第一章 見えない視線(4)
二年一組の午後一番の授業は体育だった。都立美郷高校での体育の授業は、水泳の授業は男女が別に実施されており、その他の競技についても、その種目によって、男女が一緒に行ったり、男女別のメニューを行ったりしていた。今日の授業は、内野に五人、外野に四人が守備に就くという独自ルールで行うソフトボールで、男女混合の十一人制チームの対抗戦だった。守備を厚くすることで打順の回転を速めるという目的もあった。
クラスの担任でもある体育教師の平野の計らいか、カズホとナオは、同じチームになっていた。
最初に、肩慣らしとしてキャッチボールをすることになっており、ともに左胸に校章が付いた白い丸首シャツと紺色のショートパンツという夏の体操着を着たナオとカズホもペアを組んでキャッチボールをしていた。もっとも、ナオはカズホができるだけ緩く投げたボールも一度もキャッチできていなかったから、これをキャッチボールと言えるのか疑問であった。
試合が始まり、まず、ナオ達のチームが守備に就いた。
ナオがセカンドベース近くに立っていると、ショートの守備に就いていたカズホがナオに近づいて来て、声を掛けてきた。
「ナオ。球が飛んできたら危ないから逃げろよ」
「な、何を言っているんですか。華麗なグラブ捌きを見せてやるです」
「ははは。じゃあ楽しみにしているよ」
相手チームの一番バッターは陸上部に所属している女子。しかし、初球を打った球はボテボテのショートゴロ。カズホの華麗なグラブ捌きでワンアウト。
二番バッターはサッカー部所属の男子。しかし、野球部所属の男子が守備に就いていたセンターへのフライでツーアウト。
三番バッターはバスケット部所属の男子。二回のファアルボールの後、球の真芯を捉えた打球はノーバウンドでナオの正面に飛んできたが、カズホが横っ飛びに捕球してスリーアウトにした。
カズホが寝転びながらナオの方を見ると、ナオは両手で頭を抱えて座り込んでいた。
「確かに華麗なグラブ捌きだな」
「……ちゃ、ちゃんと大事な頭を守っていたじゃないですか」
「グローブが頭を守るためにあったなんて、初めて聞いたな」
ナオは、立ち上がり小走りにベンチに帰り出したカズホと並んで走りながら、カズホの背中に付いた土埃を払ってあげた。
ベンチに戻ると、何人かの男子がカズホにハイタッチを求めてきた。最初はクラスの男子とも余り話をしなかったカズホだったが、「物静かではあるが頼りになる奴」ということが分かってきて、男子達も少しずつカズホと話をするようになってきていた。
ナオ達のチームが攻撃側になると、カズホが二塁打を打つなどの大活躍で、最終的にはナオ達のチームの勝利であった。ナオはもちろん三球三振であった。
授業が終わり、その日の日直のカズホとハルカがソフトボール用具を片付けることになっていたが、ナオとミエコも手伝っていた。ナオを仲立ちにして、ミエコやハルカもカズホと話ができるようになっていたし、カズホも、ナオほどではなかったが、前よりもミエコ達と話ができるようになっていた。
ナオとカズホ、ハルカとミエコがそれぞれ、ソフトボール用具を入れた箱を二人掛かりで持って、体育倉庫に運んでいた。
チャンスとばかりに、ハルカがカズホに話し掛けた。
「佐々木君って、本当に運動神経も良いんだね。音楽とスポーツは両立しないって思っていたけど」
「楽器始めるまでは、一日中、外で暴れていたからな。小さい頃は近所の友達と野球とかサッカーをいつもやっていたよ」
「でも勉強もできるし、万能選手だよね」
ミエコも嬉しそうに話に加わってきた。
「家では、ほとんど勉強していないけどな。それに勉強ならお前達の方ができるじゃないか。悔しいけど、勉強の成績だけはナオに勝てないからな」
「『だけは』って、どういう意味ですか~」
「はははは」
「ふふふふ」
ナオは、その時、また誰かに見つめられている感覚を覚えて、何気なく校舎を見上げた。すると、二階の窓からこっちを見ていた男子に気がついたが、すぐに隠れるようにいなくなってしまった。
「あっ」
ナオが急に立ち止まったため、用具箱のもう一方を持って歩いていたカズホはつんのめってしまった。
「何やってんだよ、ナオ」
「ご、ごめんなさい」
「また、ボ~ッとしていたんじゃないのか?」
「ち、違いますよっ」
ナオはちょっと頬を膨らませて歩き出した。
(今の人、私が校舎の方を見たら、それに反応して隠れたように見えたけど……。私を見張っていたのかな? でも、近くにはカズホもいたし、ミエコちゃんやハルカちゃんもいた。校庭には他にも人がいたし……。私を見ていたっていうのは、私の自意識過剰なのかも……)