第五章 運命の糸をたぐり寄せて(1)
ナオの父親の転勤騒動も一段落した頃。
ナオとカズホは今日も一緒に登校していた。
二人にとっても、同じ高校の生徒にとっても見慣れた風景になってしまっていた。
休日にカズホと出掛ける時には、普通に手を繋いで歩くことができたが、登下校の時には、何となく照れくさくて、並んで歩くだけのナオだった。もっとも、それで二人の距離が離れているとは、まったく感じなかった。
「ナオ」
「はい」
「ナオの家に招待されたことを、お袋に話したら、その前に、ぜひ、ナオをうちに呼びなさいって言われてさ」
「えっ! カ、カズホの家に私が?」
「ああ、お袋もナオにずっと会ってみたかったみたいでさ。今度の土曜日とかどうだ?」
「い、いきなり?」
「都合悪いのか?」
「都合は特に悪くないけど、心の準備とかが」
「いらないよ」
「でも……」
「普段どおりのナオで良いさ」
「う、うん。……時間は?」
「昼飯を一緒に食えたら良いなって言っててさ」
「分かった。……でも、ど、どうしよう?」
男の子の家に行くのも初めてなら、その母親に会うのも初めてのナオは、途端に緊張してしまった。
「どうしようって、俺に訊かれてもなあ」
「そ、そうだよね」
「来たくないのか?」
「そ、そんな訳ない! カズホがどんな部屋で暮らしているのか見てみたいし、お母様にも会って、色々と話をしたい!」
「俺の部屋は見ても仕方がないと思うけどな」
「散らかってるの?」
「ぐちゃぐちゃだよ」
「やだあ! 臭そう」
「どう言う意味だよ!」
「ふふふふ。私がちゃんと掃除してあげる」
「押し掛け女房みたいだな」
「女房って……?」
「あっ……、いや、深い意味はなくって」
「う、うん」
「それじゃ、……今度の土曜日、午前十一時に美郷台の駅でどうだ?」
「駅で?」
「俺の家に来たことないだろう? どうやって来るつもりなんだよ?」
「あっ、そうか。カズホが迎えに来てくれるの?」
「ああ」
そして土曜日。
緊張して、ほとんど眠ることができなかったのに、朝も自然に早く目が醒めたナオは、早速、着て行く服装で悩んだ。
失礼の無いように、セミフォーマルな雰囲気の黒いドレスにしようと思っていたが、着てみて姿見の前に出てみると、結婚式に出席するみたいで返って場違いな気がしていた。
次に、普段着で良いというカズホの助言に従い、カラフルなシャツとジーンズにしたら、今度はラフすぎる気がした。
結局、ダンガリーシャツにベージュのセーター、ブラウンのミニに黒のタイツ、そして足元はブラウンのショートブーツという装いに落ち着いた。
カズホの家に行くと告げていたからか、父親は、朝からナオ以上に落ち着きがなかった。
「奈緒子! 終わったら電話を掛けて来い。美郷台の駅まで迎えに行くから」
「えっ、通学で毎日通っている道だよ。一人で帰れるから」
「そ、それはそうだが、……あまり遅くならないようにな」
「あなた! まるで沙耶に言っているみたいですよ」
母親も呆れ顔だった。
裏地がチェック柄になっているクリーム色のダッフルコートに、茶色のマフラーをグルグル巻きにした完全防寒装備で、美郷台駅に着いたナオが、改札口を出ると、丁度、カズホから電話が掛かって来た。
「ナオ、ごめん。今、駅か?」
「うん。今、着いたところ」
「すまん。ちょっと、そこで待っててくれないか?」
「良いけど、どうしたの?」
「お袋が帰って来ないんだよ。携帯も置いていって、鍵も持たずに出ちゃってるから、俺が出掛けることができないんだ。ちょっと買い物に行くって出掛けたんだけどさ」
「うん、大丈夫だよ。私も息を整えているから」
「ごめんよ、ナオ。お袋が帰って来たら、すぐ電話する」
「分かった」
電話を切ったナオは、改札口の前の壁を背にして立ち、カズホからの電話をじっと待った。
次の電車が到着したのか、平日ほどではないが、改札口から多くの人が出て来て、ナオの目の前を人の波が通り過ぎた。
人通りが途絶えた後、両手にいくつものレジ袋を提げた女性がナオの前を通り過ぎようとした時、右手に持っていたレジ袋の一つが破れて、ミカンが駅の床にこぼれ落ち、そのうちの三個がナオの足元に転がって来た。
ナオは、咄嗟にしゃがんで三個のミカンを拾うと、他のミカンを拾っていた女性の元に届けた。
「ああ、すみません。ありがとうございます」
女性は、ナオが両手で差し出したミカンを笑顔で受け取ると、他のレジ袋に入れた。
女性とナオが一緒に立ち上がると、女性は改めてナオにお辞儀をして礼を述べた。
「本当にありがとうございます。やっぱり使い回しは駄目ですね」
「使い回しですか?」
「ええ、マイバッグ代わりに使ってたんですけどね」
「ああ、ふふふ」
女性は、ある程度の年齢だと思われたが、昔は、すごい美人だったと思われる整った顔立ちをしていた。
「綺麗な髪ですね」
「はい?」
女性は、ナオの金髪に見とれていたようだったが、すぐに何かに気がついたように、自分の腕時計を見た。
「あーっ! 大変! もうこんな時間!」
目の前で大声を出した女性に、驚いたナオだったが、女性は申し訳なさそうな顔をしてナオを見た。
「お待たせしちゃってごめんなさい」
「はい?」




