第七章 レナ・プレゼンツ・イブナイトキス!
自らの言葉どおり、レナが観客を煽りまくって、トリを務めた、ペパーミント☆キャンディ☆ポップ☆クラブ☆バンドが二回のアンコールを受けるなど、クリスマスライブは大盛況で幕を閉じた。
美郷高校軽音楽部のメンバーが、キャラバンビートを出た時には、午後十時を回っていた。
「それじゃあ、みんな、お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」
今日は、実質的なプロデューサーでもあるレナが仕切っていた。
「みんな、気をつけて帰ってね。ナオちゃんは、これからカズホとどっかに行くの?」
「もう、こんな時間だし、行きませんよ~」
「そうなの? でも、もう、親公認になったんでしょ?」
「そうですけど」
「そうだからこそ、ちゃんと家まで送り届けるんだよ」
カズホが割って入ってきて、ナオの手を取った。
「じゃあ、俺はナオを家まで送ってから帰るから」
「了解。ミカちゃんは?」
「私も電車で帰ります」
「僕も」
「ハル君、ミカちゃんと同じ方向だったでしょ? ミカちゃんを送ってあげて」
「えっ、ああ、そうするよ」
「ハル先輩、大丈夫です」
「ミカちゃん! 結局、同じ方向に帰るんだし、ハル君に送ってもらいなさいよ」
「は、はい。それじゃあ、失礼します」
二年生バンドと一年生バンドのメンバーは、それぞれの家路に着いた。
後には、マコトとレナが残った。幼馴染みの二人の家は同じ方向だった。
「それじゃあ、帰るか」
「うん」
新宿駅に向かって、二人は並んで歩き出した。
街のイルミネーションに誘われるように、多くの人が通りを歩いていた。
「マコト」
「うん?」
「私のミニスカサンタ姿、どうだった?」
「どうだったって?」
「マコトの感想はどうなの?」
「い、いや、まあ、目の保養にはなった」
「ふふふふ、それは何よりでした」
「あ、ああ。でも、どうしてミニスカサンタの衣装にしたんだ? 嫌がってたのに」
「マコトが言った時は嫌だったけど、その後、色々と考えたら、やっぱり、クリスマスだし、サンタの衣装しかないだろうなって思い至った訳よ」
「へえ~、まあ、レナらしいな」
「私らしい?」
「ああ、自分が良いと思ったら、もの怖じしないで、即それを実行するところがな」
「ふふふふ、ありがとう。褒め言葉だと取っておく」
「褒め言葉さ」
「うん」
二人は、多くの人がたむろしている改札口前にやって来た。
「マコト!」
「うん?」
改札を入ろうとしたマコトが振り返ると、立ち止まったレナが、ライブの時に被っていたサンタ帽を頭に乗せていた。
「何だ?」
レナは、ニコニコと笑いながら、コートのポケットから、緑の包装紙で綺麗にラッピングされ、赤いリボンが付いた掌サイズの小さな箱を取り出した。
「はい! メリークリスマス!」
「えっ? お、俺にか?」
「他に誰がいるのよ?」
「あっ、そうか。あ、ありがとうな」
「うん」
「開けて良いか?」
「どうぞ。……あっ、変な期待はしないでよ。在り来たりの物だから」
マコトがリボンを丁寧に取って、包装紙を外す間、レナはマコトの隣に立ち、一緒に箱を見ていた。
箱の蓋を取ると、中は空っぽだった。
「んっ? 何だ、これ?」
マコトがすぐ隣に立っていたレナの方を見ると、いつの間にかコートを脱ぎ捨てて、ミニスカサンタ姿になっていたレナの顔が、ぶつかるように近づいて来た。
目を開けたまま、呆然としているギタリストに、ミニスカサンタがキスをした。
「……!」
周りの人達も呆気に取られている空気の中、レナはすぐにマコトから離れて、とびっきりの笑顔を見せた。
「今まで、ありがとう! マコト!」
「へっ?」
「いつも私を守ってくれて……。そのお陰で、私は好き勝手することができた。好きな音楽もずっと一緒にしてくれて、すごく楽しかった」
「……」
「マコトに今までの感謝を込めたプレゼント……。嫌だった?」
「そ、そんな訳ないだろ! 突然だったから、ちょっと、びっくりしただけだよ」
「良かった」
「レナ。……レナは俺のことを、そ、その、好きなのか?」
「何、その質問?」
「えっ、変か?」
「女の子に気持ちを訊くのなら、男の子から先に言うべきじゃないの?」
「そ、それもそうだな」
マコトは、しっかりとレナの方に向いて、真剣な顔付きになった。
「俺はレナのことが好きだ! ずっと好きだ!」
「うん」
レナは少し頬を染めて、うつむき加減になったが、すぐに顔を上げて、マコトを見つめた。
「私は、マコトのことが好きなのかどうか分からない」
「へっ?」
すかされたようで、少しずっこけたマコトだった。
「マコトが今、言ってくれた『好き』ってことは、友達としてとか、バンドメンバーとしてとか、幼馴染みとしてとかじゃなくて、恋愛の対象として『好き』と言うことでしょ?」
「ああ、もちろんさ」
「マコトは、一番仲が良い異性の友達で、最高のバンドメンバーで、何でも言い合える幼馴染みで、そう言う意味では間違いなく『好き』だよ。だから、そんな大好きなマコトに私はキスをしたの。キスしたいなって思ったから」
「……」
「でも、マコトと、この後、何回でもキスできるかな? 四六時中一緒にいられるかな? エッチができるかな? なんてことを考えると、まだ、私の中で結論が出ていないの」
「そ、そんなことを考えていたのか?」
「あら、私が好きでもない男とエッチをする女だと思っていたの?」
「そんな訳ねえだろ! レナのことは俺が一番分かっている……つもりだ」
「ふふふふ」
レナは少しマコトから距離を取ると、後ろで手を組んで立った。
「マコト! 私、今までマコトのことを、友達とか、バンドメンバーとか、幼馴染み以上の存在だって、考えたこともなかった。でも、これから考えるから! ちゃんと考えるから!」
「あ、ああ」
「その結論が出るまで、待っててくれる?」
「今まで、ずっと待ってたんだ。これからだって待つさ。レナから、もう顔も見たくないと言われるまでな」
「……ありがとう、マコト」
レナは、コートを拾って、羽織った。
「寒くなっちゃった」
「そんな格好でいたら寒くなるのは当たり前だ」
「それもそうだね」
「ったく! ほれ!」
マコトは自分が締めていたマフラーを外して、レナに差し出した。
「首元も寒いだろ? これも巻いとけよ」
「マコトは寒くないの?」
「レナのキスで寒さは吹っ飛んだよ」
「ふふふふ。……じゃあ、帰ろうか?」
「ああ」
遠巻きに二人を見つめる大勢の人の目を気にとめることもなく、二人は改札を入って行った。
手を繋ぐことも、甘い言葉を交わすこともなかったが、隣にいることが当然のような二人だった。




