、男達がミカに因縁を付けてきた。
「私達をじっと見ていたのは、そっちでしょう? そっちこそ、私達に用事があるんじゃないんですか?」
「お前の方が先に睨んで来たんだろうが?」
男達がミカに迫ると、ハルが間に立った。
「ごめんなさい! 何でもないんです」
「何、謝っているですか? 私達、何も悪いことしてないじゃないですか!」
勝ち気なミカは、ハルの努力を水の泡にした。
「何だと! そっちが先にガン飛ばして来たくせしやがって!」
「変な言いがかりを付けないでください!」
「何だと! このアマ!」
「警察を呼びますよ!」
「俺達が何をしたって言うんだよ? 呼んでみろよ!」
男性達は、手を後ろで組んで、ミカを取り囲んで威嚇してきた。
「おらあ! 俺達は、何にも手を出していないぜ」
「止めてください!」
ハルが止めに入った。
「おっ! やっと、彼氏が助けに来たぜ」
「もう~、早くしてよ~」
男達が、ハルを小馬鹿にするようにおどけた。
「僕は、彼氏なんかじゃないよ」
「へえ~、そうなのか? だったら、とっとと消えな!」
「そうだよ。俺達は、おめえには興味も用事も無いんだよ。こっちのお姉さんに用事があるんだからよ!」
「ほらよ!」
ハルは、男二人から、体を強引に押され、数歩、後ろによろめいた。
そして、男三人は、体を密着させるように、ミカを取り囲み、顔を突き出しながら、ミカを威嚇した。
「おらおら! 俺達の顔をいくらでも見てくれよ」
「へへへへ、どうだよ? イケメンだろ?」
さすがのミカも耐えられなくなったようだ。
「止めて!」
ミカは、丁度、目の前にいた、一番背が高く、おそらくリーダーだと思われる男の顔にビンタを喰らわした。
「いてえ~」
もちろん、女性にビンタをされた程度でダメージを受ける訳がなかったが、口実を得た男二人が、ミカの両腕を両方から押さえた。
「お前の方から手を出したんだからな! 落とし前を付けてもらおうじゃないか!」
それまで、ふざけていたように話していた男達も本性を露わにして、ミカに対して怒鳴った。
「止めろ!」
正面からミカに迫っていたリーダー格の男を、ハルが背中から羽交い締めにしたが、男が体を捻って、容易くハルを突き放すと、逆に、ハルの胸ぐらを掴んだ。
「おらあ! 彼氏じゃないんなら、引っ込んでろよ!」
「か、彼氏じゃないけど、引っ込んでいられないよ!」
「何だ?」
「と、とにかく、その子を離せ!」
「嫌だね。てめえは、そこで大人しく見てろよ!」
男は、ハルの胸を押して突き放すと、ミカの方に振り向いた。
ミカは、両腕をがっちり掴まれており、体を捻って逃げようとしても無駄だった。
「離して!」
「離すかよ! お前が俺を殴ったんだ。だから、俺もお前を殴る権利があるだろうが?」
指をボキボキと鳴らしながらミカに近づいて行く男の背中に向けて、ハルが叫んだ。
「それなら、僕を殴れ!」
「はあ?」
思いも寄らなかった申出に、男も思わず立ち止まり、また、ハルの方に振り返った。
「男が女の子を殴っちゃいけないだろ? だから、代わりに僕を殴ってくれ!」
「何、言ってるんだ、お前?」
「だから、君が殴られたことのお返しとして、僕が代わりに殴られるから、その子には手を出さないでくれ!」
「はははは。何だそれ!」
「ぶたれたいなんて、マゾじゃないのか、こいつ?」
「はははは、違いねえ」
男達は、ハルの申出がおかしかったようで、しばらく、笑い転げていた。
「ハル先輩、止めてください! そんなこと」
「良いんだ! さあ、早く!」
リーダー格の男が、ハルにゆっくりと近づいて来た。
「ははあ、さては、お前、この女に惚れているんだな? 大切な彼女を守るために、自分が犠牲になるってことか? かっこい~いじゃねえか」
「僕は、この子の彼氏なんかじゃない。でも、同じクラブの先輩なんだ。先輩として後輩を守るのは当然だろ?」
リーダー格の男は、ハルが言っていることが理解できずに考えることを放棄したようだ。
「何、言ってるんだか分かんねえよ。でも、まあ、そんなに言うんなら遠慮なく」
そう言うと、男は、いきなり、拳でハルを思いっ切り殴った。
ハルは、眼鏡を飛ばしながら後ろにひっくり返った。
「ハル先輩!」
リーダーのパンチの鮮やかさに見とれていたのか、ミカの腕を掴んでいた二人の男の注意力が散漫になっていたようで、ミカが、するりと腕を抜いて、ハルの元に駆け寄って来た。
仰向きに倒れていたハルに、ミカが手を差し伸べたが、ハルは、その手を取らずに、うめきながら上半身を起こして、男達に言った。
「これで、気が済んだだろ?」
ハルの左の目の下の頬が赤く染まっていた。
男達もさすがに呆れてしまったようだ。
「ああ、分かったよ。もう、何か馬鹿らしくなってきた」
男達は、ぶつぶつと文句を言いながら去って行った。
「ハル先輩!」
ミカが跪こうとすると、ハルは、「良いよ」という感じで手を振りながら、立ち上がった。
「えっと、眼鏡は?」
ミカが、すぐ近くに落ちていたハルの眼鏡を拾って、ハルに手渡した。
ハルは、眼鏡を掛けて、ズボンに付いた土埃を払うと、ミカに笑顔を見せた。
「僕なら大丈夫だよ」
「でも、その傷……」
「顔は、これ以上は悪くならないからさ」
「そ、そんなこと、言わないでください!」
「本当に心配しないで」
「ハル先輩。どうして……、どうして、私なんかのために……」
「さっき、言ったじゃない。僕もクラブの後輩って、初めてできたから、守ってあげないとって、思っちゃったんだよ」
「ハル先輩」
「そうだ。塾に行かなきゃいけなかったんだ。それじゃあ、村上さん。気をつけて帰ってね」
ハルは、ミカに背を向けて歩き出した。
「ハル先輩!」
「村上さん」
ハルは、追い掛けてきたミカの顔を見ることなく、ミカに背中を見せたまま立ち止まった。
「今、僕は、すごく恥ずかしいんだよ。マコトやカズホみたいに喧嘩が強かったら、こてんぱんにやっつけるんだけど、僕には、そんなことできないんだ。ヘラヘラと笑いながら、無抵抗な態度を見せつけて、許してもらうことしかできないんだ。情けないことにさ」
「……ハル先輩」
「でも、村上さんが殴られなくって良かったよ」
ハルは、これ以上、ここにいることが耐えられなくなり、塾に向けて走り出した。




