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ドール― after story ―  作者: 粟吹一夢
Vol.6 聖夜に悪戯な天使が舞い降りて 
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第五章 運命の糸をたぐり寄せて(3)

 次の土曜日。

 カズホが、ナオの家の最寄りの駅で降り立つと、ナオが改札前で待っていた。

 ナオの案内で、ナオの自宅を訪問したカズホだったが、既に父親とは会っていたことから、少しは気が楽だった。

「カズホ君、いらっしゃい」

「お邪魔します」

 玄関に出迎えた父親に挨拶をしてリビングに入ると、母親と妹の沙耶がいた。

「こんにちは、初めまして。佐々木一穂です」

「初めまして。沙耶も『こんにちは』は?」

「こんにちは! お姉ちゃんと同じ髪の色だ」

「お揃いだよ。良いでしょ」

 ナオが沙耶に言った。

「カズホ君、これから準備をするから、ちょっと待っててくださいね」

 エプロン姿の母親が言った。

「カズホ君。今日は良い天気だ。少し、ベランダで日向ひなたぼっこでもしないかね?」

 父親はそう言いながらベランダへのサッシを開けた。

「はい」

 ベランダに出てみると、思いの外、日光が暖かかった。

 サッシを閉めると、二人はベランダの手すりに寄り掛かって、遠くを眺めた。マンションの五階で、その南側にはそれほど高い建物は無かったことから、結構遠くまで見渡すことができた。

 父親がカズホの方を見ることなく、前を向いたまま、話し出した。

「カズホ君。君は、会長の息子さんだったんだね」

「どうやら、そのようですね」

「君は、ひょっとして、私のサウジアラビア行きを……」

「何の話ですか?」

「……そうだな。君には関係のない話だったな」

 父親はカズホの方に向いた。カズホも自然と向き合った。

「カズホ君。君にお願いしたいことがあるんだが」

「何でしょう?」

「まあ、親であれば誰でも願うことだが、奈緒子を悲しませることだけはしないでくれ」

「……」

「奈緒子がまだ小学校一年生の時に妻が、ナオにとっては母親が、病気で死んだ。癌だったから、私はもう覚悟はできていたが、奈緒子には知らせていなかった。だから、妻が死んだ時、私は妻が死んだことよりも、奈緒子の悲しい顔を見ることが辛かった。妻の葬式の時、奈緒子は、もう一生分の涙を流したと思うほど泣きはらしていた。私は、奈緒子の悲しい顔をもう見たくないんだ」

「……約束します。ナオの悲しい顔を見るのは俺だって嫌です。絶対にしません!」

 父親は大きくうなづくと、振り返って、ベランダのサッシ越しに、母親と楽しげに食事の準備をしているナオを見ながら言った。

「奈緒子の母親の三回忌が過ぎた頃、私の会社に派遣で来ていた香織と出会い、交際をするようになった。周囲の勧めもあり、それに、男手一つで女の子を育てる自信もなかった私は、香織に奈緒子の母親になってくれるように頼んだ。香織は、すぐに承知してくれたよ」

 いきなり小学生の母親になることを承知した、今の母親の覚悟も相当なものだったはずだ。

「だが、それが奈緒子を変えてしまった。妹が生まれてからは、髪をずっと三つ編みにして他の髪型にしようとしなかった。笑ってもどこかよそよそしくて。……私も香織も悩んだ。時間が解決してくれるかと思い、中学校時代は、私の赴任先に奈緒子だけを連れて行った。しかし、東京に戻ったら、元のままだったよ」

