第五章 運命の糸をたぐり寄せて(2)
「どこまで行ってたんだよ!」
呼び鈴を鳴らすと、カズホが怒った顔をして、ドアを開けた。
「えっ?」
「途中で、ナオちゃんに会ったから、一緒に帰って来たよ」
ぽかんとした顔のカズホに笑いをかみ殺しながら言った母親の背中から、ナオはカズホにうなづいた。
「ナオちゃん、狭い家だけど入って」
「はい。お邪魔します」
「ナオちゃんはそこに座って。カズホは前かい? 隣かい?」
「うるせえな。どっちでも良いよ」
玄関を入った所にあるリビングダイニングのテーブルに案内されたナオの隣に、少し照れながらカズホが座った。
「ナオとどこで会ったんだよ?」
「駅でね」
「駅? どこまで行ってたんだよ?」
「隣の駅前にあるケーキ屋さんが美味しいって評判だったから、そこまで買いに行ってたのよ」
「でも、よくナオだって分かったな?」
「私が困っていたところを、金髪の可愛い女の子が助けてくれたのよ。そんな女の子は、ナオちゃん以外にいないって思ってね」
「ふーん。てか、もう『ナオちゃん』なんて呼んでいるのかよ?」
「だって、ナオちゃんがそう呼んで良いって言ってくれたんだよ。ねえ、ナオちゃん」
「はい」
「いつの間にそんなに仲良しになってるんだよ?」
カズホはナオの顔を見ながら訊いてきたが、その顔は嬉しそうだった。
カズホの母親手作りのご馳走を一緒に食べて、お茶を飲みながらの話は弾んだ。
カズホの母親は、生命保険の外交員をしているということもあってか、話も上手く、ナオも退屈することはなかった。
「ナオちゃん。カズホは良い男だろう?」
「は、はい」
「でもね、今まで、家に呼んで来た女の子は一人もいないんだよ」
「そうなんですか」
「それだけ女の子を見る目が厳しいんだよ。でも、カズホのお眼鏡に適ったナオちゃんも想像していたとおり、いや、それ以上だね。可愛いし、優しいし、家事も得意っていうじゃない」
「そ、そんな買いかぶりすぎです」
ナオは両手を振って照れた。
「カズホ。ナオちゃんを泣かすようなことをしたら、お母さんが承知しないからね!」
「お袋に言われるまでもないよ。俺自身が許さないから」
バックに入れていたナオの携帯が震える音がした。
「ナオ、電話が鳴っているぞ」
「ナオちゃん、気にしないで出なさい」
「あっ、はい」
ナオが携帯を取り出して見てみると、父親からメールが入っていた。
「お父さんからメールが」
「何て?」
「……美郷台の駅まで迎えに来るって」
「わざわざ?」
「うん、何も言ってなかったのに、どうしたんだろう?」
「お父様も心配になったんじゃないの? 何時に帰るって言っていたの?」
「午後四時くらいとは言ってましたけど?」
「もう五時だね。お父様にご心配を掛けちゃったわね」
「いえ、うちの父が勝手に心配しているだけですから」
「年頃の娘さんが同級生の男の子の家に遊びに行っているのだから、心配で居ても立ってもいられなかったのでしょう」
「もう、お父さんたら」
「カズホ。そろそろ、ナオちゃんを解放してあげましょう」
「そうだな。ナオ」
「はい」
「駅まで送るよ。あらかじめ、ナオのお父さんにも挨拶をしておきたいから」
「う、うん」
「私も行きます。大事な娘さんを遅くまで引き留めておいたのですから、一言お詫びを」
「お母様、お詫びだなんて」
「いえいえ、それに久しぶりにお会いしたいですから」
「はい?」
「ふふふふ。さあ、行きましょう」
外は既に真っ暗で、木枯らしが吹きすさぶ中、三人は駅に向かった。
駅の改札の前に、ナオの父親が立って待っていた。
「お父さん! 急に来るだなんて」
「あ、ああ。すまないね」
カズホが、ナオの父親に近づいて頭を下げた。
「初めまして。佐々木一穂です」
「あっ、……水嶋敬一です」
娘のボーイフレンドに先に挨拶をされた父親も少し焦ったようで、急いで頭を下げた。
「来週の週末には、お邪魔をさせていただきます。よろしくお願いします」
金髪で派手な容姿からは想像できないほど、丁寧な言葉遣いで話すカズホの誠実そうな態度に、父親も戸惑ってしまったようだった。
「い、いや、大したお持てなしはできないが、ぜひ」
その時、少し後ろに下がっていたカズホの母親が、前に出て来た。その顔を見たナオの父親は驚きの表情を見せた。
「あ、あなたは……」
「水嶋さん。……お久しぶりです」
「佐々木さんですよね?」
「はい」
「お変わりない」
「いえいえ、もうすっかりおばさんになってしまって。お恥ずかしい」
「カ、カズホ君の母親とは?」
「はい。カズホは私の一人息子です」
「そ、それでは、会長の……」
まさか、親同士が知り合いだったとは思いも寄らなかったナオとカズホは驚いてしまった。
「お袋! ナオのお父さんを知っているのか?」
「ええ。……水嶋さん、久しぶりに想い出話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
「でも、この寒空では風邪を引いてしまいますね。どこかに座ってお話しませんか?」
「はい。分かりました」
駅前にあるコーヒーショップに四人は入った。まるで親子同伴のお見合いのような格好になった。
「ナオちゃんと色々と話をさせていただいて、お父様が五十嵐商事に務めているということも聞いて、もしやとは思ったんですけど、そのとおりでした」
「いやあ、驚きました。……十七年ぶりくらいでしょうか?」
「そうですね」
「お袋!」
カズホの母親とナオの父親しか分からない会話に、カズホが痺れを切らした。
「ああ、ごめん、ごめん。あまりにも懐かしかったから」
「お袋は、ナオのお父さんをどうして知っているんだ?」
「お母さんも、昔、五十嵐商事に務めていたのよ」
「そ、そうなのか?」
「あんたのお父さんのことは、この前、弁護士さんから聞いたよね。私が、あんたのお父さんに会ったのは、お父さんが五十嵐商事の社長で、私が秘書をしていた時よ」
「……」
父親と母親のなれそめを初めて聞くカズホは、何だか少し照れてしまった。
「その時、社長室に水嶋さんもいらっしゃったのよ」
カズホとナオは思わず、ナオの父親の顔を見た。
「そうでした。あの時、私は、社長室の末席の係員だったんだよ。佐々木さんは今も美しいが、その当時は本当に綺麗な方で、社長室の社員みんなの憧れの的だったよ」
ナオの父親は、隣に座っていたナオに話し掛けるようにしゃべった。
「そうだったんだ」
「社長もその魅力の虜になったくらいで、……あっ、すみません」
「いえ、私にはそんな魅力はありませんでしたよ。ただ、……ちゃんと向き合っていられたとは思っています」
「そうですな」
その後、しばらく四人は無言になって、手元のコーヒーカップを眺めていた。沈黙を破ったのは、ナオだった。
「でも、こんな不思議なことがあるなんて」
ぽつりと呟いたナオの一言に、全員が小さく頷いた。




