第一章 初詣
良く晴れた元日の空。
襟にボアの付いた黒の革ジャンを羽織り、チェックの裏地が付いたカーゴパンツを履いたカズホは、学校近くの駅の前に立ち、ナオを待っていた。
駅前のショッピングセンターも明日からの営業ということで、いつもより閑散としている駅前には、初詣の行き帰りと思われる家族連れやカップルの姿がちらほらと見えるだけであった。
「カズホ」
聞き慣れたナオの声に、笑顔で振り向いたカズホは、ポカンとした表情になり、その目はナオに釘付けにされていた。
「…………」
「カ、カズホ?」
少し伸びた金髪をサイドでアップにして簪で留めて、白いショールを羽織った下には、煌びやかな柄の振り袖を着て、シックな黒のハンドバックを提げているナオに見とれているカズホの顔はにやけていた。
「カズホ。顔が変」
「いや、ちょっと、見とれてしまって」
「びっくりした?」
「ああ、着物を着て来るなんて言ってなかったから」
「へへへ、レナちゃんと一緒に振り袖で行こうねって約束してたの。びっくりさせようと思って、カズホには言わなかったから」
「びっくりしたよ。でも、……今日は、千歳飴は持ってないのか?」
「どうせ、七五三にしか見えませんよ!」
「はははは、でも、すごく似合ってて、可愛いよ」
「えへへ、あ、ありがとう」
「行こうか」
「うん」
二人は、学校に近くにある、この辺りでは比較的大きな神社に向かって歩き出した。
神社に近づくにしたがって、次第に人が多くなってきたが、晴れ着姿の女性は少なく、それに加えて、二人の金髪が、ここでも注目を浴びていた。
「カズホ」
「うん?」
「ちゃんとゆっくり歩いてくれるんだね?」
「ナオは普段から歩くのが遅いから、もう慣れたんだよ」
「もう~、せっかく、人が褒めてるんだから、素直に喜べば良いのに~」
「はははは」
神社に着くと、思ったより多くの人で参道が溢れていた。
鳥居の近くに、ピーコートを着込んだハルが立っていた。
「ハル君、あけましておめでとうございます」
「おめでとう、ハル」
「あめでとう」
年賀の挨拶を交わした三人は、マコトとレナが来るのを待った。
今日は、二年生バンドのメンバー全員で初詣に行く約束をしていたのだ。
間もなく、マコトとレナが並んで歩いて来ているのが見えた。
レナも、長い黒髪を簪でアップをして、艶やかな色合いの振り袖を着て、ショールを羽織っており、黒灰色の着流しに濃紺の羽織を羽織っているマコトと素敵な和装カップルに見えた。
年賀の挨拶を全員で交わすと、揃って、露店が立ち並んでいる参道を本殿に向かって歩き出した。
並んで歩く振り袖姿のクイーンとドールの超レアなツーショットは、男性参拝客の視線を集めていた。
「ナオちゃんの着物、すごく綺麗だね。新品?」
「うん。お正月には着物を着たいって、お父さんに言ったら、すぐにお金を出してくれた」
今まで、お洒落とも無縁だった娘から、初めて、晴れ着を着たいと言われて、ナオの父親も喜んでお金を出したことだろう。
「去年までは、晴れ着も着てなかったの?」
「うん。普通にコートとか着て、初詣に行ってた」
「そっか。三つ編みのままじゃあ、そうかもね」
「うん」
「ナオっち」
前を歩いていたマコトが振り向いて、ナオを呼んだ。
「はい?」
「今日は、千歳飴を持ってないのか?」
「さっき、カズホにも言われました」
「ちくしょう! 二番煎じだったか!」
「マコト君だって、何か、ヤクザみたいですよ」
本気で悔しがっているマコトに、ナオもちゃんと言い返すことができるようになっていた。
「それもさっき、レナに言われたよ」
「みんな、思うところは同じなんだよ」
「そう言うカズホだって、着物を着ると、チンピラっぽく見えるぜ」
「だから着て来なかったんだよ。って、そもそも、着物なんて持ってないし」
「僕もだよ。マコトは前から持ってたの?」
「兄貴のお下がりだよ。レナが着物で行くって聞いたから、俺もって思ってさ」
本殿に近づくと、参道には行列ができており、一行はその列の最後尾に並んだ。
立ち止まった所は、丁度、たこ焼き屋や焼きそば屋、フランクフルトと言った食べ物屋が参道の両脇に並んでいる所だった。
「良い匂いがしてるね」
「もう、お腹が減っちゃった?」
レナには、ナオの顔が、よほど、ひもじく見えたようだ。
「お昼ご飯はちゃんと食べたけど、やっぱり、この匂いを嗅ぐと耐えられないかも」
「あそこのたこ焼き、美味しそうだよ。タコも大きい」
「レナちゃん、実況しなくて良いから~。拷問だよ」
「ふふふふ、帰りに食べようね」
「もちろん!」
「ところで、ナオちゃん。お祈りすること、決めてる?」
「うん。レナちゃんは?」
「もちろん、決めてるよ。一つは、今年もみんなと一緒にライブがいっぱいできますようにってこと!」
「私も! 他には?」
「秘密。ナオちゃんは、カズホともっと仲良くなりますようにでしょ?」
「うん。レナちゃんだって、今更、秘密にする必要はないんじゃない?」
「ううん。まだ、秘密」
「そっか。……うん、分かった。深くは詮索しないよ」
「ふふふふ、ありがと」
レナが「マコトを恋人として考える」宣言をしたことは、二年生バンドのメンバーは知っていた。しかし、「恋人同士となった」という報告は、まだ受けてなかった。
「でも、レナちゃんって、意外と慎重なんだね」
「慎重?」
「うん。だって、レナちゃんは、何事も積極的にチャレンジしてるじゃない。でも、マコト君のことは、恋人として考えるという段階を踏んでいることが、いつになく慎重なのかなって思ったの」
「自分の中では、コペルニクス的転回だったのよ。今まで考えもしなかったことを考えることになって、まだ、少し、戸惑っている感じなの」
「そんなに? ……でも、それだけ近くにいたってことなんだろうね?」
「そうかも」
ナオも、カズホと出会ったことで、することはないと思っていた恋愛をして、今は、親公認の仲にまでなっている。でも、そうなるまでに、ナオ自身は、いっぱい、悩みながら、戸惑いながら、やっと自分を変えることができた。
レナとマコトのような、それまで、まるで兄弟と同じような間柄だった異性が、ある日突然、恋愛の対象となるということも、それに負けず劣らない悩みや戸惑いを伴うものだろうと、ナオも一人納得した。