 父親は寂しげな笑顔を見せると、カズホに頭を下げた。

「カズホくん。君には本当に感謝している。本当の奈緒子を取り戻してくれて、ありがとう」

「俺だけの力じゃありません。軽音楽部の仲間や、それに、……ナオ自身の力もあると思います」

「……やっぱり、人間というのは、会って話をしてみないと分からないな。奈緒子から初めて君の話を聞いた時は、人の娘をたぶらかしやがってと一人怒っていたんだがな」

 父親は自嘲気味に笑った。

「でも、こうやって、君と話をさせてもらうと、奈緒子が君を好きになった理由も分かったよ。我が娘ながら、男を見る目は持っているようだ」

 カズホは穏やかな微笑みを返した。

「カズホ君。これからも奈緒子のことをよろしく頼む。しかし……」

「何でしょう?」

「二人は、まだ高校生なんだから、その、……節度のある付き合いをしてほしい」

「節度ですか?」

「あ、あの……、言いたくなければ言わなくても良いが、君たちは、その、どこまで……」

 父親が訊きたいことはすぐに分かった。

「キスはしました。それ以上は何もありません。でも、これから何もしないという約束はできません。ナオが望めば……その、とにかく、ナオが幸せを感じてくれるのであれば、ナオが喜んでくれるのであれば、俺は何でもするつもりです」

 きっぱりと言い放ったカズホを、最初は驚いた顔で見つめていた父親も、仕方が無いといった顔で微笑んだ。

「君は正直者だな。奈緒子が言っていたとおりだ」

 カズホと父親が微笑みを交わしたそのタイミングで、ベランダの戸を開けて、ナオが声を掛けてきた。

「カズホ。お父さん。準備できたよ。美味しそうだよ」

「カズホ君。食べよう」

「はい」

 カズホは、ナオの父親に背中を押されて、リビングに入った。


「どうもご馳走様でした」

 外がすっかり暗くなった午後五時。

 ナオの父親ともジャズの話で盛り上がり、あっという間に時間が経っていた。

 玄関に出たカズホは、ナオの家族の見送りを受けていた。

「カズホお兄ちゃん、また来てね」

 沙耶もすっかりカズホのことを気に入ったみたいだった。

「私、カズホを送ってくる」

「あっ、奈緒子ちゃん、これ」

 母親が千円札を三枚差し出した。

「えっ?」

「お昼ご飯に全力を使ったから、夕食の準備ができてないの。二人で夕食を食べていらっしゃい」

「えっ、みんなは?」

「奈緒子ちゃんがいない間に、お寿司でも取って食べるわ。良いでしょ、あなた?」

「ああ、そうだな」

 少しアルコールも入っている父親も上機嫌で答えた。

「今日は一杯ご馳走になったんですから、もうこれ以上は」

「そのお金は奈緒子ちゃんにあげるんです。奈緒子ちゃんが食べきれなかったら、もったいないから、カズホ君が食べてあげて」


 二人は、ナオの家を後にして、駅に歩き出した。

「カズホ」

「うん?」

「今日は来てくれてありがとう」

「何で? 俺の方こそ、ありがとうだよ」

「うん」

 見つめ合っていた二人は自然と手を繋いだ。

 街のクリスマスイルミネーションが賑やかに灯った通りを、二人は、冷たい風に当たる部分を少なくするように、寄り添って歩いた。

「ねえ、カズホ」

「うん?」

「ベランダでお父さんと二人きりの時、何を話していたの?」

「秘密だよ」

「え~、ちょっとくらい教えてくれても良いじゃない」

「駄目だよ。まあ、ナオの悪口は言ってないから安心しろよ」

「ぶ~」

「そう言うナオだって、お袋と二人で俺の家まで来るまで、どんな話をしてたんだ?」

「秘密」

「じゃあ、あいこだ」

「ふふふふふ。そうだね」

「ナオ、そのもらったお金はそのまま返してくれ」

「えっ?」

「これからは二人きりのデートなんだから、俺が出すから」

「……カズホがそう言い出すと、絶対、受け取らないよね」

「分かっているじゃないか」

「ふふふふ。だって、カズホと付き合い始めて、もう半年以上になるんだよ」

「そうだな。あっと言う間の気がする」

「そうだね。楽しい時は、すぐに時間が経つって本当だね?」

「そうだな。……ナオ、何を食べたい?」

「カズホのお財布にも優しくて、クリスマスらしいもの!」

「……フライドチキンとか?」

「正解!」

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